表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボーイズアイドル殺人事件  作者: 貴堂水樹
第四章 あるアイドルの殺人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/42

1-2.

 貼りつけるだって?

 思考の停滞と軽い頭痛を覚え、成美は険しい表情を浮かべる。樹にだけ真実が見えていることを腹立たしく感じたが、醜い親子喧嘩をしている場合ではない。成美は冷静さを取り戻し、樹に先を促した。

「どういうこと、貼りつけるって」

『そもそも、犯人はどうやってライブ会場にピーナッツを持ち込んだのかってことが重要だよな。仁木さんがピーナッツアレルギーで倒れれば、蝉川さんが一週間前に殺されていることもあって、誰かが故意に食べさせたんだって話になるに決まってる。となると、今日のライブの関係者が警察による手荷物検査や身体検査を受けることは容易に想像できるわけで、あからさまな持ち込みは避ける必要が出てくる。さっきも言ったけど、事前にピーナッツを仕掛け、余ったものはトイレに流すなどして処分するという方法は成功する確率を考えれば採り得ない。そこで犯人は、手荷物検査や身体検査を受けることになるという状況を逆手に取ることにした』

「逆手に取る?」

『手荷物検査や身体検査を受けることを前提に、ピーナッツを持ち込む方法を考えたってこと。どうやったら警察の目をあざむけるか、主に身体検査の盲点をつくことを犯人は一生懸命考えたんだ。で、思いついた』

「どうやったの」

養生ようじょうテープみたいな、貼ったり剥がしたりが比較的簡単にできる幅の広いテープにピーナッツクリームを塗って持ち込んだんだよ。ラップをかけて鞄や服のポケットに入れて持ち込めば嵩張かさばることもないし、あの独特の豆っぽいにおいも広がらないし、人目を盗んでクリームを塗るっていうひと手間を省くこともできる。そのテープを本番中に自分の衣装の左肩に貼りつければ、あとは仁木さんがそれに触れてくれるのを待つだけでいい。確か、最後に着ていた衣装は白だったよな。養生テープなら白と言っても半透明だし、客席から距離があったり、自分のパフォーマンスに夢中になっていたりしたら、誰も今岡さんの肩にテープが貼ってあることになんて気づかないよ』

 悪くない発想だった。仁木が倒れた直後、本堂がエピペンを探しに楽屋へ戻り全員の手荷物をひっくり返したと言っていたが、持ち込んだ凶器がテープ一枚で、たとえ鞄の中に残っていたとしても、本堂の目にそれが怪しく映ることはなかったはずだ。特に本堂はぼんやりしたところがあるし、ゴミが入っているなぁ、くらいにしか思わなかっただろう。成美でもきっと、それが凶器であるとはまず疑わない。完全に欺かれている。

 だが、この方法は実際に可能だろうか。

「仮に今岡がその方法を採ったとして、衣装を着替える楽屋にはマネージャーの一人が荷物番として待機していたのよ。次の出番までの時間が差し迫っている中、マネージャーの見ている前で鞄の中からテープを取り出していたらさすがに怪しまれるんじゃない?」

『そりゃあそうだ。当然今岡さんは、本番前にテープを用意しておく必要があった』

「ねぇ樹、あんたの言ってること、矛盾してる。本番前には仕掛けておくことができないんじゃなかったの? 最初から衣装にテープを貼っておいたら、衣装担当のスタッフに剥がされてしまうリスクが……」

『違う違う。最初から肩に貼っておいたわけじゃないよ。例の白い衣装を着てステージに上がる直前までは、別のところに貼って隠しておいたんだ』

「別のところ?」

『衣装の裏側だよ。たとえば袖口の裏とか、なるべく人の目につかない場所に貼りつけておいたんだ。で、ステージに上がる直前に左肩へ移動させた。この時今岡さんは素手でテープに触れる必要があるけど、自分がピーナッツアレルギーを持っていなければ手に触れてもなんの害もないし、ちょっとしたベタつきなら舐め取ってしまえばいい。この点も、犯人がピーナッツを毒代わりに利用した理由だと思う。他の毒物なら自分が死んでしまわないように慎重に取り扱わなきゃならないけど、自分にとって毒素とならない物質を利用すれば素手で触ろうが口に含もうがなんの問題もないわけだから、時間に追われる中でも安心して取り扱うことができるからね』

 樹の仮説はため息が出るほど理路整然としていた。本堂の評価は正しかった。樹は賢い。

 だが、賢ければ賢いほど、反論してやりたくなってくる。現役刑事のプライド、母親としての立場も、成美の対抗心に拍車をかけた。

「本当に本番前に衣装の裏側へテープを貼りつけておいたの? あの子たち、衣装を着てのリハーサルはやってなかった。彼ら一人ひとりの行動を逐一監視していたわけじゃないけど、私か本堂のどちらかの目はあったし、楽屋には常に誰かがいた。それでも本番前にテープを準備することは可能?」

