じょうしのこどもとよざけをたしなむ
途中で視点が◇で変わります。
食事が終わって部屋に戻るとメイドのシエラさんがベッドメイクをしていた。
「はわわ、申し訳ありません。手間取ってしまいまして」
シエラさんは縮こまるように謝ってるが、大した事じゃないし気にしないでと続けてもらった。
「ここは重ねておいた方がやり易いですよ。こう、巻き込んで…」
フラン、メイドではないとあれほど…まあいいか。一つ聞いてみようかな?
「シエラさんだよね。ちょっと話を聞いても良い?」
「は、はい!何なりとお聞きください、お嬢様!旦那様と奥様のご内密な事以外でしたら誠心誠意お答えします!」
いや、そんな事は聞かないから。
「昨日いたメイドのフェデルさん、知ってるよね?どんな人だか分かる?」
「フェデル?はい、同僚ですから。あ、何か粗相でも…」
「いや、違うよ。若いのに堂にいってるから、長いのかなってね」
噂話は好きそうだね、やっぱり。メイドというのはやることが決まってるから暇になりやすい。そうした暇を埋めるのが噂話なんだとか。
「フェデルは、半年ほど前に入ったメイドです。私よりも後輩ですけど、他の貴族様のお屋敷で働いていたので旦那様から直々に雇用されたと聞きました」
「ふうん、なるほど」
やっぱりフェデルはルグランジェロ伯爵領のフェデルに間違いなさそうだ。なんでここに移ってきたんだろうか。ダリエル君に聞けば教えてもらえるかもしれないけど…。
「あ、あの私も一つ聞いてよろしいでしょうか?」
「ん、?ああ答えられる事ならね」
まあ、あの事だろうな。
「ジュン様は野盗を捕まえられたと聞きましたが、あれは本当なんでしょうか?」
あー、そっちか。
「私はまだ駆け出しの魔術師です。そんな事は出来ませんよ。ただの噂です」
「そうなんですか?では、高貴なお方だと言う噂も嘘なのですか?」
うーん。そんな噂も出てるか…ライデル辺りかな。あの人はぽろっと言っちゃうからなぁ。ともかく釘は刺しておこう。
「私達の素性は詮索しないようにと言われませんでしたか?」
「あっ!」
主人の命令を逸脱する行為は、メイドとしては良くない。フランもシエラに言うことがありそうだから言ってもらおう。
「貴女の行動が主人の評価に繋がる事を覚えておきなさい。躾の出来ていないと主人が責められる事もあるのです。貴女一人が辞めても埋められない失態になるかもしれないのですよ」
「は、はい。もうしわけ、ありまぜ…ん、ぐすっ」
おおう、フラン先輩厳しいですね。シエラさん泣いちゃってるよ。美人だからきつい表情されると恐いんだよね。
まあ、私達の事はそこまでの問題でもないから、そろそろ助け船を出しておこう。メイドさん苛めるのは趣味じゃない。
「分かってくれたらいいの。はい、お近づきのしるし♪」
そうして彼女の手に小さな飴玉の包みを幾つか握らせる。これはノーリゥアちゃんのくれた物だ。彼女は非常用に飴玉を(収納)にいつも入れてるらしい。私にも買っておけと、見本みたいに渡してくれてたのだ。
「うわぁ、ありがとぅございます」
「お嬢様、甘やかしてはいけませんよ」
「フランは頭ごなしに言い過ぎるのよ。言えば分かるものね、シエラさん」
「う、えーと、ご寛恕ありがとうございます。肝に命じておきます!」
涙ぐんだまま元気に頭を下げるシエラさん。仕方ないなと嘆息するフラン。
「それでは、お休みなさいませ、お嬢様方」
ペコリと一礼してシエラさんは下がった。時間的にはまだ寝静まるには早い時刻…ちょっと行ってこようかな。
「フラン、あのさあ、明日なんだけど…」
