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ボーイズアイドル殺人事件  作者: 貴堂水樹
第二章 あるアイドルの失踪

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11/42

1-1.

 Billionのメンバー全員が代々木体育館に顔を揃えるまで、それから三十分の時間を要した。オーディションを経て結成されたグループとあって出身地はてんでバラバラだが、今は全員が都内で暮らしているという。

 河辺に呼ばれて入った会議室は、まるで葬儀会場のように冷たく重い空気が流れていた。

 中央に四つの長机が二つずつ向かい合わせにくっつけて並べられ、六人の若者が沈痛な面持ちで席についている。

 ある者は泣き、ある者は目を伏せ、ある者は悔しさに歯噛みしている。その中でもひときわ目立った行動を取っているのは、くだんのカードに記された歌詞を歌う仁木魁星だった。

 金のメッシュが入ったミディアムヘアを振り乱し、わんわんと声を上げて泣いていた。本堂から聞いた話では、仁木と蝉川はコンビで人気があったという。プライベートでも仲がよかったのだろうか、相棒を失った悲しみは誰よりも深いようだ。見ているこちらが胸を痛める、感情のままに叫ぶ泣き方だった。

 彼の左隣に座っているゴールデンレトリーバーみたいな愛らしい顔をした男は、先ほど通路で顔を合わせたBillionのリーダー、貴島慎平だ。彼は仁木に胸を貸し、背中をさすってやっていたが、泣きじゃくる仁木につられるように悲痛な表情を浮かべていた。

 成美が会議室に入り、最初に顔を上げたのは三栗谷悠斗だった。熱を失った目をして成美をじっと見つめ、すがるように声を絞った。

「刑事さん」

 三栗谷のつぶやきが号令となり、全員が成美のことを見た。成美は軽く頭を下げ、「警視庁の相野と申します」と名乗った。

「早朝からお呼び立てして申し訳ありません。マネージャーの河辺さんからお聞き及びのことと思いますが、今朝、蝉川玲央さんのご遺体が渋谷区内のご自宅付近で発見されました。事故や自殺は考えにくく、警察は殺人の線で捜査を開始しています」

 誰も驚かなかった。三栗谷か河辺のどちらかが、蝉川の死が他殺であることを話したのだろう。

「本当だったんだ、殺されたって」

 とはいえ、かみしめるようにそうつぶやく声は上がった。唯一髪を長く伸ばしているメンバー、依田瑛士だった。

「悠斗の話を疑ったわけじゃないけど、信じてなかったんだな、おれ」

 肩に触れるブラウンのパーマヘアをかき上げる。瞳にうっすらと涙が浮かんでいるのが成美にも見えた。

「みんなそうだよ」

 リーダーの貴島が力なく首を横に振った。

「死んだってだけでも意味わかんないのに、殺されたなんて」

「どうして!」

 貴島の隣で、仁木魁星がテーブルを平手で強くたたき、椅子を蹴るようにして立ち上がった。

「どうして玲央は殺されたの!」

 真っ赤に腫らした目をして仁木は吠える。成美は淡々と応じた。

「現在捜査中です」

「捜査中? ねぇ、殺されたってことは、犯人がいるってことだよね? 早くそいつのこと捕まえてよ!」

「落ちつけって、仁木」

 貴島も立ち上がり、仁木の両肩を押さえつけるようにして再び椅子に座らせた。「わめいたってしょうがないだろ」と貴島に小声でいなされると、仁木はテーブルに突っ伏して泣き始めた。

 誰もなにも言わなかった。怒りも、悲しみも、犯人が見つからなければぶつける当てはどこにもない。今はただ、泣くことでしか負の感情に決着がつけられないのだ。

 だったら泣かせておいてやればいい。そう思い、みんな黙っているようだった。あるいは全員が仁木と同じ気持ちなのかもしれない。どうかこの時間が悪い夢であってほしい。誰もがそう祈っているようだった。

「仁木さん」

 顔を伏せてしまった少年に、成美は努めて優しく、真摯に語りかける。

「今、多くの捜査員が蝉川さんの無念を晴らすために身をにして犯人を追いかけています。私がこちらへお伺いしたのも、一刻も早く犯人にたどり着くためです。なぜ蝉川さんが犯人の魔の手に落ちなければならなかったのか、私はその理由を探っています。みなさんの協力が必要です。どうか、我々警察にお力を貸してはいただけませんか」

