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ボーイズアイドル殺人事件  作者: 貴堂水樹
第三章 あるアイドルの告白

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2-2.

 成美は椅子を蹴るように立ち上がり、ステージへ急いだ。近くにいたスタッフに「すぐに救急車の手配を。それから、そこのパーティションでステージを目隠しして!」と指示を飛ばす。

『主任!』

 イヤホンから本堂の声がした。

「仁木が倒れた! 早くこっちへ!」

『はい!』

 本堂の返事が聞こえてくると同時に成美はステージへ駆け上がった。成美が指示を出したスタッフがステージ上にパーティションを運び入れ、倒れた仁木の周りを囲む成美たちの背後に並べていく。場内アナウンスを担当する女性スタッフが「しばらくお待ちください」と会場内にアナウンスした。客席がざわついている。

「仁木! 仁木!」

 貴島が必死の形相で仁木の名を叫んでいる。成美が駆け寄り「なにがあったんですか」と問うと、貴島は「わからない」と声を震わせた。

「突然苦しみ出したんです。本当に、急に……」

 横たわる仁木の様子を素早く観察する。ゼーゼーと嫌な呼吸音が聞こえ、唇が青く変色するチアノーゼが出ている。成美は仁木の顎を上向きにして気道を確保したが、症状の改善は見られない。

「ピーナッツ」

 誰かが成美の頭の上でつぶやいた。三栗谷悠斗だった。

「魁星くん、ピーナッツアレルギーだよね。子どもの頃、死にかけたことがあるって」

「本当ですか」

 成美が問うと、三栗谷は「はい」とはっきりうなずいた。だとしたら、この症状はアナフィラキシーショックか。アレルギーによる炎症で喉が腫れ、気道を塞いでしまっているのだ。

「なんで今なんだよ」

 貴島が顔を上げて三栗谷を見た。

「ピーナッツなんて食べてないだろ」

「そうだけど」

「いえ、可能性はあります」

 成美は冷静に言った。

「これが事故ではなく誰かの故意によって引き起こされた事態なら、その人物がなんらかの方法で仁木さんにピーナッツを摂取させたかもしれません。彼が重いピーナッツアレルギーを持っていることを知っていれば、致死量の毒物を入手するよりもはるかに簡単に仁木さんを死に追いやることができる」

 三栗谷がそうであったように、Billionのメンバーなら仁木がピーナッツアレルギーを持っていたことを知っていただろう。河辺らBillionのマネージャーはもちろん、あるいは青塚遼太郎も聞き及んでいたかもしれない。

 食物アレルギーによるアナフィラキシーショックは発症後三十分以内に死亡する例が多いと聞く。一刻も早く病院へ搬送しなければ仁木の命が危ない。

 三栗谷がなにかを思い出したように声を上げた。

「魁星くん言ってたよね、息できなくなった時に使う薬を持ち歩いてるって」

 エピペンのことか。アナフィラキシーショックが起きた際、その症状を一時的に緩和できる自己注射薬だ。

「仁木さんの荷物は?」

「楽屋に」三栗谷が言う。

「主任!」

 息を切らした本堂がステージに上がってくる。いいタイミングだ。

「本堂、仁木さんの荷物からエピペンを取ってきて」

「え、エピペン?」

「誰か、この刑事と一緒に楽屋へ!」

「私が行きます」

 いつの間にかステージに上がっていたマネージャーの河辺が率先して動いてくれた。本堂を連れてステージを降り、楽屋へ急ぐ。

「くそ」

 深瀬岳が乱暴にフロアを踏みつけた。

「なんでこんな……」

 蝉川玲央の死を知った時には恐ろしいほど冷静だった彼も、こうして目の前で仲間が倒れればさすがに動揺を隠せないようだ。今岡灯真は呼吸のリズムを乱し、依田瑛士が今岡の背中を支えている。