『可能だね。それこそ、今岡さんにだけは確実なチャンスがあっただろ。リハーサルの時に衣装は着けなかったって言うけど、今岡さんだけは衣装を着る機会があったんだから』

 そうか。成美は一抹の悔しさをかみしめながら答えた。

「ソロコーナーの映像を撮影した時ね」

『うん。梨里亜に聞いたけど、今岡さんのソロで流れる映像、毎公演違うものを撮影して流してるんだってな。つまり、今岡さんには本番前、誰にも怪しまれることなく衣装が準備されている場所に近づくことができた。ソロコーナー用の衣装に着替える時、私服のポケットに忍ばせておいたピーナッツクリームを塗った養生テープを白い衣装の袖口の裏にさりげなく貼りつけておけば、あとは本番中、ステージに戻る直前にテープを左肩へ貼り替えれば準備は完了。仁木さんが倒れ、ライブが一時中断したら、みんなの視線が仁木さんに注がれてるうちに肩からテープを剥がしてしまえば、衣装がピーナッツクリームで汚れるという不自然さも残らない。このトリックの唯一の欠点は、テープに素手で触れる必要があり、確実に指紋が残ってしまうことだけど、警察が会場内を調べ回っている間だけでもテープの存在を隠し切ることができれば、あとは自宅に持ち帰って処分すればいいんだから、証拠隠滅は可能だよな』

「じゃあ、テープは今でも」

『今岡さんの手もとにあると思うけどね。指紋がついてる以上、会場内のゴミ箱に捨てるのは危険だし。本番前と同じように、衣装の袖口の裏にでも貼りつけてあるんじゃない? 警察による身体検査って言ったって、ポケットとかは調べても、さすがに袖口の裏までは見ないでしょ』

 見ない。これこそ樹の言う『身体検査の盲点』だ。固形物を隠し持っていることを前提に探せば、警察の目は自然とポケットなど袋状になっている部分に向く。特に先ほどの身体検査の主な目的は、仁木の所持品であるエピペンを探すことだった。袖を調べることはあっても、服の上から触って注射器が隠れていないか確認するだけで事足りる。袖をめくって中まで見ようとする者はまずいない。仁木の鞄からエピペンを抜き取り、四枚の赤いカードを鞄の中に入れるのも、楽屋に出入りすることを怪しまれない今岡になら可能だっただろう。荷物番のマネージャーに別の用事を言いつければ、わずかな時間であっても手荷物の監視の目をそらすことは難しくなかったはずだ。タレントとマネージャーという関係を利用するのだから不自然さもない。

 蝉川玲央が殺された事件でもそうだ。たとえば依田瑛士なら、女性に化けると背が高すぎて目立ってしまう。一方で、今岡なら女性の平均身長より少し高い程度なので、マンションの防犯カメラに姿が映っても見た目だけで男性による変装を疑われる可能性はそれほど高くはならない。背の低い今岡ならではのアイディアだったと言えるだろう。

 降参だ。樹の立てた仮説の前にひれ伏す以外の選択肢はない。

「よく見抜いたね。さすがいっちゃん」

『たいしたことじゃない。俺はただ、三栗谷悠斗が殺される未来を避けられたらいいなと思って動いただけ』

「三栗谷が?」

『話さなかった? 梨里亜が三栗谷悠斗のファンだって』

 なるほど、恋人が悲しむ未来を阻止しようとしたわけか。青い。成美は久しぶりの笑みをこぼす。ベタ惚れの恋人に恵まれたのはいいことだ。

 電話を切り、本堂とともに楽屋へ戻る。Billionの四人は衣装から私服へと着替えていた。汗が冷えると風邪を引いてしまう。

 成美はまっすぐ、衣装がかけられているハンガーラックに歩み寄る。ハンガーはステージドリンクと同様にメンバーごとにカラーリングされ、自分のものがどれかすぐにわかるよう工夫を凝らしてあった。今岡に割り当てられた色は青だ。

 青いテープの巻かれたハンガーにかかっている白い衣装のジャケットを手に取り、本堂に持たせる。左袖をまくり上げるように裏返すと、樹の指摘どおり、半透明の白い養生テープが貼りつけられていた。

「鑑識係と、阿知波警部補を呼んでくれる?」

「はい」

 本堂を使いに走らせる。成美は衣装をラックに戻し、他のメンバーとともに楽屋中央のテーブルについている今岡灯真に目を向けた。

 成美と目を合わせた今岡の顔に、嘘くさい笑みが浮かんだ。

「よく気づいたね、刑事さん」

 成美が追求するよりも早く、今岡は仁木殺しの罪を認めた。

「あーあ。今度こそ白黒のパトカーに乗せられるんだな、おれ」

「お認めになるのですね」

「だって、おれのやるべきことは終わったもん。深瀬は本当のことを言ったし、倫瑠の遺体も警察に捜してもらえる。もういいでしょ。倫瑠が見つかったら死ぬつもりだったし、これで終わりだよ」

 今岡は立ち上がり、成美の前に立つと、両手を揃えて突き出した。

「おれがやりました。逮捕してください」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