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ボーイズアイドル殺人事件  作者: 貴堂水樹
第二章 あるアイドルの失踪

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2-1.

 青塚遼太郎が会議室に入ると、Billionの四人は一斉に立ち上がり、それぞれ「おはようございます」と口にした。青塚は四人の顔をぐるりと見回し、貴島に向かって「深瀬と今岡は?」と尋ねた。

「医務室に行ってます、河辺さんと一緒に。灯真が調子悪くなっちゃって」

「そうか。無理もない」

 ゆっくりと歩き出した青塚が、四人の若者を一人ずつ順番に抱きしめていく。我が子に触れるように優しく腕を回し、頭を撫でる。仁木魁星だけでなく、三栗谷悠斗も目に涙を浮かべた。

 無言のハグを終え、今度は同じフロアにある医務室へと向かう。成美が後ろに続くことを青塚は拒否せず、二人で医務室に入った。

 丸椅子に腰かけていたマネージャーの河辺が慌てて立ち上がり、ベッドの脇で壁に背を預けていた深瀬もまっすぐ自分の足で立つ。二人が「おはようございます」と言った声に反応して、ベッドに横たわっていた今岡灯真のまぶたが上がった。

「社長」

 今岡の声が喉に引っかかってかすれる。重そうに上体を起こすと、青塚が長い足を素早く動かして歩み寄り、今岡の背を支えた。

「大丈夫か」

「すいません。おれ……」

「無理しなくていい。きみは誰よりも繊細だし、心とからだが追いつかないのはきみだけじゃない」

 つらいな、と声をかけながら、青塚は涙ぐむ今岡の頭を慈しむように撫で、赤い髪を指でいた。今度は深瀬に向き直り、他のメンバーにしたように彼のことも優しく抱きしめた。

「泣いていいんだぞ、今日くらい」

「え?」

 戸惑う深瀬から離れ、青塚はまっすぐ深瀬の目を見た。

「つらいことがあった時こそおもいきり泣け。我慢はからだに毒だ」

 深瀬はほんの一瞬瞳を揺らしたが、すぐに「大丈夫です」と言った。

「おれの分まで仁木が泣いてくれてる。それで十分です」

 青塚は困ったように肩をすくめ、「頑固な男はモテないぞ」と苦笑した。

 マネージャーの河辺に深瀬と今岡の二人を連れて会議室へ戻るよう指示を出し、青塚と成美は通路に残った。改めて彼と正対すると、記憶の底に眠っていた顔が彼の顔に重なった。

 昔はもっと髪の色が明るく、長さも胸の下まであった。だからすぐには気がつかなかったけれど、間違いない。耳によく馴染む低い声も、目もとの印象も、成美が幼い頃に母が好んで見ていた音楽番組に出演していたザ・ブルームーンのボーカルその人だ。歳は取ったが、老け込んだ印象はなかった。

「このたびは、うちの蝉川がお手間を取らせまして申し訳ありません」

 バンドマンだった頃の面影はすっかり消し去り、ビジネスマンとしての顔で、青塚遼太郎は成美に対し誠実に頭を下げた。

「こちらこそ、このたびはご愁傷様です。ご心痛、お察しします」

「本当に痛ましいことです。あの子たちの心を思うとなお苦しい」

 青塚は会議室の扉に目を向ける。開け放たれた扉の脇には制服警官が立ち、中の声は聞こえてこない。

「あの子たちから、なにか有益な情報は得られましたか」

「えぇ、いくつか」

 ほう、という声とともに、青塚の視線が成美へと戻ってくる。

「蝉川には、なにか殺されるような理由が?」

「それはまだわかりません。ですが、今回の事件の背後に平良倫瑠さんの存在があることは間違いないようです」

「平良」

 はじめて青塚が顔色を変えた。見え隠れしていた余裕が消え、ピリッとした空気をまとい始めたのがわかる。

「なぜ、蝉川が殺されたことと平良倫瑠の存在が結びついたのですか」

「事件現場、蝉川玲央さんのご遺体に残されていたこちらのカード」

 成美がタブレットにくだんの赤いメッセージカードを表示させる。

「Billionの皆さんにご覧いただいたところ、これは『EVERLASTING』という楽曲の歌詞の一部で、ここに書かれている〈未来はボクらの手の中さ〉という一節は仁木魁星さんのソロパートだと教えていただきました。ですが、本来ならば平良倫瑠さん……Billion結成のきっかけとなったオーディションのもう一人の合格者がソロで歌う予定になっていたそうですね。消息不明になっていなければ」

 液晶画面を覗き見た時に一瞬だけ眉を動かした青塚だったが、すぐに涼しい微笑を浮かべ、「おっしゃるとおりです」と成美の言葉に応じた。

「この曲を作ったのも、メンバーそれぞれの歌割りを決めたのも私ですから、よく覚えています。平良は勘のいいパフォーマーでしてね。彼がこの一節を歌い、サビへとつながる流れを組んだ時、まだ歌わせてもいないのに、客席の反応までもがはっきりとまぶたの裏に浮かびました。そんなアーティストはなかなかいない。誰よりも舞台映えする逸材でした」

