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「平良倫瑠さんの捜索願を出したのは、所属事務所の社長さんというお話でしたね?」
「そうです」リーダーの貴島が代表して答える。
「『倫瑠の件は私が預かる。きみたちはなにも心配しなくていい』……社長は当時、そう言っていました。倫瑠のことは忘れて、おれたちを待ってくれているファンを喜ばせることだけを考えろって。『The show must go on』が社長のポリシーだから」
The show must go on.
一度始めてしまったことは、なにがあってもやり遂げなければならない、という意味の慣用句だ。Billionというプロジェクトが動き始めていた以上、たとえ平良倫瑠という大切なメンバーを欠いたとしても、グループとしての歩みを止めるわけにはいかなかったということか。
それはそれとして、やはり気になることがある。
「捜索願を出したというお話は、社長自らがおっしゃっていたことですか?」
「いえ、おれは河辺さん……マネージャーの河辺さんから聞きました。みんなもそう?」
貴島の問いかけに、仁木、依田、三栗谷の三人は首を縦に振った。全員がマネージャーからの又聞きで警察が平良倫瑠を捜索していることを知ったようだ。
「ちょっと失礼します」と言って、成美は会議室を出た。すぐにスマートフォンを取り出し、本堂に電話をかけた。
『お疲れ様です、主任』
「ねぇ本堂、平良倫瑠の捜索願、本当に出てた?」
『そういう言い方をされるってことは、主任もお気づきみたいですね』
ビンゴですよ、と本堂は電話の向こうで言った。
『行方不明者リストを検索してみたんですが、平良倫瑠という名前はありませんでした。もしかしたら芸名なのかも、と思って戸籍と住民票も調べましたが、こちらは確かに存在したので、平良倫瑠という名前は本名のようです』
「じゃあやっぱり、社長が嘘をついているということね」
『社長? というと、青塚遼太郎のことですか、オフィスブルーの?』
「青塚?」
『主任……まさか青塚遼太郎のことも知らないなんて言うんじゃないでしょうね?』
知らない。いや、名前は聞き覚えがあるような気がする。ずいぶん前のことだ。成美がまだ幼い頃、小学生か、中学生か。それくらい昔の記憶。
「誰だっけ」
『もう、やめてくださいよ。青塚遼太郎って言ったら、伝説のロックバンド、ザ・ブルームーンのボーカルじゃないですか』
あぁ、と成美は気のない声を上げた。なんというタイトルの曲だったか、シングルCDのセールスがダブルミリオンを達成したという一九九〇年代の人気バンドだ。曲を聴けばすぐに思い出せたのに、ボーカルの名前だけを聞いてもわからなかった。彼が今は音楽事務所の社長をやっていることも知らなかった。
「でも、売れっ子バンドマンがどうして音楽事務所の社長に?」
『青塚遼太郎はかねてから楽曲製作に関して天才的だと言われていて、ブルムンで活動していた当時から音楽プロデューサーとしての仕事も請け負っていたんです。何年か前にギタリストが病気で急逝し、ブルムンが無期限活動休止を発表してからは完全に裏方に回って、自ら会社を立ち上げて後進の育成に力を入れるようになったとか。名前を挙げればキリがないくらい、彼がプロデュースしたアーティストは軒並み売れてるんですよ。自分だって素晴らしいボーカリストなのに、人を育てるのもうまいなんてズルいですよね。すごい人だ、本当に』
「あんた、青塚遼太郎のファンなの? 世代じゃないのに?」
『そりゃあもう。世代なんて関係ありません。彼の作る楽曲はどれも素晴らしいですからね。言葉では表しきれない魅力というか、人の心をつかんで離さない、目に見えない力みたいなものがあるんですよ。ブルムンの歌だけじゃなくて、彼がプロデュースしたアイドルやソロシンガーの曲も含めてね』
「ふぅん。本当に音楽が好きなのね」
『はい! ……じゃなくて』
話が大幅に脱線したことをようやく悟った本堂が刑事の声を取り戻した。
『どういうことなんです、青塚遼太郎が嘘をついているというのは』
「Billionの子たちは、社長の青塚が平良倫瑠の捜索願を警察に提出したと思っているの。社長がそう言っていたとマネージャーの河辺から聞かされたって」
『でも実際にはそうじゃない、か。確かに妙ですね。平良倫瑠を連れ戻すつもりはなかったってことでしょうか』
そうかもしれない。あるいは、平良倫瑠が姿を消した理由を青塚は知っていた。だから捜索願を出さなかった、とも考えられる。
現時点ではすべてが憶測だ。事実を明らかにするためには、青塚遼太郎本人にアタックしなければならない。
「本堂、青塚遼太郎の所在確認をお願い。話を聞きたい」
「あの」
電話越しに本堂が返事をする声と重なって、別の声が成美の耳に届いた。
声のした左を見る。ゆっくりと人影が近づいてくるところだった。
「青塚は私ですが」
長身。オールバックにセットされたつややかな黒髪。一目で高級とわかる仕立てのいいブルーグレーのスーツ。目尻がやや上がった切れ長の瞳。甘さと重さを兼ね備えた美しいバリトンボイス。
青塚遼太郎。数々の名曲を世に送り出した伝説のロックバンドの元ボーカルにして、天才音楽プロデューサーとしても名高い男は、きれいに磨かれたキャメルの革靴を鳴らし、成美の前に立った。
「女性の刑事さんがいると聞いてはいましたが、まさかあなたのような小柄でお美しい方とはね。さすがに想像していませんでした」
なめらかに飛び出す褒め言葉と端正な微笑は、彼がこれまで多くの女性を虜にしてきたことを朗々と語っていた。彼の作る音楽には人を惹きつける魅力があると本堂は熱弁していたが、音楽を介さずとも、彼の醸し出す不思議な魔力に引き寄せられる者は少なくないだろう。特に女性は。
成美は電話を切り、青塚のほうへからだを向けた。見上げなければならないほどの身長差がある彼の目をまっすぐに見つめ、毅然とした態度で警察バッジを掲げた。
「警視庁の相野と申します。こちらから出向くつもりでしたが、手間が省けて助かりました」
「さっそくお役に立てたようでなによりです、相野刑事」
青塚の美しい微笑が崩れないのは余裕の表れだろうか。Billionのメンバーやマネージャーの河辺とはまるで違う。蝉川玲央の死に心が揺らいでいる様子は彼にはない。
刑事としての本能が警鐘を鳴らす。この男は危険だ。警戒しろ。
成美は腹に力を入れ直し、改めて青塚と向き合った。
「このたびはご愁傷様です。事件について、お話を伺えますか」
「その前に、教え子たちの様子を確かめても?」
成美に主導権を明け渡すつもりはないらしい。人気ロックバンドの顔として常に物語の主人公であった彼は、ボーカリストとして立っていた舞台を降り、裏方の仕事に回ってもなお、主役だった頃のテンポで周りを巻き込み続けているようだった。
成美が「こちらです」と会議室へ案内する。青塚は素直に「ありがとう」と言い、Billionのメンバー四人が待機する会議室へと入っていく。
スラッと縦に長い彼の背中を目で追いながら、成美は久しく感じていなかった一抹の不安に襲われた。
この男は、私に本当のことを話してくれるだろうか。




