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異世界で命のせんたくをすることになりました。  作者: fuminyan231
2 となりまち
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おかいものとさんぱつ

 期せずしてライデルも加えた正式な仲間(パーティー)が揃ったわけだが、始まりからして不安しかない。だが、前衛の不足という問題は如何ともしがたいのは事実。例えフランが十全と戦える力量があったとしても、盾役は二人いた方が確実だ。


「装備を整えると言っていたが、なぜ武器屋に向かわんのだ?」


ライデルの中では装備と言うのは武具の類いだけのようだ。背嚢や各種革の袋類、ランタンに火口箱といった物からランタンの油や手鏡なんかも装備品に入る。ちなみに、手鏡とはお化粧に使うのではなくて曲がり角から向こうを見るときに使う物だ。


「とりあえず、あんたは最初に服を何とかした方がいいわね」


ノーリゥアちゃんが言わんとしてる事。ライデルは如何にも貴族然として格好をしているが、冒険の旅に出るには不釣り合いだ。アクアリアからインペツゥースの国境近くまでの約二千八百キロにも及ぶ距離もあるが、ダインベール貴族の服装で彷徨くと様々な問題が起こるかもしれない。私とフランは何着か既に冒険者風の旅装を買ってあるので構わないが、イリーナはどうだろう。聞いてみると『私も何着かはあるよ』との事。やはり目下の問題はライデルか。


「ジュン様が見立ててくださるのであればどんな姿でも耐えましょう」


ライデルはそう言うが、私だって妙な格好の同行者とか御免だよ。


「サクッと決めてやんなさい。他にも買い物はあるんだし」


なれば仕方ない。あまり自信はないけどコーディネイトしてみよう。


イリーナに聞くと、ウェズデクラウスには主だった服飾店は三軒ほどあるらしい。中でも彼女のお薦めは『フォルテクス』という店だ。安くてそこそこな服が多いそうだ。冒険者の服で重要視される要素は『丈夫』『着心地』そして『安さ』となる。冒険と言うのは必ず怪我とかするし、雨ざらしで行動する事も余儀なくされる。ほつれた位なら修繕も出来るけど、着れなくなったら新しく買う位の方が良い訳だ。

もっとも、こうした服はだいたい古着だ。仕立て済みの新品の服は滅多なことでは冒険者は着ない。理由は安くないからだ。だから何処か必ず継ぎは当たってるし、裾はほつれてる。かくいう私の着てるのもそうした古着の一つであるが、程度はそんなに悪くない物を選んだつもりだ。だから、彼のも同程度のレベルの物を選べば良いだろう。


「いや、高すぎでしょ」

「上下のセットで銀貨二十とかあり得ないわ」


しかしながら、イリーナとノーリゥアちゃんにダメ出しされた。

うむぅ。金銭感覚の差なのかな。


「良いではないか、私もこれなら納得出来ますぞ」


ライデルはご満足なようだが。結局、私とイリーナとノーリゥアちゃんのコーディネイトした物をそれぞれ買うことになった。


ついでに自分達の分も少し買う事にしたよ。余り多すぎても困るけど、私には【保管(ストレージ)】がある。みんなの分を入れたって全然平気だ。


「便利だけど、頼りすぎると後が辛くなるわよ。自分の装備品はあくまで自分で持つのが正しい冒険者よ」


うう、正論だよね。負荷をかけて行動すれば体力の向上も望めるのは確かだ。でも、予備は多い方がいい。あくまで常備する物は持って、それ以外の予備は私の【保管(ストレージ)】に入れるとしよう。


とりあえず服はこんな感じだった。次は装備品に移るけど、私たちはだいたい既に持っている。背嚢に水の袋ないし水筒、火口箱とランタン。以下は基本【保管(ストレージ)】に入れる物だけど、ロープが10メートル程の物を太いのと細いので二つ。松明を十本ほど、各種袋類を十枚、食品を包むための油紙が百枚程度。陶器や木の器や皿、匙、ナイフやフォークなど人数分より少し多目。鉄の鍋に片手鍋、大小の薬缶(やかん)などの調理用具。


実のところ【保管(ストレージ)】の容量が少なかったらかなり諦めていたのだが、これ幸いと買い込みすぎたのだ。それでもまだあんなに余ってるとは思わなかったけどね。


「これは重いから【保管(ストレージ)】に入れてもらっていいかな?」と聞いてくるイリーナ。何かと見てみると、登山とかに使うハンマーとザイル。あと、(くさび)が十個ほどだ。


「何らかの崖を降りることも想定してね」


ノーリゥアちゃん、私はこんな登山はやったことないけど…やることになるのかな?ともかく、これは保管行き。


「テントはどうする?」

「買ってもいいけど、二つにしなさい。一つは一人用でいいから」

「おい、ノーリゥア。それはどういう意味だ」


どういうって…まあそういう意味だよね。やはり一緒のテントでは寝てほしくないのだろう。一番大きな物でもだいたい四人くらいが限界だから、そうなるんだけどね。ともかく、これも保管行き。


