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ボーイズアイドル殺人事件  作者: 貴堂水樹
第二章 あるアイドルの失踪

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12/42

1-2.

「なんで出かけたりしたんだろ」

 仁木がかすかに声を震わせた。

「せっかく送ってもらったんだから、ずっと家にいればよかったのに。そうすれば……」

 仁木はまた泣き出した。蝉川の存在を思い出すたびに泣けてしまうのだ。芸能界という厳しい世界でともに戦ってきた仲間であり、かけがえのない親友でもあったのだろう。悲しみの涙は涸れることを知らず、色の白い仁木の頬を何度も濡らす。

 河辺がミネラルウォーターのペットボトルを七本かかえて戻ってきて、一本ずつ机に並べ、最後の一本を成美に手渡した。「私は結構です」と成美は固辞したが、「経費で落ちますから」と河辺はなかば無理やり成美にペットボトルを押しつけた。

「コンビニくらいには行ったかも」

 三栗谷が河辺の買ってきたペットボトルの水を手に取り、思いついたようにつぶやいた。

「いったん家に帰ったけど、食べたいもの、飲みたいものが冷蔵庫になかったとか」

「あり得るけど」と貴島。「そうだとしたら、玲央が誰かに刺されたのは偶然だったってことになるぞ。たまたまコンビニに出かけて、たまたま……」

 貴島の言葉を遮るように、深瀬岳がテーブルにおもいきり拳を叩きつけた。

 室内が異様なまでに静まり返る。深瀬は成美さえ息をのむほど冷徹な目をし、貴島たちをにらんだ。

「聞いてなかったのか、刑事さんが言ってたこと。警察は玲央が殺された理由を探ってる。仮におまえらが言うようにたまたま外出したところを襲われたのなら、それは通り魔による無差別的な殺人ってことだ。偶然目の前を玲央が通りかかったから殺そうと思った、そういう話なら、玲央が殺された理由を探る必要なんてない。犯人にとって、殺しのターゲットは誰でもよかったんだから」

 なめらかに舌を動かすと、深瀬は冷たい視線を貴島たちから成美へと移した。

「そうですよね、刑事さん。玲央は通り魔に襲われたんじゃない。犯人ははじめから玲央を狙っていた。そう判断したくなるような根拠があるからこそ、あなたたちはここへ来た」

 成美は品定めをするような目をして深瀬を見ていた。

 冷めているように見えるのではない。彼の心は実際に冷え切っていた。仲間を失った悲しみより、なぜ仲間を失わなければならなかったのかという純粋な疑問が先行している。冷酷と評しても差し支えない、あまり若者らしくない男だと思った。

 成美は静かにうなずいた。手札を隠しておく意味もないので、バッグの中から八インチのタブレット端末を取り出した。

「蝉川さんのご遺体には、凶器と思われるナイフが残されていました。そのナイフは蝉川さんの胸部だけでなく、こんなものも一緒に貫いていました」

 現場で撮影した一枚の写真を液晶画面上に表示させ、長机の真ん中に置く。真っ赤なカードに〈未来はボクらの手の中さ〉と印字された、犯人からのメッセージ。

 マネージャーの河辺を含む七人が一斉に画面を覗き込む。誰もが文章の内容にピンと来た顔をした。

「『EVERLASTING』」

 依田がつぶやく。

「歌詞だろ、これ」

「おれのパートだ」

 仁木が泣き腫らした顔で言った。

「ねぇ、なんでおれのパートなの? なんなの、どういう意味なの、このカード」

「なにかお心当たりはありませんか、仁木さん」

 成美が問う。仁木は「あるわけないじゃん」と言った。

「知らないよ。おれ、なにもしてない」

「あなたを疑っているわけではありませんよ。ただ、犯人がこのカード、この歌詞を遺体に残したことには必ずなにか重要な意味があると我々は考えています。犯人に近づくための大事な手がかりですから、些細なことでも、なにか気になることがあれば教えていただけるとありがたいのですが」

 仁木は不安に瞳を揺らし、もう一度「知らない」と小さく言って首を振った。他のメンバーも互いに視線を交わしていたが、仁木の他に発言する者はなかった。

 七つの影のうち、一つがすぅっと成美の視界から消えた。立っていられなくなったのか、今岡灯真がからだを震わせ、床にへたり込んだ。

「灯真くん、大丈夫?」

 三栗谷とマネージャーの河辺が一緒になってしゃがみ込み、うつむく今岡の背をさする。今岡はろくに返事をすることもできず、肩で息をしている。みるみるうちに青ざめていき、放っておくと過呼吸になりそうだ。