会話をしつつ呪文の詠唱を隠れて行う[詠唱隠蔽]で(睡眠)を唱える。これは精神、初級に属する対象を眠らせる呪文だ。次元初級の(睡眠の霧)と同じ効果だが、単体にかけられる。当然、目標は私じゃないよ。
「すぅーすぅー」
ベッドに倒れるフランに布団をかけておく。さて、私はイリーナからもらった綿入れ半纏をひっかけて部屋を出る。
廊下は所々に弱い光を放つランプがかかっている。ダリエル君達の寝室に向けて、廊下を歩く。
ドアの前でノックを三回、中から小さく『うん、誰だろ?』と声が聞こえる。カチャとドアを開けるダリエル君に今晩はと声をかける。
「何してるの、夜中の探検?」
「む、子供扱いですか?」
まあ、確かにルグランジェロ伯爵の家でもやったけどね。
「子供を子供扱いして悪いかい?何か用?」
「ちょっとお話を聞きたくて」
「明日じゃダメなの?」
「出来れば今の方がありがたいのです」
今日はフェデルの姿を見ていない。今日は休みで明日日勤という所だろう。いない間の方が聞きやすいと思う。ダリエル君はため息を一つついてドアを開ける。
「ちょっと応接間に行こう」
「はい」
二人で少し暗い廊下を歩く。応接間も明かりが消えている。
「星一つ」
彼の声に燭台に明かりが点る。部屋全体を灯すほどではない弱い光は、少しムーディーで良い雰囲気だ。もっとも、彼にとっては子供にせっつかれて来たのだから、ムードも何もないだろう。
「僕はお酒飲むよ」
「お付き合いします」
「ダメだよ」
「ちぇ」
仕方ない。お水でいいよ、もう。榛実とかが入った木の実のミックスを器にあけるダリエル君。ひょいひょいと口に入れると適度な塩気が良い感じだ。
「それで、何の話?」
ダリエル君はさくらんぼ酒を開けて注いでいる。飲んだことないんだよなぁ…。飲みたいなあ。目をキラキラさせてみると、ダリエル君は困ったように笑ってグラスを出してくれる。
「君は将来が心配だよ、強いから気を付けてね」
ほんの少しだけグラスに注いで渡してくれた。ありがとうございます。ちろりと舐めると、くわっと暑くなる感覚。香りはさくらんぼだけど、甘味はほとんどない。今の私にはちょっとキツイかもしれない。
「それで?まさか酒盛りに来たんじゃないよね?」
そうだ。本題を忘れてた。
「フェデルというメイドの事なんですが、彼女、前にルグランジェロ伯爵のメイドじゃありませんでしたか?」
その言葉にダリエル君はこちらを向く。
「どうして、君がそれを?」
「お呼ばれしたときにお世話になったので、覚えていました。昨日のメイドは、あのフェデルだと思うのですが」
私の発言に合点がいったようで、彼はようやく認めた。
「ああ、彼女はルグランジェロ伯爵、つまり僕の父のメイドだった」
やっぱりそうだった。でも、何でここにいるのだろう。
「彼女が入ったのは十三の頃かな?僕は十九だね。ころころと笑う良い子だったよ」
彼が家を出るまでの間、フェデルは彼の世話をしていたそうだ。ダリエル君が父様に臣従したのは四年前。私が会ったときはダリエル君が出た後だったのか。
「フェデルは父さんのメイドだし、娶る訳でもないから連れていくわけにはいかなかったんだ」
ちびりと飲む。それはそうだよね。雇い主はあくまで伯爵だ。
「今でも当然、娶るつもりなんてないからね」
くぴ。じゃあ何でわざわざ他の領地のメイドを呼び寄せたのか。
「呼ぶというのは正しくない。これは避難だよ」
「ひなん?」
「フェデルは、身籠ったんだ。シュナイゼル兄さんの子供をね」
──え。
シュナイゼル…確かに正室の長男で、嫡男。次期ルグランジェロ伯爵の、あの人の?