「そうだ、ジュン。あの一角狼の肉って要らない分は売っておいた方が良いわよ。痛まないけど、食べられない量を残しておいても仕様がないからね」


ノーリゥアちゃんの意見に従い、あのお肉は肉屋で売ってみた。狩猟ギルドに捕った物を売ると手数料の他に税が掛かるが、これはギルドに属していないからだ。逆に冒険者ギルドに売ると税はかからないけど、物によっては買い取ってもらえない事もある。あくまで素材採取は依頼のある物を買い取るわけだ。まあ、狩猟ギルドでも値段が下がってしまうような量だと断られるけどね。

総じて魔物の肉はあまり、高額では取引されない。一角狼(ホーンウルフ)烏賊墨猪(セピアボア)と言った、通常の動物に近いものは別だが、虫に近い大牙蟻(ファングアント)とかは食用にはまずされない。食べられない訳ではないが、毒を持ってたり寄生虫がいたりして色んな処置をしないといけない。そういった魔物はだいたい殻や特定の部位が価値を持つものが多い。大牙蟻(ファングアント)は殻が上質な防具になる。毒大蛙(ポイズントード)の毒腺はとある薬草と煮ると解毒剤に変わるなど。冒険者ギルドの素材採取は、主にそういった物を買い取って冒険者に装備品として循環させていくのだ。


話がかなり逸れたが、一角狼(ホーンウルフ)の肉は一つ当たり銅貨五十枚で売れた。加工した手間がかかってたけど、ゴブリン一匹の討伐と同じ程度なのでかなり高い。狩猟ギルドの買い取り係は手放しで誉めてくれたけど、半分以上ルイゼさんが捌いてたのだから私が誉められる筋合いではないと思う。悪い気はしないけどね。


「意外と後をひく味よね、一角狼(ホーンウルフ)

「まだありますから、たんと食べなっせ」

「どこのお婆ちゃんか!」


ノーリゥアちゃんとの会話にイリーナが即座に突っ込む。実際手元には二倍エリアの三つ分と他に五個ぐらい残している。痛まないのなら焦る必要はない。


「ライデル。その髪は切った方が良いわね 」

「何ィ!?なぜだ!」


ノーリゥアちゃんがいった通り、ライデルは男にしては髪が長い。まあ、父様もそうだし、オルガさんも大概な長さだけど。長旅をするなら髪は短い方が便利なのは間違いない。何度もフランに進言している私は、却下され続けてるので信憑性はないけれど。


「衛生面はともかく。目立つのよ。あんた顔は整ってるから余計に」

「ふふん。貴様も分かっているではないか。しかし、切ると言ってもどの程度だ?まさか丸めろとか言うつもりじゃあるまいな?」

「それはすっきりするけど、アソーギの信者じゃあるまいし。軍隊式の角刈りでいいんじゃない?」


領軍に徴用や志願で入ると、だいたい一年間ほどは角刈りにされる。これは新兵と判別しやすくする目的もあるけど、もう一つはやはり衛生面だ。軍事行動をするとどうしても虫やら病気やらに悩まされる事が多くなる。だから、髪も刈って、髭も剃る。

ちなみに一年以降は各自好きにしていいと言うローカルルールがある。まあ軍人気質の人はそのままが多いそうだ。やはり楽な方がいいものね。


女性も髪は短い方が好まれる。冒険者を志す女性は髪を短く刈り込んだりする。理由はおなじだ。

一方、貴族の娘はそれなりの長さの髪を維持するのが慣習として残っている。その辺は平民でも変わらない。やっぱり若い娘は長い髪がステータスらしい。そこには手間がかかったり戦闘において弱点になることもさておいても、女の子らしくありたいという思いがあるからなんだろう。


「さっぱりしたライデルも見てみたいな♪」


埒があかなそうだから軽い気持ちで言ってみたら、『では行って参ります!』と施術院に駆け込んでいった。


「あんたの言うことだと本当によく聞くわね」


ノーリゥアちゃんは呆れている。私は苦笑するけど、ちょっと疑問もある。昔のライデルは私が嫌がってもしつこいくらい自分アピールをしてきた。心境の変化があったのだろうか?


