4-1.
Billionのメンバーを控えさせている楽屋に入るなり、依田瑛士の怒号が耳をつんざいた。
「だったらなんでおまえのだけねぇんだよ!」
「おれが知るわけねぇだろ! そんなに知りたきゃ犯人に訊け!」
怒号の応酬。相手は深瀬岳だった。
「なんの騒ぎですか」
成美もやや声を張る。「例のカードですよ」と依田が言った。
「深瀬のだけなかったでしょ、おれたちの中で。おかしいじゃないですか。なんで深瀬だけないんですか。あのカード、次はおれたちの命を狙うっていう意味なんですよね?」
「犯人が入れ忘れただけかもしれないだろ」
貴島慎平が楽屋中央のパイプ椅子に腰かけたまま言った。
「本当は深瀬の分もあったけど、なにかの手違いで……」
「そんなのアリかよ。ステージの上で仁木を殺そうとしたヤツだぞ?」
依田の言うとおりだ。おそらく犯人は意図的に四枚のカードを用意している。深瀬岳の分だけないことにはきっと意味があるはずだ。
成美は深瀬に歩み寄った。
「なにかお心当たりはありませんか」
「あれば言ってます」
「では、今回の一連の事件に関連したことで、まだ我々警察にお話いただいていないことはありますか」
これは樹の考え方だ。命を狙われることに理由がある場合はもちろん、命を狙われないことに理由が存在する場合だってある。仮に予告どおり、深瀬岳だけが生き残ったとするなら、生き残った彼はなんらかの罰を受けることになるのだろうか。それが犯人の狙いなのか。
「ありません、なにも」
「蝉川さん、仁木さん、あるいは平良倫瑠さんに関することでも構いません。なにかお気づきになりませんか」
「なにもないっつってんだろ!」
深瀬は楽屋を飛び出した。マネージャーの河辺が慌ててあとを追い、成美も本堂に目配せして、愛知県警の捜査員とともに部屋を出た二人に付き添わせた。
「珍しいな、あいつが取り乱すなんて」
貴島が疲れを声に乗せて言った。
「なにごとにもあんまり動じないヤツだろ、深瀬ってさ」
「普段ならな」
依田が壁に背を預け、腕を組んだ。
「異常だよ、こんなの。冷静でいろってほうがどうかしてる」
「おまえが煽るから余計だろ」
「おれのせいかよ」
「あのさ」
二人のやりとりを遮り、三栗谷悠斗が貴島の向かいの席で声を上げた。
「深瀬くん、本当は知ってるんじゃないかな。倫瑠くんが今どうしてるか」
唐突な発言は、その場にいた全員を注目させるだけの強い刺激のある一言だった。成美は思わず気持ちが前のめるのを感じた。
「なぜそう思われるのですか」
「なんとなく、としか言えませんけど……犯人は倫瑠くんのことを捜してて、それを知っている人にプレッシャーをかけるために事件を起こしてるのかなって思って」
「はぁ?」
依田が声をひっくり返す。
「なんだよそれ。じゃあ玲央や仁木は、深瀬のせいで犠牲になったってのか」
「わかんないよ、本当のところは。でも、たとえば犯人が倫瑠くんのことをずっと捜してる人で、倫瑠くんの失踪に深瀬くんがかかわってることを知ったら、深瀬くんから倫瑠くんのことを聞き出そうとするのが普通でしょ。けど、深瀬くんにも倫瑠くんのことを誰にも話せない事情があって、バカ正直に尋ねても深瀬くんが答えてくれないって犯人がわかってたとしたら、別の手段で秘密を引き出そうとしてもおかしくないよね?」
「あり得ないとは言えないでしょうね」
成美はすっかり納得して三栗谷に同意した。
「そういうことなら、今回残されていた四枚の赤いカードの件も説明がつきます。このままでは他の四人もいずれ死ぬぞ、さっさと真実を吐け……それが犯人からのメッセージなら、深瀬さんの分だけカードがなかったのもうなずける。深瀬さんを殺してしまえば、平良倫瑠さん失踪の真実は永遠に闇の中へ葬られることになりますから」
語りながら成美は、三栗谷悠斗の勘の良さに内心舌を巻いていた。歌詞の書かれたカードの意味に気づいたのも、仁木魁星にピーナッツアレルギーがあったことを瞬時に思い出したのも、こうして犯人の目的を推測してみせたのも、思い返せばすべて彼だった。これらの発言が警察の捜査を誘導するものと考えるのは邪推だろうか。賢いことは認めるし素直に褒めるけれど、賢すぎるとむしろ疑いたくなるのは成美が刑事だからか。
「やっぱり」
部屋の隅から声が上がった。じっと膝をかかえて小さくなっていた今岡灯真が、ぼやくようにつぶやいた。
「やっぱり、ミッチーも殺されてるんだ。深瀬くんが殺した」
「灯真」貴島が子を叱る親のような口調で制した。
「やめろ。推測だけでそういうことを言っちゃダメだ」
「キジーはいつもそうだよね。優等生みたいなこと言って、本当はキジーだって思ってるんでしょ、深瀬くんがミッチーを殺したんだって」
「おれは……」
「悠斗が今言ったじゃん。そうじゃなきゃ、こんなこと起こるはずないんだよ。玲央は死んだし、ニッキーだって助かるかどうかわからない。犯人は深瀬くんがやったことをきっと知ってる。深瀬くん本人じゃなくて、メンバーを殺すことで深瀬くんに思い知らせてるんじゃないの、おまえも同じことをしたんだろって」
今岡の見解もそれなりの説得力があると成美は感じた。一般人ならともかく、テレビに出演して顔を広く知られていた平良倫瑠が、二年の失踪を経て生きて戻る確率がどれほど低いか、想像するまでもない。噂一つ立たずに二年が過ぎている。生きた彼の姿を見た者はいないのだろう。
平良倫瑠は死んでいる。二年前の九月、突如として彼の命は奪われた。
その原因を作ったのは深瀬岳。彼が実際に平良を殺したかどうかはさておき、少なくとも深瀬は平良の生死にかかわる情報を握っている。そして、今回の二つの事件を引き起こした犯人はなんらかのきっかけでそれを知った。犯人は平良倫瑠と親しい関係にあり、深瀬の行動によって平良の命が奪われたことに強い恨みをいだいたとすれば、立派な犯行動機になる。
本堂、愛知県警の捜査員、マネージャーの河辺とともに、深瀬が楽屋へ戻ってくる。全員の鋭く冷たい視線が突き刺さり、深瀬は楽屋へ少し足を踏み入れたところで立ち止まった。
「なんだよ」
「違うよね、深瀬くん」
三栗谷が椅子から立ち上がった。
「深瀬くんじゃないよね、倫瑠くんを殺したの」
深瀬の顔から血の気が引いていくのが目に見えてわかった。後ずさるように右足を引き、「違う」と消え入りそうな声で言う。
「おれじゃない。おれは、なにも」
「深瀬くん」
「本当におれじゃない! おれは殺してない!」
悲痛な叫びは、彼のかかえる秘密を暗に表へ出したようなものだった。
おれは殺していない。だが、平良倫瑠が死んだことは認める。
成美が足を踏み出すと同時に、本堂が深瀬の背後に回る。二人で囲むような形で深瀬の前に立ち、成美は言った。
「話していただけませんか、深瀬さん。あなたの知っていることを、すべて」
深瀬は苦しげに目を伏せる。彼が腹をくくるまで、長く沈黙の時が続いた。