 仁木の顔は上がらない。だが、声を上げて泣くことはやめた。

 貴島が仁木の背をさする。すすり泣く音が止むことはないが、事件の話を進めることはできそうだった。

「自宅付近」

 成美が声を上げるよりも先に、テーブルの一角から声が上がった。

 仁木の右隣。腕を組み、じっと目を閉じていたその男は、ゆっくりとまぶたを上げて成美を見た。

「具体的には、どこで? 玲央はどこで見つかったんですか」

 深瀬岳。やや細いつり目と浅黒い肌、暗めのアッシュカラーに染めたミディアムヘアがどこかエキゾチックな印象を与える彼は、六人のメンバーの中でただ一人、その瞳に悲しみの色を映しているように見えなかった。現実をいち早く受け入れ、流れに身をゆだねるしかないと諦観しているのか、成美や樹と同じように、もともと冷めた性格をしているのか。

 成美は事実を包み隠さず答えた。

「蝉川さんのご自宅からほど近い、JRの高架下です。普段から人や車の往来が少ない場所で、深夜になるとなおさらだと捜査員の一人が話していました。死亡推定時刻は昨夜、午後十一時から今日午前一時の間。胸部と腹部と鋭利な刃物で刺された状態で発見されました」

 この事実には深瀬もさすがに顔色を変えた。成美から目を逸らした深瀬の向かい側で、別のメンバーが背中を丸めて小さくえずくような声を上げた。今岡灯真だ。左手は胃のあたりを、右手は口もとを抑え、肩を小刻みに震わせている。

「灯真くん」

 隣に座っていた三栗谷が、下げた今岡の顔を覗き込んだ。

「大丈夫?」

 今岡は力なく首を横に振る。血まみれの蝉川がアスファルトに転がる姿をリアルに想像してしまったのか、軽く咳き込み、せり上がってくる吐き気を必死に抑え込んでいるようだ。額には脂汗が浮かび、呼吸は浅い。皮肉にも、彼の赤い髪は蝉川の遺体から流れ出た大量の血を連想させた。

「河辺さん、お水あります?」

 三栗谷が言うが早いか、マネージャーの河辺はきびすを返して会議室を飛び出した。廊下に出れば自販機がいくつも設置されている。

「刃物で刺されたって」

 依田瑛士が長髪を揺らし、首を捻った。

「昨日の夜って言ったら、ライブのすぐあとってことだろ。なんか、気味悪くないか? まるで玲央がライブを終えて帰ってくるのを待ってたみたいだ」

「いや、それはどうかな」

 リーダーの貴島が疑義を挟んだ。

「あいつ、昨日は確か終演後すぐに帰ったよな? 家はおれたちの中でも一番近いくらいだし、どこにも寄り道しなければ十時には家に着いてたはずだ」

「そうか」と依田。「死んだのは昨日の夜中だったんだっけ」

「皆さん、ライブを終えられたあとはすぐに帰宅されるんですか?」

 成美が問う。「人によりますね」と答えたのは貴島だった。

「おれは基本的に早く帰りたい派だけど、昨日は少し打ち合わせをしておきたいことがあったので、十時を回ってから会場を出ました」

「終演は八時三十分頃だったと伺っていますが」

「そうです。八時四十分くらいだったかな。午後六時からの公演で、アンコール込みでいつもだいたい二時間半くらいやるんですよ」

「蝉川さんが一番に帰宅されたんですか?」

「どうだったかな」と貴島が他のメンバーに意見を求める。泣き腫らした顔を持ち上げた仁木が「たぶんそう」と答えた。

「おれ、玲央と一緒に帰ったから」

「お二人で帰られたんですか?」

「そう。マネージャーさんに車でそれぞれ家まで送ってもらいました」

「マネージャーというと、河辺さん?」

「じゃなくて、別のマネージャーさん。河辺さん以外にも、ライブとか地方ロケとかの時にだけついてくれる専門の人が何人かいるから」

 成美は深くうなずく。全員が売れっ子の七人を河辺一人で面倒を見るのはさすがに難しいだろう。

 車での送迎となると、蝉川は一度帰宅したのち、深夜になってから家を出て、自ら事件現場へ向かったということになる。帰宅途上を待ち伏せされたという線は消え、蝉川は犯人によって現場へ呼び出されたことがこれで確定した。

「他の皆さんはいかがですか」

「おれが最後なのは間違いないけど」貴島が答える。

「おれ、灯真くんと一緒に帰った」三栗谷が挙手をした。

「家の方向一緒だから、スタッフさんが二人まとめて乗せてってくれた」

「そのあとがおれと深瀬だな」依田が言う。

「おれたちも別のスタッフさんの車で。な?」

 深瀬は「あぁ」と静かに応じた。やはり冷め切って見える彼の瞳からは、なにか別のことを真剣に考えているような雰囲気も感じられた。

「で、最後がおれか。家に着いたのは十一時ちょい前くらいだったかな」

 そう言った貴島慎平は、河辺の車で自宅まで送ってもらったと話した。彼らをはなから疑うことはしないけれど、全員が一人暮らしをしているということで、犯行時刻の彼らのアリバイは不確定だろうことが予想できる。

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