4-2.
「おれの目の前で、倫瑠は殺されました。きっかけを作ったのはおれです」
やがて深瀬は、二年もの間隠し続けてきた平良倫瑠失踪事件の真相について訥々と語り始めた。話は深瀬がBillionに加入する前、幼少期に子役として芸能活動をしていた頃まで遡った。
「子役をやってた頃、年上の悪い友達とつるんでました。中学生になったら途端に仕事が入らなくなって、時間ができて、それまで無意識のうちに抑制してた欲求があふれてきて……。金だけはあったから、好き放題に遊びました。でもある日、連れの一部が麻薬に手を出していることを知ったんです。さすがに怖くなって、芸能の仕事も一度やめて、そいつらとは距離を置くようになりました。でも、高校生になって、将来について周りが真剣に考え始めた時、やっぱり芸能界に戻りたいって思ったんです。子どもの頃からこの世界しか知らずに育ったし、他にできることが自分にあるとは思えなかった。だからBillionのオーディションを受けました。そう簡単に受かるとは思ってなかったけど、運よく」
誰かも同じことを言っていた。オーディションを受けたものの、まさか自分が合格するとは思わなかった。こういう業界を志す者は皆どこか強かな面があるものだと勝手に想像していたけれど、案外謙虚な人間が多いようだ。
「合格発表から一ヶ月が経った頃、中学の時につるんでたうちの一人から連絡が来ました。オーディションの様子をテレビで見て、久しぶりにおれと遊びたくなったと言って。冗談じゃないと思いました。その人……郡司は誰よりも早く麻薬に手を出したヤツで、おれが金を持ってる、これからもっと稼ぐようになると知って連絡してきたんです。郡司は暴力団とのつながりもあったから、脅されて……『ガキの頃オレらとつるんでたことバラすぞ』って。とりあえず、その時は金を渡して追い払いました。なくなったらまたせびりに来ることはわかってたけど、他にどうすることもできなかったから」
恐喝されていたのか。証拠があれば郡司という男を逮捕することもできようが、二年も前のできごとだ、立件は難しいだろう。警察の目に触れないところで、いったいどれほどの犯罪が隠れておこなわれているのか。
それはともかく、深瀬岳と平良倫瑠の話だ。ここまでの流れからわかるのは、平良倫瑠が深瀬のかかえていた秘密に気づいたということだ。
「そのことを、平良さんに知られてしまった?」
深瀬はうなだれるようにうなずいた。
「なんでバレたのか、おれにもよくわかりません。最初に金を渡してから一ヶ月後、郡司がもう一度おれのところに来たんです。その時は金をせびられたわけじゃなく、『またよろしく』と念を押しに来ただけだったけど、ちょうどその場面を倫瑠に見られてました。郡司は風貌から柄の悪さが伝わるヤツで、倫瑠はおれが一方的に絡まれてると思ったみたいです」
『深瀬』
郡司と立ち話になる場所は、自宅近くの決まって人の目がないところだった。だから、背後から倫瑠に声をかけられるなんて微塵も想像していなかった。
『倫瑠』
『なにしてんの。その人、誰?』
『いや、この人は……』
『じゃあな、岳』
郡司はダボダボの黒いズボンの裾を引きずりながら歩き出した。
『次も頼むぜ』
『……はい』
ひらひらと手を振りながら夜道を遠ざかっていく郡司と距離ができると、倫瑠に肩をたたかれた。
『大丈夫?』
『あぁ』
『あの人のせいか、きみがおかしくなったのは』
おかしくなった? どうしてそう思う?
