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ボーイズアイドル殺人事件  作者: 貴堂水樹
第二章 あるアイドルの失踪

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3-2.

 備えつけられている電話の受話器を取り上げ、今朝もらった一枚の名刺で番号を確認する。署内の固定電話からかければ警察からの電話だとすぐにわかるから出てもらえると踏んだが、どうだろうか。警察署の外線電話は末尾の四桁が必ず『0110』になっていることを知らない人もいる。

 数回のコール音ののち、相手は応答した。

『河辺です』

「お忙しいところを恐れ入ります。警視庁刑事部の相野です」

『あぁ、刑事さん』

 Billionのマネージャーを務めるオフィスブルーの河辺は、疲れ切った声をして成美に『ご苦労様です』と言った。あれからかなり忙しく動き回っていたことが窺い知れた。

「河辺さん、一つお伺いしたいことがあるのですけれど、少しお時間をいただいても?」

『えぇ、なんでしょうか』

「平良倫瑠さんの件ですが、彼が失踪したのはBillionがデビューする一ヶ月前でしたよね」

『そうです。マスコミ向けのプロモーションが始まる直前でした』

 知りたかったことを河辺から教えてくれた。

「プロモーションが始まる直前ということは、平良さんがBillionのメンバーとして歌ったり踊ったりしているところは公表されていないということですか?」

『えぇ。デビュー曲のレコーディングは終わっていましたけれど、平良さんのパートを別のメンバーでカバーして録音し直したものを世に出しましたから、彼の声が乗った音源を聴いた者はレコーディングに関わった人間以外にはおりません』

「では、青塚社長がお決めになったという各個人のソロパートについて、具体的な変更箇所を知っているのは?」

『弊社の人間ですと、社長の他にはBillionの七人と我々担当マネージャー、レコーディングの担当者くらいでしょうか。あとはレコーディングスタジオの技術者さんと、各楽器の奏者さんたちも知っていたかもしれません。プレスリリースの段階で平良さんの脱退は発表済みでしたので、今お伝えした方々以外にはいらっしゃらないと思います』

 上出来だ。ほしかった情報は手に入った。

 レコーディングに携わった者のリストがほしいと河辺に頼むと、使用された音楽スタジオの場所や当時の担当者を一覧にして送ると約束してくれた。ただでさえ忙しいだろうに、よく働く人だ。彼はおそらく同年代だが、尊敬の念が湧いた。

 丁寧に礼を述べて電話を切る。今の河辺の証言で、少しだけ蝉川殺しの犯人に近づけた。

 蝉川の遺体に残されていたくだんの赤いカードには、平良倫瑠が歌うはずだった歌詞が記されていた。その歌詞が平良のソロパートだったと知る者はごく一部。平良倫瑠の存在をほのめかすことを目的として犯人がカードを残したのだとしたら、それができた人物はおのずと限られてくることになる。そしてその人物は、平良倫瑠失踪の真実も知っている。そうでなければ、カードを残した意味がない。

 考えすぎだろうか。平良倫瑠の失踪に思考を囚われすぎているような気もする。事件はまったく別のところが発端かもしれないのに、あの謎めいたカードのせいで――。

「……カード」

 そういえば、あのカードに書かれた歌詞がかつては平良倫瑠のソロパートだったと教えてくれたのは誰だったか。

 三栗谷だ。三栗谷悠斗。Billionの最年少メンバーにして、もっとも人気があるというあの少年。

 成美の前で最初に平良倫瑠の名を口にしたのも彼だった。彼の発言がなければ、平良倫瑠の存在は浮かび上がったとしても、あの歌詞が選ばれた本当の理由に警察は気づかなかったかもしれない。

 彼に会わなくては。成美はもう一度受話器を持ち上げ、河辺に三栗谷悠斗の所在について尋ねた。今日はメンバー全員を自宅待機させていると河辺は教えてくれた。

 背にしていた廊下にざわざわと人の気配を感じた。いつの間にか捜査会議は終了したらしく、捜査員たちがそれぞれの職務に戻っていくところだった。

「ちょっと、主任」

 本堂がむくれた顔で近づいてきた。

「勝手にどっか行かないでくださいよ。結局僕が怒られたじゃないですか」

「いいじゃない。そのうちあんたは私を叱れる存在になるんだから」

「もー、そういう問題じゃないですってばー」

 ため息まじりに頭をかかえる本堂は、こう見えて難関の国家公務員総合職試験を突破したエリートだ。将来は警察庁の上層部に名を連ねることになるこの男は現在、成美たちたたき上げの捜査員たちに混じって現場研修中の身である。

「皆さん、聞き込みに向かわれましたよ」

 本堂がせっつくように言ってくる。

「僕らも行きましょう。例の防犯カメラに映っていた女はもちろん、平良倫瑠の行方についても調べるよう指示が出てます」

「そう」

 その指示に従って動くのは他の捜査員にまかせることにする。成美はまっすぐ駐車場へ向かった。

「どこ行くんです、主任」

「三栗谷悠斗に会いに行く」

「三栗谷? どうして彼に」

「なんとなく」

 根拠はなにもなかった。ただ、彼と話をしなければならない気がしているだけだ。

 目撃者を探して、不審人物にアタックをかける。それも事件解決に向けた大事な一手。そんなことはわかっている。

 それでも成美は、なにを差し置いてでも今は三栗谷悠斗に会いたいと思った。

 あるいは彼が、犯人を教えてくれる。そんな気さえするのはなぜなのだろう。

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