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ボーイズアイドル殺人事件  作者: 貴堂水樹
第二章 あるアイドルの失踪

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18/42

3-1.

 各捜査員が一日がかりで集めた事件に関する情報は、半分は有益、半分は無益といった具合だった。

 午後六時から開かれた捜査会議で報告された内容によれば、蝉川玲央が殺害された時刻の現場付近での不審人物の目撃情報は皆無で、彼のスマートフォンを解析した結果、事件と結びつくような情報は得られなかった。

 一方、なぜ蝉川が深夜に外出したかについては有力な情報が得られた。午後十一時三十分頃、蝉川の自宅マンションに来訪者があったのだ。

 黒いロングワンピースに胸の下まで伸ばした金髪、つばの広い女優帽とマスクで顔はほとんどわからなかったが、エントランスの防犯カメラと蝉川の部屋で録画されていたカメラ付きインターホンの映像にはっきりと映る女性は、蝉川の部屋へ上がり込まず、蝉川を部屋の外へと呼び出したらしい。

 インターホンでの会話を終えた女性はすぐにエントランスを立ち去った。その一分後、蝉川が彼女を追うようにエントランスを抜けていく。防犯カメラの映像と殺害された時の服装が一致していたので、このあと二人は現場の高架下へと向かい、事件が起きたものと推測された。

「不可解ね」

 会議中、成美は隣に座る本堂にだけ聞こえるくらいの小声で言った。

「スマホを使って被害者を呼び出さなかったのは、通信記録をたどられるのを恐れたから。それは理解できる。一方で犯人は、防犯カメラやインターホンの記録に自分の姿が残ることは気にしていない。行動が矛盾してる」

「ほんとだ。被害者の自宅を警察が調べることくらい、犯人だってわかっていたはずなのに」

「あるいは、それを利用したという可能性もある。犯人がカメラに姿を残した理由は、犯人が女性だと警察に印象づけるため、とか」

「じゃあ犯人は、男?」

 成美は曖昧に首を振る。

「確か蝉川にはかつて女性関係でもめたことがあるって話があったよね。犯人もそのことを知っていて、蝉川が女性とトラブルを起こした末に殺されたという筋書きに仕立て上げたかったとしたら、わざわざ女装をして彼を呼び出した意味もわかる」

「待ってください。だったらあのカードはどうなるんです? 女性関係のもつれが原因の殺人にしたいのなら、あのメッセージカードを現場に残せば警察が別の可能性を疑ってしまうことに……」

「こらぁ、そこぉ!」

 会議を取り仕切っていた管理官が怒鳴った。

「会議中だぞ。私語は慎め」

「はっ、申し訳ありません」

「いいか本堂、言いたいことがあるなら挙手をして発言するように」

 立ち上がって謝罪した本堂に追撃の一手を打ち込む管理官に、本堂は今一度頭を下げてから席に着いた。本堂が恨みがましい視線を浴びせてくるのを感じながら、成美は涼しい顔でじっと前だけを見据えている。

 実際のところ、本堂の指摘どおりではあった。犯人の意図は、犯人が女性だと警察に思わせること。これはおそらく間違いない。ただ、その真意は蝉川が女性関係のトラブルで命を奪われたように見せかけることとは少し違っているように思う。

 くだんの赤いメッセージカードの存在だ。あれこそが犯人が今回の犯行に及んだ真の目的であり、蝉川玲央殺しが二年前に失踪した平良倫瑠絡みの事件であることは疑いようがない。

 おそらく犯人も、警察が平良倫瑠の存在にたどり着くことは想定していただろう。Billionがもともと八人組だったことはオーディション番組の視聴者が覚えている。平良倫瑠が失踪したという事実を世間には伏せられても、警察の目を欺くことは難しい。平良が行方不明になっていることを突き止めれば、今回の蝉川殺しとの関連をまったく疑わないということはあり得ない。

 そこまで考えて、不自然さに気づく。

 なぜ犯人は、カードを残してまで平良倫瑠の存在をほのめかす必要があったのだろうか。Billionが元八人組で、デビュー直前に脱退したメンバーが行方知れずだということは、カードがなくても警察はいずれ気づくことだ。計画的に動いている犯人が、警察の行動を考慮しないはずがない。

 とすると、カードを現場に残すことで犯人が示したかったのは平良倫瑠の存在だけではなかった。やはりあの歌詞をソロで歌うという仁木魁星を? 犯人の次の狙いは、彼――。

「次、遺体に残されていたメッセージカードについて」

 管理官の指揮で会議は進み、鑑識課がカードの鑑定結果について報告した。カード本体および文章を印字したプリンターから持ち主を割り出すことは不可能とのことだった。

「カードの意味については」

 銀縁の眼鏡を押し上げた管理官と目が合う。成美が立ち上がると、本堂も一緒に腰を上げた。報告するのは成美だ。

「印字された〈未来はボクらの手の中さ〉という文言は、被害者の所属するボーイズグループ、Billionのメジャーデビュー曲の一節で、仁木魁星というメンバーのソロパートとのことです。ただ、Billionというグループは七人でデビューしていますが、彼らを選抜したオーディションの合格者は八人で、本来ならもう一人、平良倫瑠という青年を含めた八人組ボーイズグループとしてデビューする予定だったそうです」

「そのもう一人というのはどうしたんだ?」管理官が眉間にくっきりとしわを寄せる。

「行方不明です。デビューを一ヶ月後に控えた二年前の九月から現在まで、消息がつかめていません」

「そいつが犯人か」

「可能性はゼロではありませんが、平良はすでに死んでいるのではないかという話もBillionが所属する音楽事務所の関係者から出ています。それに、平良倫瑠の犯行だとするなら、わざわざカードを残してまで自分の存在を匂わせるのは不自然かと」

「自分の存在? どういう意味だ」

「カードに印字されていた歌詞ですが、先ほどもお話ししたとおり現在は仁木魁星のソロとして世間に認識されています。しかし、Billionを結成した当初、この一節は仁木ではなく、平良倫瑠がソロで歌う予定になっていたそうです。平良が突如として行方をくらましてしまったため、彼のソロパートは残る七人のメンバーでカバーする形に構成を変更して……」

 脳裏を閃光が駆け、言葉が喉の奥へと引っ込んでいく。急に黙った成美に管理官が「どうした、相野?」と言ったが、成美はバッグを引っつかみ、席を離れた。

「すみません、少しはずします。本堂、あとまかせた」

「えぇ! ちょっと、主任!」

 眉を跳ね上げる本堂に見送られながら、成美は会議室を出、刑事部の自分のデスクへと急いだ。

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