心情が顔に出たようで、倫瑠は『わかるよ』と言った。
『ここ一ヶ月、きみは明らかにヘンだった。どこかうわの空で集中力に欠ける場面が増えていたし、空き時間にはスマホばかり見てる。社長も気にしてたよ、きみのこと』
『社長が?』
まずい。社長にだけは郡司とのつながりを知られてはならない。ヘタをすれば居場所がなくなる。せっかくもう一度めぐってきたチャンスなのに。
『社長のところへ行こう』
次第に深まっていく夜の路上で、倫瑠に腕をつかまれた。
『大丈夫。社長が絶対に助けてくれる。あの人ときみの間になにがあるのか、ちゃんと社長に話そう』
『離せ』
強引に腕を引き剥がす。
『余計なお世話だ。あの人とはなにもない』
『なにもないはずないだろ。きみ、自分が今どんな顔をしてるかわかってる? 怯えてるよ。らしくもなくね。これでなにもないって言われたところでどうやって信用しろって言うんだ』
『頼む。放っておいてくれ。あの人とは本当になにもない。グループの活動に影響もない。だから』
『放っておけないって。デビューしてからじゃ遅いことだってあるだろ。解決するなら早いほうがいい』
『いい加減に……!』
大声を張り上げそうになったが、不意に近づいてきた黒い影の存在に言葉をのみ込まざるを得なくなった。
倫瑠の背後に、熊みたいな巨体が迫っていた。そいつは右手に岩のようなものを持ち、倫瑠の頭上へそれを高く振り上げた。
十五センチ四方の塊が、倫瑠の脳天めがけて振り下ろされる。倫瑠のからだは大きく揺れ、勢いよく路上に倒れ込んだ。
両目を剥いた倫瑠は、アスファルトに横たわったままぴくりとも動かない。殴られた頭から大量の鮮血が流れ出していた。
『これで借りは返したからな』
真っ黒な熊にしか見えない図体をした郡司が、うつ伏せに倒れる倫瑠の背中に凶器の丸い塊を投げ落とした。
『これでおまえの秘密は外に漏れずに済む。オレとしても、恐喝ごときでパクられるのは御免だからよ』
あとは頼むと言い残して、郡司は自分勝手に去っていった。
いつの間にか、倫瑠の呼吸は止まっていた。
「おれは望んでなかったのに。殺してほしいなんて……なのに、郡司さんは」
事件当時を思い出した深瀬は、声もからだも震わせた。自ら手を下したわけではなくとも、事の発端が自分にあれば、罪悪感は簡単に拭えるものではない。
「平良さんのご遺体はどこに」
成美は努めて優しい口調で問う。「埼玉の山の中に埋めました」と深瀬は素直に答えた。
「郡司さんのしたことが表に出たらと思うと、怖くて」
「その郡司という人物とは今でも交際が続いているんですか」
「いいえ、今はもう。あの日からぱったりと連絡が途絶えて、一度も会っていません」
文字どおり、終わりにしたということだ。危険因子である平良倫瑠を排除し、二人はそれぞれの身を守った。平良には気の毒なことだが、世話焼きな性格が今回ばかりは仇になった。思いやりの果てに起きた悲しい事件だった。
「深瀬」
どこから話を聞いていたのか、青塚遼太郎が楽屋に入ってきた。振り返った深瀬を、青塚はそっと抱きしめた。
「すまない。きみの苦しみに、私がもっと早く対処できていれば」
青塚の声は深く、優しかった。深瀬の頬を一粒の涙が伝い、やがて大きな川になった。楽屋じゅうに響き渡る彼の慟哭は、それまで彼が必死にしまい込んできた何年分もの痛みや悲しみを一気に解き放ち、洗い流す、救いの雨のようだった。
平良倫瑠殺害の件は東京で起きたことだが、深瀬は一度愛知県内の最寄りの警察署へ連行されることになった。成美は警視庁へ連絡を入れ、郡司の身柄確保と、埼玉県警に応援を要請して平良倫瑠の遺体を捜索するよう願い出た。
「これで終わり、ってことでいいんだよな」
依田瑛士がホッとした様子で、長い髪をかき上げた。
「倫瑠のこともわかって、犯人は目的を達成した。おれたち、もう狙われることはないよな」
「いいえ、まだなにも解決していません」
成美は毅然とした態度で言った。
「あなたがたに迫っている危険が完全に去ったとはお考えにならないほうがいいでしょう。蝉川さんを殺害し、仁木さんに意図してピーナッツを食べさせた犯人が逮捕されてはじめて、事件は終わったと言えるのだから」
そうだ。深瀬がかかわっていたのは平良倫瑠失踪事件のみ。蝉川玲央、仁木魁星を手にかけた犯人は野放しのままだ。
やるべきことはまだ残っている。
今この場で、仁木魁星にピーナッツを食べさせた犯人を見つけ出さなくてはならない。




