ふりーださまとのかいわ
執政官の所に厄介になっていると聞くと、ライデルも同行すると言ってきた。
「私めは泊まりませんのでご安心を」
ライデルはそう言っていた。なんでも、執政官の屋敷に泊まるのは結婚する前までだったらしい。新婚家庭というのもあるけど、妙齢の女性の側に別の男がいるのは良くないと、真面目な顔で言われてしまった。
常日頃の言動がおかしいせいか、ライデルがまともな事を言うと違和感が半端ではないけど。
考えてみると、少女趣味が行き過ぎてるだけでライデル自身は浮わついた噂は聞いたことがない。宿の商売も上手くいっているのだから、頭もいいのだろう。先入観と云うのは恐ろしいものだとつくづく思う。少女趣味というだけで、彼の全人格がすべて否定されているということ。そしてそれが普通だと思い込んでいたこと。
「私もノーリゥアちゃんの言ってた事が遅ればせながら分かった気がするよ」
そうした見解をフランに言ったらこう返された。
「常に悪行をする者が善行を行うと、常に善行を行う者よりも良い心証を得られます。これはお嬢様から教えて頂いたことですが、はろーげいん様とはろーろす様の話だった気がします」
ああ、ハロー効果云々の事は、屁理屈で言った覚えがあった。
でも、フラン。
あれは人の名前じゃないよ。
ちょっと前に、野歩きばかりして礼儀作法の授業をサボると叱られてた事があった。叱っていたのはメイド長で、フランは後ろで聞いていただけだった。
『いつも奔放な私がいきなり礼儀正しくしたら、とても印象に残るでしょう?男爵の娘はああ見えてもしっかりとした淑女だと思わせる作戦なのよ!』
こう言った気がする。まあ、それとこれとは話は別ですと、メイド長に取っ捕まっていつもより長い時間、礼儀作法の勉強をさせられたけどね。
フランにはその後に説明をしたのだ。よく覚えていたね。
しかし、そう考えてみるとこれはライデルの計略にかかっているのかとの邪推が首をもたげてくる。
あぶないあぶない、もう少しで彼が実はいい青年だなんて勘違いしてしまうところだった。
その可能性がないわけではないが、まだ詳しくは知らないのだ。それこそ先入観で目を曇らせないように判断していかないと。
髪型は変わってもいつもと同じ貴族然としたスーツ姿は従士達には見慣れているのだろう。ほとんど顔パスで中に入ってしまった。
「やあ、お帰り。ライデル、どうしたんだい?」
ダリエル君は今日の執務は終わっていたらしい。それでも執務室であれこれと書類を片付けていた。
「本業はともかく、これでも貴族の端くれだからね。資産やら投資やら面倒でいけない」
こうぼやいてる所はそれなりに年を取った青年に見える。まあまだ三十にもなってないんだけど。年上なライデルの方が若く見える気がするのは、好きなことをやって生きてるのという人生の張りの問題かもしれない。
「僕はまだやることがあるから、上でフリーダの相手でもしてあげてよ」
まあ、素人がうろうろしてても仕方ないし、私達は上の居住区画へと行った。
最初に通された応接間に奥様はいた。夕刻であり、窓から差し込む光は赤く部屋を染めている。ちなみに、貴族の館にはだいたい板瑠璃の窓がある。大々的に使われ始めたのは百年ほど前だが、その頃はまだ生産数は少なくて高価だった。何せ作れるのはドワーフだけだったし、大きく平たい瑠璃は作るのが大変だったのだ。高熱を維持するには燃料もそうだが、製造する機械の強度が重要だ。この強度を高めるのに魔術装具の技術が大きく関わっているらしい。詳しくは聞かなかったけど、師匠はそうした大型の機械にも携わっていたそうだ。
ともかく、板ガラスは既に多く一般に浸透している。貴族の館以外にも使用する家も段々と増えているみたいだ。
「お帰りなさい。あらライデル様もご一緒でしたのね」
「ご機嫌麗しゅう、フリーダ様。一段とお美しくあらせられますな」
ライデルは通り一遍の挨拶をしてる。気安いフリーダ様はにこりと笑って返してる。
「あら、貴方の美はお隣の方が体現なされてると思っていたけど」
「はい、その通りです、レディ」
臆面もなく即答するなよぅ。
「相変わらず面白い方ね」
「褒められたと思っておきます」
「ええ、褒めてますわ。少なくとも中央のボンボン達から見たら貴方の方が誠実ですもの」
フリーダ様は子爵家の三女だけど、傍系とは言えクレメンタイン侯爵家の係累だ。そうした男性たちと会うことは多かったのかもしれない。十八歳という割に大人びてる印象なのは、そういう世界を見すぎてしまったからなのだろうか。
お茶にしないかと言われたので、一度荷物を置き部屋に戻ると言って退出した。無論、着替えるためもある。彼らに合わせて多少は見映えの良い格好をしておかないとね。
「フラン、メイド服はダメだよ」
「えっ?ですが…」
「ダリエル君に雇われてるんじゃないんだから。ここは客人として来てるんだからね」
私がそう言うと渋々メイド服をしまい込む。まあ似合うんだけどね。
幾つかある普段着の中でもさほど気取らない薄緑色のワンピースと茶色の革の靴を選んだ。フランは私のより少し暗い色のワンピース。靴は黒い革の靴。靴下は白で統一してある。髪は私はイリーナみたいにツーサイドアップにしてみた。結んでいる赤いリボンはフランのコレクションの借り物だ。フランは長い髪を三つ編みにしてお団子だ。いつもは大きくひとつにしてるけど、今日は二つにしてお下げのように下で纏めている。