 平良倫瑠に対する青塚の未練が言葉の端々ににじみ出ていた。育ての親になるはずだった未来ある若者の突然の失踪に、彼も心を痛めた一人なのだろう。

 だとしたら、なぜ。

 深まる疑問の答えを求め、成美は続ける。

「犯行現場は渋谷区内の路上、一見すれば通り魔による刺殺と考えるのが妥当な状況でしたが、このカードの存在によって、警察は単純な通り魔殺人の線を早々に排除せざるを得なくなり、被害者の蝉川玲央さんとなんらかの関係がある人物が犯人であると考えなければならなくなりました。単純な通り魔なら捜査の範囲は広がるのに、あえて警察の捜査範囲を狭くするような、あるいは自分が疑われるかもしれないというリスクを冒してまで犯人がこのカードを残した理由は、二年前から現在までその行方がわかっていない平良倫瑠さんの存在をほのめかす必要があったから。犯人が蝉川さんを狙ったのも、平良倫瑠さん絡みの理由があったのではないかと私は考えています」

 青塚は納得した顔でうなずいた。なぜ成美が自分と話をしたいと言ったのか、その意図もすでに読めているようだ。

「あなたが私にお聞きになりたいのは、平良のBillion脱退に関することですね」

「えぇ。平良さんの脱退が個人の意思ではなく、突然行方がわからなくなってしまったからだというお話はすでに伺っています。私が知りたいのは、あなたがなぜBillionの皆さんに嘘をついているのか、という点です」

「嘘、というと?」

 とぼけているのか、単純にピンと来ていないだけなのかわからない反応だった。彼のペースがイマイチつかめない。腹に隠し持ったものを引き出すのに苦労させられそうだと直感にささやかれる。ファーストコンタクトで感じた不安は的中したかもしれない。

「あなた、彼らに言ったそうじゃありませんか。二年前、Billionのメンバーとしてデビュー予定だった平良倫瑠さんが突如として行方不明になった時、平良さんの捜索願を警察に提出したと」

 あぁ、と青塚は鼻でせせら笑った。

「そのことですか」

「部下に調べさせましたが、平良倫瑠という名前で出された捜索願はありませんでした」

「それはそうでしょうね。少なくとも私は提出していませんから」

 余裕たっぷりに、青塚は両手をスラックスのポケットに突っ込んだ。たったそれだけの仕草が妙に色っぽく、ファッション誌のトップモデルがまさに今カメラマンにシャッターを切られているところというくらいに決まっているから腹立たしい。ここはフォトスタジオではないし、成美はカメラマンじゃない。今は殺人事件の話をしているのだ。

「なぜ、彼らに嘘を?」

 彼の放つ独特のオーラに当てられないよう、成美は指先まで神経を集中させて同じ質問をくり返す。青塚は少し考えるように右のこめかみを指でかき、視線を再び会議室の扉へ向けた。

「相野さん」

「はい」

「私には、彼らの未来を守る責任がある。彼らをBillionにしたのは私です。Billionというグループが彼らの居場所なら、私はどんなことをしてでもその場所を守らなければならないのです」

 静かに足を動かし、青塚は成美と正対する。

「彼らはテレビ番組と連動したオーディションで合格を勝ち取りました。言うまでもなく、デビュー前から彼らの知名度、彼らに対する世間の関心度は高い。そんな中、メンバーの一人がデビュー目前で失踪したなどと公表すればどうなります? 事件性を疑われ、あらぬ噂を立てられ、Billionという名前に傷がつく。その代償がいかに大きいか、警察官であるあなたにはきっと想像できないでしょうね。平良がなぜ突然姿を消したのか、それは私にもわかりません。ですが、どんな理由、どんな事情があったとしても、Billionという未来あるアーティストを世に放つことをあきらめてしまえば、それは世間に対する裏切りにもなるし、残る七人の将来をなんの保証もなくつぶしてしまうことにもなる。特に未成年の子にとって、私は芸能界での親も同然なわけです。本当の親御さんから大事なお子さんをお預かりしている以上、彼らを成功へと導くのが私の使命だ。……ここまで言えばおわかりいただけるかと思うのですが、いかがでしょう?」

 おおよその見当くらいはついた。ただ、問題なのはそれが彼の真意なのか、今ここででっち上げた作り話なのかがわからないことだ。

 青塚が成美を見つめたまま黙るので、成美は仕方なく自分の口で説明した。

「警察へ捜索願を提出しなかったのは、マスコミに平良さんの脱退の真相について嗅ぎ回られた時、警察が彼を捜していると知られてしまうことを恐れたから。せっかく平良さんの脱退を平良さんの個人的な意思だと発表したのに、実際には失踪事件だったと世間に気づかれては都合が悪い。Billionに対する評価も劇的に下がるかもしれない。だからあなたは警察の手を借りることを避け、残る七人のメンバーを不安にさせないように平良さんのことは警察が捜していると嘘をついた。七人の、Billionとしての未来を守るために」

 ご明察です、と青塚は微笑む。

「かつてのダンス仲間など、平良と近しい人間には社長である私とうまくいかなかったという話が噂として耳に入るよう手を打ちました。余計なことをされては困るのでね。残る七人にもそういうことにしておけと言ってあります」

「あなたが泥をかぶることで、Billionを守った」

「美談に聞こえるかもしれないが、私としてはそんなつもりはさらさらありません。平良の行方については今でも気がかりです。なぜいなくなるようなことになったのか、理由もまるでわからないままですし。なにかの拍子に戻ってくることがあるのなら、うちの事務所で面倒を見たいとも思っています。彼の才能を手放してしまうのは本当に惜しい」

 これで満足ですか、と青塚は言った。彼が正直に真実を語っているのか定かではなかったが、成美はひとまずイエスの返事をし、別の切り口の質問をした。

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