2.
「灯真くん、どうして」
三栗谷悠斗がそっと腰を上げた。
「嘘だって言ってよ」
「やだ。嘘じゃないのに嘘だって言ったら、それこそ嘘じゃん。今さら嘘なんてつく必要ないのに」
今岡灯真の口調も表情も異様なほど乾いていた。ようやく楽屋に入ってきた本堂や阿知波警部補のほうがよほど感情的な顔をしている。
「動機はやはり、平良倫瑠さんの件ですか」
成美が問うと、今岡は肩をすくめた。
「倫瑠の家族はおれだけだからね。おれがやらなきゃ。おれの他には、誰も倫瑠のことを本気で捜そうとなんてしないから」
「家族」
「そうだよ。倫瑠はおれのことを弟だって言ってくれた。一緒に暮らしてた時もあった。施設育ちの倫瑠と違っておれには本当の家族がいるけど、あいつらのことはどうでもいい。倫瑠のことだけを、おれも家族だと思ってた」
「知り合いだったのか」
貴島慎平が声を上げた。
「おまえと倫瑠は、オーディションの前からつながってた?」
「そう。おれは倫瑠の誘いでオーディションを受けたんだからね。友達同士で、遊び感覚で参加したって思われたくなかったからおれも倫瑠も黙ってたけど、まさか二人とも合格するとは思わなかったよ。びっくりした。でも、これで倫瑠とずっと一緒にやっていける。あの時はそうやって、本気で喜んだんだ。なのに」
平良倫瑠は突如として姿を消し、二年もの間、その行方はわからないままだった。時間の経過とともに、今岡の心は少しずつ歪んでいった。
「社長が警察に捜索をお願いしてくれたって話は聞いてたけど、おれはおれで、時間を見つけては倫瑠を捜した。メジャーデビューしてからは仕事がどんどん入って忙しくなって、それでもあきらめられなくて、なんとか見つけ出そうとしてた。だけど、去年の九月……ちょうど倫瑠がいなくなって一年が経った頃だった。テレビの音楽特番とフェスの出演で大阪に一泊した時、たまたま深瀬とホテルで同じ部屋になって、たまたま倫瑠の話になったんだ。もちろんその時には深瀬はなにも言ってなかったけど、夜中になって突然うなされ始めてさ。言ったんだよ、あいつ、寝言で……『倫瑠、ごめん。許してくれ』って。おれのほうが飛び起きたよ」
今岡はこの時確信したのだ。深瀬岳が平良倫瑠の失踪に一枚かんでいると。そして、おそらくは最悪の形で平良は発見されるだろうと。
「その場でたたき起こして問い詰めてやろうかとも思ったんだけど、寝言を聞いただけだったし、一年もの間隠し通してきた真実をなんの証拠もないのに素直にしゃべるわけがないと思った。その日からおれは方針を変えて、倫瑠を捜すんじゃなく、深瀬が倫瑠の失踪に関与してるっていう証拠を集め始めた。当たり前だけど、うまくいくわけないよね。おれは警察でも探偵でもないし、証拠なんてそう簡単には見つからない。それでもあきらめるわけにはいかなかった。なんとかして深瀬に倫瑠の居場所を吐かせなきゃ気が済まない。というわけで、おれは今回の計画を考えた。自分のせいで周りの人間が次々に死んでいけば、さすがの深瀬でも罪悪感に打ち勝つことはできないだろうなと思ってね。結果としておれの仕業だってバレちゃったけど、まぁいいや。やるべきことはやったから」
今岡はまっすぐ成美を見て言った。
「刑事さん、ちゃんと倫瑠のこと見つけてね。倫瑠は沖縄の人だから、骨は砕いて沖縄の海に撒いてあげてほしいな」
よろしく、と今岡はこれまでの彼とはまるで別人のように明るく笑った。真っ赤な髪とは裏腹にどこかおとなしい雰囲気を感じていたはずなのに、今ではおとなしいどころか、むしろやんちゃ坊主のようにさえ見える。
二度も殺人に手を染めたとは思えないほど、今岡は終始飄々とした態度で語った。平良倫瑠失踪の真実をあぶり出すという目的を果たした達成感、開放感に浸っているのか。なにもかもがどうでもいい、どうとでもなれ。そう思っているように見える彼の笑顔は、痛々しいほど爽やかだった。
「違うよ、灯真くん」
三栗谷悠斗が、両の瞳からぽろぽろと涙を流しながら言った。
「確かに倫瑠くんは、灯真くんに自分のことを見つけ出してほしいって思ってたかもしれない。でも、だからって、Billionを壊すのはダメだよ。倫瑠くんにとって、Billionは希望で、大事な家族である灯真くんと一緒にいられる唯一の居場所だったはずでしょ。なのにどうして、灯真くんがその場所を壊すの。灯真くんは、いつでも倫瑠くんと一緒にいられるように、Billionっていう大事な居場所を守り続けていかなきゃいけなかったんじゃないの」
映画のワンシーンのように、三栗谷はとめどなく涙をあふれさせながら今岡に問いかけた。用意されたセリフではなく、三栗谷の素直な心が紡がせた想いは、この楽屋にいる人間の涙を次々と誘っていく。
平良倫瑠は優しい人だったと、いつか三栗谷は言っていた。だからこそ、この悲劇を受け入れられないのだ。誰にでも平等に優しさとおもいやりを注ぐことができた平良倫瑠はきっと、弟として、家族として愛した今岡灯真に手を汚させることを望んでいなかったとわかるから。
室内のあちこちで流れる涙は、やがて今岡の頬も静かに濡らした。
「会いたいよ、倫瑠」
こぼれ落ちた弟の本音を、天国の兄はどんな風に聞いただろうか。