気軽にどうぞと言ってたから、二人で廊下を歩いてさっきの応接間に戻る。
「あらあら、見違えましたわね♪」
「おおう、素晴らしいです、ジュン様」
…いや、そこまでいじってはいないんだけど。化粧とかしてないし。でも誉められるのは嫌いじゃないよ。
「ありがとうございます。苦心した甲斐がありました」
ちゃんとお返しの言葉も返す。フランは躊躇いつつもちゃんと席に着いてくれた。よしよし、もっと堂々としてもいいんだよ。
「夕食はもう少し後だから、ゆっくりしてね。それに私としても是非とも聞きたいのよ、男爵令嬢の事」
むう。客分だから、先方の意を汲むのは礼儀だよね。あまり自分語りはすきじゃないけど、まあいいか。
フリーダ様は貴族の娘としては普通だったらしく、魔術とか剣とかそういったものからはかけ離れた生活をして育ったらしい。その殆んどは礼儀作法と国の歴史や、語学といった所らしい。だから私のように冒険者として活動出来るほどの力は無いそうだ。
「私には才能がないらしいからね。早々に諦めたの」
それでも勉強だけはそこそこ出来ていたらしい。学院にも通ったそうだ。もっとも経済的な理由で平民の通う『ガンダルヴァ総合学院』だったらしい。ガンダルヴァ総合学院は、不世出の賢者ガンダルヴァが基礎的な学問を広く教えるために私財をなげうって創設した学院だ。形としてはダインベールの公益学校法人になるが、現状でも冒険者ギルド、魔術師ギルド、各神殿が資金を供出している。
「もっとも、公用語以外は履修出来なかったけどね。語学以外もそこそこ学んだけど」
何となく思わしくなかった雰囲気のある言葉だった。いつの間にか私の事よりも、自分の事を話すようになっていたフリーダ様。楽だからこのまま話を合わせていこう。
「要するに箔を付けたかっただけなのよ。私が学のある娘なら、家もそれなりの資産があると誇れるし。嫁に出すときにも勧めやすいしね」
そういう側面はあるよね。父様もいつかそう考えるだろうか?その時にならないと分からないな。
「卒業したらすぐにお見合いよ。それも伯爵の四男。係累の男爵家に臣従して士爵位を手に入れたばかりの男をあてがおうとしたのよ」
少しやな流れだな。ライデルは気にしてなさそうだけど。
「会ってみても、なんだか冴えない感じで。平民なのかと思ったくらいよ?多少は剣も使えるらしいけど、騎士としては落第だって伯父様に叱られたって笑っていたの」
それはウェイバール伯父様だろうな。父様は軍籍には入ってないから。
「でもね。その飾らなさは私には新鮮だったわ。花嫁修行とか礼儀作法とか、勉強だってそうよ。なんでも押し付ける親やメイド達が鬱陶しかったのよ、私は」
…なるほど。だから、この家は自由なんだね。変に格式張らない、柔軟な考え方だ。私にもすごく共感できるもの。
「ダリエルは昔からああいう奴でしたよ。学問も大したことは覚えてなかったけど、要領だけは良くてね。感覚的なものかもしれないけど。損得の勘定はだいたい間違えてない気がする」
ライデルの発言から、ダリエル君の人となりも窺える。彼は本質的な事を感じとれる類いの人間だ。そこに貴族のしきたりとか体裁とかが入る余地は、無いとは言わないけどかなり少ないだろう。
いい意味で実利優先、悪い意味では無作法者だ。それでも士爵となって妻も娶って、執政官にまで収まった。少なくとも父様は彼の能力を認めている。
「私はとても良い縁談を受けられましたわ。名君と言われるかどうかは分からないけど、私だけを愛してくれるのですから」
そう宣言するフリーダ様は、やはり綺麗に見えました。恋する女の子ではなく愛を知った女性の輝き、なんだろうね。
御馳走様です。
「おいおい、誉め殺しとか止めてよね。しかもジュンに聞かせるなんて。後々、絶対からかわれるんだから…」
ちょうど良いタイミングでダリエル君が戻ってきた。でも、失礼だな。からかったりしないよ?
「シエラ、お茶のおかわりを頼む。ライデル、飯はどうする?」
「不意な客とはもてなす側には厄介なものだ。遠慮しておくよ。さて、もう帰るとするかな」
「明日、夜に来ないか?いい酒が入ったんだ」
えっ良いお酒?。ど、どんなんだろう。
私も御相伴、良いのかな?。なんて考えてると、ライデルは分かったよと答えていた。
「それではお嬢様がた。またの機会にお会いしましょう」
まるで舞台俳優のように挨拶をするライデル。まあ、こういう人だもんね。治るわけもない。ライデルが居なくなってからは、ダリエル君とフリーダ様との馴れ初めを聞くことになった。正直なところ、砂を吐きそうだったけど。幸せそうな二人を前にしてはそんな事も出来やしない。
それから食事になだれ込むように移ったが、それまでの会話が甘すぎてあまり味を楽しめなかったな。ちなみに夕食は普通に貴族らしいコース料理だった。これは、貴族としての在り方を忘れないようにするためらしい。そうだよね、余所に行ってマナーとか忘れてたとかじゃ様にならない。
「貴族ってのも楽じゃないよね」
ダリエル君の呟きは私にもよくわかる。だって、朝食の居心地の良さは格別だったから。