「嘘つき」

 三栗谷悠斗が意識のない仁木の脇に膝をついた。

「刑事さんの嘘つき。もう誰もいなくならないんじゃなかったのかよ!」

 三栗谷の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。厳密に約束はしなかったが、こうなる前に犯人を検挙できなかったのは警察の落ち度だ。成美には「申し訳ありません」と謝ることしかできなかった。せめて仁木の命を救うことができれば。今はそれだけを願うしかない。

 本堂と河辺がステージに戻ってくる。二人の顔は曇りきり、手に注射器が握られている様子はない。

「エピペンは?」

 本堂が首を横に振った。

「仁木さんの持ち込んだ荷物の中にはありませんでした。失礼を承知で、同じ楽屋内にあったメンバーの皆さんの荷物も含めて楽屋じゅうを探しましたが、それらしきものは……」

「そんな!」

 三栗谷が悲鳴にも似た声を上げた。

「ないはずがない! 命にかかわるものなのに!」

「落ちつけ、悠斗」

「イヤだ!」

 貴島が三栗谷に声をかけたが、三栗谷は駄々をこねる子どものように成美の胸ぐらにつかみかかった。

「こんなのおかしいよ! どうして魁星くんが!」

「三栗谷さん」

「お願い……魁星くんを助けて」

 成美の上着をつかんだまま、三栗谷は顔を下げて泣いた。彼の涙が伝染し、貴島たちの目もとも潤み出す。

「主任」

 本堂が成美の隣で片膝をつき、耳打ちするような小さな声で言った。

「仁木さんが持ち歩いていたっていう注射器、犯人によって鞄から抜き取られたと考えて間違いないと思います」

「なぜそう言い切れるの?」

「注射器は見つかりませんでしたが、仁木さんの鞄の中に、これが」

 本堂は白い手袋をした手を上着の内ポケットに突っ込むと、見覚えのある赤い紙を取り出した。蝉川玲央の遺体に遺されていたものと同じ形状のメッセージカードだ。

「これって」

「えぇ。しかも、今回は四枚です」

 トランプを広げて持つように、本堂はカードを表に向けて成美に見せた。四枚のカードに、それぞれ別の文言が印字されている。蝉川殺しの時と同じなら、すべてBillionの楽曲の歌詞を引用したものか。

「これも歌詞?」

「おそらく。僕なんかよりメンバーの皆さんのほうが詳しいと思ったので、まだどの曲の歌詞かは調べていませんが」

「おれだ」

 貴島が血の気の引いた顔でカードを一枚ずつ指さした。

「おれ、悠斗、灯真、瑛士。それぞれのソロパートです」

「これらはすべて、平良倫瑠さんの?」

 成美が問うと、貴島は瞳を揺らしてうなずいた。

「おれと悠斗のソロは、『EVERLASTING』で倫瑠のカバーに入った部分。瑛士と灯真のは『かたこいDAYSデイズ』っていう曲の歌詞で、二人がそれぞれ倫瑠のパートをカバーしたところです。だよな?」

 貴島が依田と今岡を見上げる。依田が肯定する隣で、今岡が小さく息をのんだ。

「おれも死ぬんだ」

「灯真」

「ニッキーと一緒だ……カードに予告されてるんだよ」

「やめろ灯真。それ以上言うな」

 依田が今岡を抱きしめ、強引に口を塞がせる。今岡は依田の胸を借りる形で泣き始めた。小さなからだがより小さくなり、今岡の背に回った依田の手も震えていた。

「深瀬くんのがない」

 涙を止めた三栗谷が、カードを見つめてつぶやいた。

「深瀬くんの分だけ、カードが」

 全員の視線が深瀬岳に集まる。深瀬は驚愕の表情を浮かべ、視線の雨を避けるように顔をそむけた。

 会場のざわめきは大きくなり、ステージ上の嫌な空気は次第に濃度を増していく。

 細くなるばかりの仁木魁星の呼吸が、成美の目の前で止まろうとしている。

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