「ちょうどいいからお昼でも食べましょう」


ノーリゥアちゃんはライデルの入っていった施術院の前にある居酒屋のような店を指している。確かに昼二つの鐘がそろそろ鳴る時間だ。

イリーナが灰色兎(グラウクァニヒェン)の串焼きが美味しいよと耳寄りな情報をくれた。楽しみだね。


居酒屋は昼間でも営業している事が多い。お酒を飲まなければ只の料理屋だもんね。まばらとは言えない人が既に飲んでたりする。お昼休みにはちょっと早いけど、串焼きをばらした物を黒パンに挟んで食べる人たちが多い。この店は鶏、豚、牛、鹿、猪などの家畜や動物の肉や内臓なんかを全部木で作った串に差して直火焼きで出してくれるみたいだ。


「とりあえず発泡酒(エール)、あんたらは…」

「私は炭酸水で」

「私もそれでお願いします 」

「私も発泡酒(エール)で」


イリーナは昼からお酒ですか。飲んべえにならないように気を付けてね。まあ、値段から見ると酒精は弱そうだし平気だろう。


厨房から沸き立つ煙が表に流れていくが、それは[送風機(ファン)]という魔術装具の力だ。(気流(ブロウ))の力を宿したこれは店の壁に付いていて、外に煙を流している。


「うーん。ジューシー♪」


早速鶏の串焼きを頬張っているノーリゥアちゃん。お酒で洗って塩と香辛料数種類を混ぜた粉をふっただけだと思う。でも、こうして食べると余分な脂が落ちてお肉もふんわり柔らかく仕上がるんだね。私もぱくぱくと食べてしまう。


「おじさん、灰色兎(グラウクァニヒェン)ってあります?」

「お、嬢ちゃん。知ってるね。昨日仕入れたばっかだから旨いぜ」


厨房で串を焼いてるおじさんは店主なんだろうね。赤焼けた顔はたぶんずっとこの仕事をしてるから焼けたんだろう。私は人数分頼むとノーリゥアちゃんが鶏の砂肝を頼んでいた。私はあまり好きではないけど、酒飲みの定番なんだろうね。


串を焼く台は真っ黒になった鉄で出来てる。端っこでは黒パンも焼いてるみたいだから私とイリーナ、フランの分は頼んだ。ノーリゥアちゃんは要らないと言ってた。


「こうしてパンにのっけて、挟んで食べるの」


イリーナのやり方を真似て食べると、熱々の灰色兎(グラウクァニヒェン)の肉汁が焼いた黒パンに染み込んでとても幸せだ。


「とても美味しいですね。ただ、少し大きめですので…」


フランは大きな口を開けるのに躊躇いがあるようだ。そんなことは気にせずに私は食べてますけどね。こんなお店で気取ってもいいことはないよ。


段々と人が増えてきてる中で、表で買い物をする女性が視界に入った。服は町娘の格好だが、フェデルに間違いない。今朝はいなかったから、夜勤明けなんだろう。串焼きは昼御飯か夜のおかずか。

ただ、なんとなく気になった。


「ちょっと厠を借りてくる」


そう言うと私は店の表に向けて早歩きで向かう。そこにはもうフェデルはいなかったけど、通りの向こうに姿が見えた。私は追いかけた。会っても向こうはわたしが分からないだろうけど、あの朗らかだったフェデルの様子がすごく気になるのだ。


「お嬢様。どうかなさいましたか?」


私の守護騎士(フラン)さまがいつの間にか後ろについてきていた。そっちに気を取られた瞬間、雑踏のなかにフェデルの姿が消えてしまった。


お昼のこの大通りはかなり人が多い。紛れてしまった女性を見つけるのは無理だろう。そもそも会って何を話すつもりなのか。考えを纏める前に駆け出してしまった。


「うん。ごめん、知ってる人を見かけた気がしたんだけど…気のせいだったよ」


フランにそういって、なんとか誤魔化した。

後先考えずに行動するなんて、らしくないなぁ。


「こんな所におりましたか、乙女よ」


背後からさっきまでいた男性の声が聞こえた。そちらを見ていたフランの顔色が少し驚いていた。


「乙女とか言わないでよライデ…」


振り向くと。

そこには角刈り以上に左右を刈り上げた、端整な顔の男がいた。…これはソフトモヒカンという感じだろうか。


「如何ですか、さっぱりしてきましたが」


うん、なるほど。

確かにこの方がいいな。

もっさりとした長髪よりスマートで清潔感がいい感じだ。…割りと格好いいのはちょっとナイショだ。やっぱり造作はいいんだよな、この人。


「うん、いいね!よく似合ってるよ」

「そうですか!!良かった。似合わないと言われたら、施術院の奴らを切るところでした!」


なんて物騒な。


「そういう事は言ってはダメだよ」

「は、肝に命じます」


返事だけはいいよなぁ。フランも呆れてるし。まあ、フェデルを見失っちゃったし、さっきのお店に戻ろう。ライデルもご飯食べてないし。


それから戻って串焼きを堪能したけど。ノーリゥアちゃんはちょっと出来上がってて困りました。この人、実はあんまりお酒、強くないのかな?イリーナは普通に飲んでるのに。


結局。二時間ほどそこで飲み食いしたので、今日はなし崩しに解散になった。まあ、装備品や服とか買えたし、有意義だったんじゃないかなと思う。


潰れかけのノーリゥアちゃんと上機嫌なイリーナをハイヤール老のお家に届けると、私たちも戻ることにした。

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