5-1.
特設サイトでの生中継をしていたこともあり、かなりの台数のカメラがライブの様子を撮影していた。録画された映像データはすべて残っており、成美は映像技術スタッフに頼んで仁木魁星が倒れる四十分前の映像からじっくりと検証し始めた。ピーナッツによるアナフィラキシーショックは摂取後三十分以内に症状が現れることが通例とされている。四十分前まで遡れば、どこかに仁木がピーナッツを摂取する瞬間が映っているはずだと踏んだ。
ジャスト四十分前の映像は今岡灯真のソロコーナーだった。パフォーマンスの途中からで、その次は今岡以外の五人がステージに立ち、中盤以降で今岡が合流し六人になる。さらにそこから二曲を経て、MCコーナーに突入。
MCコーナーの前半約十分は六人が横一列に並んだままトークをし、後半約十分がゲームコーナーだった。ここまでの映像の中で、仁木がステージ上で口にしたのは給水用のステージドリンクのみ。引きの映像ではわからないが、ドリンク担当のスタッフによれば、この時仁木に手渡したドリンクはすでに二度口をつけたものだったという。
「もう一度、四十分前まで戻してもらえますか」
成美が映像技術スタッフの男性に声をかける。男性は先ほどとまったく同じタイミングからもう一度映像を再生させた。
「この、今岡灯真が一人でステージに上がっている間はどうだったんだろう」
成美は映像を指さしながら、隣で同じ映像を見ている本堂に言った。二人の背後には愛知県警の阿知波警部補もいる。
「確か、今岡灯真の前に仁木魁星のソロコーナーがあったよね」
「よく覚えてますね、主任。見てみますか、仁木魁星のソロも」
映像をさらに遡り、仁木のソロステージもいちおう確認してみたが、仁木がステージに上がっている間になにかを口にすることはなかった。ただしこのすぐあと、ステージを降りた時に給水用のドリンクに口をつけたことはわかっている。
「ここで一度、被害者はステージから降りるんですね」
阿知波が覗き込むように上体を屈める。
「このあとはどこへ行く流れになるんでしょう?」
「楽屋へ戻って衣装を替えます」成美が答えた。
Billionの面々が使っている楽屋はメインステージから一番近い控え室で、室内には彼らの所持品の他に、きらびやかで色とりどりのステージ衣装や小道具類が整然と並べられている。マネージャーの一人が荷物管理役として常駐し、衣装担当のスタッフやメイク、ヘアメイクの担当スタッフも頻繁に出入りするというから、楽屋には常に人の目があったと考えていい。
どのメンバーも、自分の出番以外の時は楽屋かステージ裏のどちらかから本番の様子を見ているという。控え室やステージ裏にも舞台全体を映したモニターが設置されており、ステージの進行具合を確認しながら準備ができるようになっている。河辺らBillionの担当マネージャーは常にステージ裏に控えており、非常時にはいの一番に動けるようスタンバイしていると聞いた。事件当時、成美も彼らと同じステージ裏にいたが、スタッフはかなりの人数が動いているものの、常にモニターを見ていたり、機材につきっきりになっていたりと、それぞれが与えられた仕事をこなすことに集中している様子だった。舞台は生もの。一度きりの時間を楽しもうという空気の中に、ほんの少しの失敗も許されないという異様な緊張感が入り交じって漂っていた。
成美はBillionの楽屋へ移動した。本堂と阿知波もついてくる。
楽屋には四人の若者、河辺の他に男女それぞれ一人ずつのマネージャー、青塚遼太郎の姿もあった。顔を隠して蝉川玲央を呼び出す必要があった第一の殺人からの流れで言えば、この中に犯人がいる可能性は非常に高い。
話を聞きたいと全体に向けて前置きをしてから、成美はマネージャーの三人に尋ねた。
「ライブの進行中、この楽屋で荷物の番をしていたのは?」
「ぼくです」
河辺よりもずっと若い男性マネージャーが手を上げた。彼は一年ほど前からBillionの担当になったと言っていた。
「仁木さんもライブ中、ここへ戻られていますよね」
「えぇ。ソロステージの前に衣装を替えに一度戻られて、終わってからもう一度衣装チェンジをしたので、その時に」
「着替えだけをしたのですか。なにか食べたり飲んだりしたということは?」
「なかったと思います。栄養補給は本番前に済ませますから、ステージの途中で食事をされる方は、弊社所属のアーティストではほとんど見かけません」
「ということは」本堂が成美の耳もとで言う。
「やっぱり、仁木さんがピーナッツを口にしたのは」
「ステージ上でのことだったようね」
今岡灯真のソロコーナーが終わり、六人がステージ上に揃ってから、MC中のゲームコーナーが始まるまでの間。このおよそ三十分間のどこかで、仁木魁星はピーナッツを摂取した。ただし、彼がステージ上で口にしたのは飲みかけのステージドリンクのみ。
