1-2.
唐突な青塚の提案に、成美は目を白黒させた。
「会場というと、名古屋ですか」
「えぇ。公演当日に新幹線で移動し、名古屋市内のホテルで一泊。翌日の公演を終えたら新幹線で東京へ戻るというスケジュールです。あの子たちのことが心配なら、東京駅から帯同してはいかがでしょう。時期が時期だけに指定席を取ることは難しいでしょうが、乗るだけなら自由席の特急券があればいい」
「しかし」
「もちろん、ライブ会場にもリハーサル中からお越しいただいて結構です。関係者席に空きがあれば、本番のステージにもご招待しましょう」
「いえ、それは……」
「行きます!」
成美ではなく、本堂が右手を高く上げて返事をした。
「ぜひご一緒させてください!」
「ちょっと本堂」
「最高のご提案じゃないですか、主任! 仕事しながらBillionのライブを生で見られるなんて!」
「仕事って……」
「警護を引き受けるんです。立派な仕事じゃないですか。お断りする理由なんてありませんよ」
バカ、と成美は心の中で毒を吐いた。宝物を見つけた子どもみたいな目をする本堂の姿に呆れかえる。気持ちが警護とは明らかに別のほうを向いているじゃないか。
「それに」と本堂は青塚に背を向け、成美の耳もとで声を抑えて言った。
「こんなことは考えたくないですけど、事件って、起きる時はどうしたって起きるものじゃないですか。名古屋に行こうが、東京に残ろうが、やると決めたら犯人はどこでだってやると思います。でも、僕らが彼らに付き添って動くことで、犯人の気持ちを翻せるかもしれないでしょ。警察が一緒ならやめておこう、みたいな」
言いたいことはわかる。警察が目を光らせる中で堂々と犯行を成し遂げられる者がいるのなら、その人物の心理ははっきり言って異常だ。だが、成美たちが警護にあたることで多少なりとも抑止力になるのであれば、名古屋へ出向く意味もあるかもしれない。
「私からもお願いしてよろしいでしょうか」
いつの間にか成美たちの背後にいたマネージャーの河辺が、低姿勢で頭を下げてきた。
「メンバーの中には、今回の騒動ですっかり参ってしまっている者、蝉川さんを殺した犯人の影に怯えている者もおります。彼らを少しでも安心させてやりたいのです。お忙しいことは重々承知しておりますが、ご協力いただけませんでしょうか」
直角に腰を折って願い出られ、どんどんノーと言いづらくなってくる。仕方がない、行くか。そう答えようとした矢先、スタジオの中央で異変が起きた。
「灯真!」
Billionのリーダー、貴島慎平の声が響く。彼の隣で、今岡灯真が膝からくずおれ震えていた。
「大丈夫か」
「ごめん……なんか、目が回って」
眩暈を起こしたようだ。貴島は今岡の手を離れてフロアに転がったペットボトルを拾い上げて今岡に手渡そうとしたが、今岡は受け取る気力を絞り出せずにいる状態だった。河辺と本堂も駆け寄り、今岡に声をかけている。新たな事件かとスタジオに緊張が走ったが、本堂は成美を見て首を振り、「軽い貧血だと思います」と報告した。
「体調不良が続いているんですね」
成美は今岡に目を向けたまま青塚に言う。蝉川の死を知った四日前、代々木体育館で不調を訴えてから、今岡は今日まで調子の悪い日々を過ごしているようだ。
「あんな風でも、あなたは彼らをステージに立たせるおつもりですか」
青塚は答えず、今岡の様子をじっと見つめている。つられるように青塚の視線を追って今岡を見ると、今岡がゆっくりと立ち上がった。
「少し休めよ」
貴島が左脇を支えながら声をかける。今岡は首を横に振った。
「大丈夫」
「でも」
「やらなきゃ」
上がった今岡の顔は青白かったが、声と言葉はしっかりしていた。
「もうちょっと練習しないと、不安」
「無理するなって。本番に間に合わせることを優先しろよ」
「間に合わせるために練習するんでしょ」
「強がるなよ。ガキじゃないんだから」
むくれる今岡に、貴島は苦笑いを向ける。今岡が取り落としたペットボトルをふたを開けて手渡すと、今岡は不機嫌そうに受け取り、中身を呷った。
「……ありがと」
「おう」
貴島が今岡の赤い髪をくしゃくしゃと撫でる。家族想いの兄と、素直になれない思春期の弟のようなやりとりにスタジオ内の空気が和み、彼らの仲のよさが伝わってきた。
「お騒がせしました。続き、お願いします」
今岡が演出家の男性に頭を下げると、なにごともなかったかのようにリハーサルが再開された。動線の確認、演出の変更についての話し合いなど、蝉川玲央の穴を埋めるための作業が着々と進められていく。
「いい目をしていると思いませんか」
青塚がその視線を今岡灯真に向けたまま成美に言った。
「からだは小さく、繊細でか弱いところもありますが、責任感と負けん気、決められたことを最後までやり抜こうとする精神力は誰よりも強い。オーディション当時、今岡には何度も実力不足を感じさせられました。でもいつの間にか、あのまっすぐな眼差しに当てられてしまったんでしょうね。彼を不合格にすることは私にはできなかった」
小柄な三栗谷悠斗よりもさらに小さなからだで、今岡灯真は誰よりも大きく踊っていた。小さいからこそ、ステージで自分を大きく見せる方法を必死になって模索したに違いない。どうしたら自分を引き立たせることができるのか、彼は熟知しているのだろう。負けん気が強いという青塚の評価はきっと正しい。彼の言うとおり、今岡の目には筆舌に尽くしがたい不思議な力が宿っているように成美にも見えた。