 河辺が成美を見上げて言う。

「すみません、医務室で休ませてもよろしいでしょうか」

「もちろんです。外に警察官がおりますので、付き添わせましょう」

 本堂の代わりにここへ呼び、開け放ったままにしておいた会議室の扉の外に立たせていた所轄署の制服警官とともに、河辺と今岡は同じ地下一階にあるという医務室へ向かった。残された五人のメンバーはそれぞれ暗い影を落とした顔で席に着く。

「なんで歌詞なんか」

 しんと静まりかえった室内に、貴島慎平の声が響く。

「なんの意味があるんだろう」

「警察はどう考えてるんですか」

 深瀬が成美を睨むように見つめながら問う。

「刑事さん、今おっしゃってましたよね。犯人はあのカードに重要な意味を持たせているって。その意味について、現時点での警察の見解は?」

 成美たち警察を試すような視線を向けられる。挑戦的な態度とまではいかずとも、あるいは深瀬にはなにか考えがあるのかもしれないと思わされる目つきだった。

 成美はやや大げさに肩を落としてみせる。

「お恥ずかしながら、皆目見当もつきません。先ほどもお伝えしたかと思いますが、こちらへお伺いしたのは皆さんのお力をお借りするためです。我々では気づけないことに、皆さんならお気づきになるかもしれないと思ったものですから」

「気づくっつったって」

 今度は依田が口を開く。

「なにに気づけって言うんですか。そもそも、玲央に殺されなきゃならない理由があるなんて話すらおれは信じられないですよ」

「女性関係のスキャンダルがあったと伺っていますが」

「ずいぶん前の話だな」依田は鼻で笑う。

「ただの熱愛報道でしょ。あの程度のことで殺人事件に発展すると考えてるんですか、警察は」

 成美は肩をすくめる。依田の言うことはもっともで、恋愛絡みの事件なら、カードを残すような手の込んだ真似をするほどではないだろう。恨みをいだいていたから殺した。それで終わりだ。別の理由をほのめかすことに意味があるとは思えない。カムフラージュという可能性がないわけではないが、それなら純粋な通り魔殺人に見せかけたほうが犯人の足取りは追いにくくなる。策を講じれば講じるほど、ほころびは出やすくなるものだ。

「他になにかお気づきになったことは?」

 成美が促すが、誰もが互いに顔を見合わせるばかりで声は一向に上がらない。

「三栗谷さん、いかがですか」

 教師が生徒を指名するように、三栗谷悠斗に尋ねてみる。突然名指しされた三栗谷はやや驚いた顔で「はい」と返事をし、成美を見た。

「なにか思い当たることはありませんか」

 視線がさまよう。あるにはあるが、成美に伝えるのをためらっている。そんな感じだ。

「どんな些細なことでもかまいません。事件に関係があるかどうかはこちらで判断します。なにか気になることがあればぜひお聞かせいただきたいのですが」

 助けを求めるように、三栗谷は貴島を見た。彼がなにかに気づいていることは間違いないが、この場では言いにくいことなのか。

「言えよ、悠斗」

 貴島が優しく声をかける。

「なにか気づいたことがあるんだろ?」

「でも、社長が」

 三栗谷はやはりためらうような口調で言う。

「社長が、倫瑠くんの話はするなって」

 室内の空気が一変した。誰もがなにかに気づいたようだ。五人の表情が一斉に硬くなる。

「どういうことでしょう」

 成美は食い下がる。

「『倫瑠』というお名前、先ほども口にされましたよね、三栗谷さん。聞くところによれば、Billionというグループはもともと八人組だったそうですが」

「デビューする一ヶ月前まではね」

 答えたのは三栗谷ではなく深瀬だった。深瀬は腕を組み、椅子の背に体重を預け、長い足を気だるげに組んだ。

「オーディションの最終結果発表の時点で、メジャーデビューの日はおれたちにだけ告知されていました。デビューまで五ヶ月しかないと知って、おれたちは毎日必死で練習を重ねていた。だけど」

「深瀬」

 貴島が声を上げる。「なんだよ」と深瀬は貴島を睨んだ。

「別にいいだろ。オーディションの合格者が八人だったことなんてみんな知ってる」

「でも、社長は余計なことを言うなって」

「ごめん、貴島くん」

 三栗谷が泣きそうな顔をして言った。

「おれ、さっき……」

「『警察は、倫瑠くんのことを見つけてくれていない』」

 成美が三栗谷の言葉を代弁する。

「先ほど三栗谷さんは、私の前でそうおっしゃいました」

 その時の三栗谷は、マネージャーの河辺から黙るように言われていた。事務所を上げて、平良倫瑠の失踪事案をひた隠しにしようとしていることが窺い知れる。

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