成美は黙って楽屋を出る。食べ物、飲み物から摂取したのではないとしたら、たとえばステージ上で仁木が手に触れるもののいずれかにピーナッツバターを塗っておけば、バターに触れたその手でストローを触ることでピーナッツの成分が体内に取り込まれる、という方法は不可能ではない。
先ほどライブ映像を見せてくれたスタッフにもう一度頭を下げ、成美はステージ上での仁木の動きに注目して再度映像を確認した。本堂もついてくるかと思ったが、着信が入り、楽屋の前で立ち止まる。阿知波警部補も通路に残り、忙しなく行き交う自身の部下と話し始めた。
先ほどと同じ映像をもう一度流してもらう。今岡灯真のソロが終わり、入れ替わるように今岡以外の五人がステージ上に現れる。この時の楽曲ではダンスはなく、メンバーそれぞれがハンドマイクを片手にアリーナ席とスタンド席の間に作られた長円形の花道を歌いながら練り歩くという演出だ。花道には円形の外周の他に、メインステージとセンターステージ、バックステージをつなぐ縦の道と、センターステージから縦の道とクロスするように走る横の道があり、長円の中に十字を描くようなつくりになっている。
五人はそれぞれメインステージとバックステージに分かれて登場し、一人ずつ違う道を歩き出す。仁木、貴島、深瀬はメインステージから、三栗谷、依田はバックステージからスタートし、客席に手を振るなどファンとの交流を楽しみつつ、自分のソロパートが回ってくると歩きながらマイクを構えて歌った。マイクは左手に持つ決まりになっているようで、全員が同じ左の手にマイクを持っている。
人数分の道があるわけではないので、当然メンバー同士がすれ違うタイミングが出てくる。このすれ違いはファンが楽しみにしている場面の一つだと言われている。互いにただ道を譲り合うことだけということはなく、二人でなんらかのアクションを起こすことがお約束になっているからだ。
仁木の動きを追っていたカメラの映像を見る。最初にすれ違ったのは三栗谷で、じゃんけんを始めたかと思えばあっちむいてホイをした。一度目ですぐに三栗谷が負け、二人はそれぞれ反対方向へ歩いていく。
次は依田。ちょうどセンターステージで出会った二人はその場で手押し相撲を始めた。依田が勝ち、二人は分かれる。
三人目は貴島。この時仁木は自身のソロパートを歌っており、仁木は貴島をスルーして歩くつもりだったらしいが、貴島がそれを邪魔するように仁木の進路を塞いだ。仁木は歌いながらジェスチャーをして貴島に道を空けるよう説得している。器用だ。貴島は大きく笑って去っていく。
楽曲は二番に入り、今岡が他のメンバーと同じ白い衣装に着替えてメインステージに現れた。ちょうど仁木はバックステージからメインステージへ向かうように南側の外周を歩いており、今岡とすれ違う。今岡のソロパートだったこともあり、二人は冷静にグータッチを交わして分かれた。
唯一すれ違うことがなかったのは深瀬で、二人は別々の方向からほとんど同じタイミングでセンターステージに到着した。次の楽曲がセンターステージでおこなわれるため、やがて六人全員がセンターステージに集まった。
ここまでの間に仁木が直接手で触れたものは、ハンドマイクと、手押し相撲をした依田の手と、グータッチを交わした今岡の手の甲。細かいことを言えば、常時耳につけているイヤホンモニターに何度か触れるシーンはあった。花道ですれ違う時の動きはすべてアドリブで、毎回違うことをやるメンバーがほとんどだとのことだった。
次の一曲はダンスで魅せるステージになり、ハンドマイクは手放してマイクスタンドに固定される。マイクスタンドは小道具としてダンスの振付に取り入れられており、この曲の間に仁木がハンドマイク、マイクスタンド以外のものに触れることはなかった。ちなみにマイクスタンドは個々に高さが違うため、一人ひとり決められたものを使うようになっているという。
曲が終わるとマイクスタンドはセンターステージの下へ収納され、六人はメインステージへ移動する。東京のダンススタジオで見たリハーサルどおりの演出で、MC前の最後の一曲が演奏される。
ここでも一か所、仁木が素手で触れる場面がある。終盤のラインダンスで、右隣に立つ今岡灯真の左肩に右手を載せる振付があるのだ。そして、この曲のラストシーンを目にした時、成美は確信した。
「これだ」
六人全員での投げキッス。この時、仁木の右手が自身の唇に触れる。このあとすぐに彼らは給水をするためステージドリンクに口をつけるが、唇にピーナッツの成分がついていれば、飲んだ水に移って体内へ取り込まれる可能性は高い。海外の事例だが、ピーナッツを食べた恋人とキスを交わしたことでアナフィラキシーショックが起きてしまったという悲しい事故が起きている。キス程度でも重篤なアレルギー症状が起きるのなら、唇に付着したごく少量のピーナッツの成分でも仁木を昏倒させることはできたと考えていい。
方法はわかった。あとはこれを実行できた人物を絞り込むだけだが、こちらのほうがむしろ難題だった。