「これから言うことは他言無用にしてくれ。アークラウス男爵にも内密に。身内の恥だからね」
彼は景気付けとばかりに一口つけた。強い酒精が、彼の頬をほんのりと紅くする。私も少し飲む、というか舐める。これはかなり強いから一気にいくと不味いと思う。
「僕が聞いたのは一年ほど前かな。呼ばれて行ってみたら、ラザルとシュナイゼルとフェデルがいてね。その頃は少しふくよかになったなぐらいにしか見えなくて。そしたら彼女が身籠ってて、兄さんの子供だっていうんだ」
貴族の男性がメイドにお手付きをするというのは、よくある話だ。ウェイバール伯父様もそうだったし。でも、伯父様とシュナイゼルには、天と地ほども差があった。
責任を取ろうとしなかったのだ。
「兄さんは家を継ぐし、既に奥方もいる。シャンジェルマン侯爵家の第一息女、ローデリア様を迎えている」
そうだ、もうお子様もいたはずだ。ロロとかいったかな?まだ二つか三つだったはずだ。
「ローデリア様に気取られぬ内にフェデルを放逐したい。僕のところで引き取ってはくれぬかと頼まれたんだ」
「もう嫡男がいるから、なんですか?」
この時代、子供が十歳まで生き残るのは意外と難しい。栄養とかもそうだけど、病やら怪我やらであっさり死ぬこともある。だから多くの家は一人では満足せずに何人も子を作る。後々お家騒動の原因になると分かっていてもだ。第二夫人として迎えることも出来なくはないと思う。
「ローデリア様の中に既に二人目がいたし、兄はシャンジェルマン侯爵の機嫌を損なうのが嫌だったのだろう。当然、父さんもね」
──機嫌。
くだらないと思うけど、貴族の社会ではより高位の爵位の人間の機嫌というのは大きな意味を持つ。そこには利害関係があり、自身の栄達や家の勃興も関わってくる。
けど、それに振り回される人間にはどうでも良い話だ。
「僕はフェデルを預かる事にした。このままにしておけば、家の中からも命を狙われるかもしれない。フェデルの家族にも知らせる訳にはいかなかった。彼女は遠乗りの際に同行して、魔物に殺されたことになった。建前として」
じゃあ、彼女は一人で出ていかねばならなかったのか、いや一人じゃないか。
「こ、子供は。…どうなったんですか?」
「父さんからは殺せと言われた。でも、出来るわけもないよ。それならフェデルも殺した方が楽なんだし」
「じゃあ、生きてるんですね?」
「ああ。けど、フェデルからは取り上げる必要があった。孤児として引き渡したよ」
なんで?彼女は住んでいた所も追われて家族とも離れて、しかも自分の子供とも離されるなんて。
「ルグランジェロ家の正統な血筋になる。彼女が喚くのは構わないが、実際に子供がいたら将来的に不味いことが起きる可能性もある」
「なら、…なんで助けたんですか?」
そんなことまで気にするくらいなら、最初から助けない方が良かったんじゃない。フェデルを殺して、後腐れないようにすれば良かったんだ。良心の呵責なんか気にする必要もなく、冷血に、冷徹に、処理すべきだったんじゃないの?
私は少し酔っていたんだろう。発言は荒いし、言葉は拙い。それでも、言わずにはいられない。なんて勝手な人たちだ。
自分の欲望を抑えきれずに手を出して、責任も取らないで追い出して、押し付けられた先では産んだ子と離れ離れにさせられる。
「こんな、はなし、おかしいじゃないですかぁ!」
私のような子供に言われて、彼は激昂するだろうと思っていた。
けど自嘲気味に笑って黙って聞いていてくれた。
ダリエル君の話し通りなら、今回の件は彼に落ち度はないと思う。むしろ、汚れ役を望んでやった節すらある。だから責められる謂れはないはずなのに。彼は黙ったままだった。
「フェデル…そんな辛い目に合って…」
だから、あの笑顔が消えてしまっていたのだ。落ち込む私にダリエルさんが声をかけてくる。
「辛いだろうけど、僕は死んでほしくなかったんだ」
彼はぽつりと言った。
「僕にとって、彼女は初恋の人だからね。力になってあげたかった」
え…そうだったの?
「僕は父さんや伯父さんのように甲斐性がないからね。妻に迎えるなんて出来ない。少なくとも今は」
くぴ…。グラスに残るさくらんぼ酒を口に含む。甘くないはずのお酒が、すこし甘酸っぱく感じる。
「フリーダの事は愛してるよ。それは当然さ」
ダリエルさんは誠実な人だ。妻に不満があるわけじゃないのも分かってる。
「それにフェデル自身の心がまだ落ち着いてないし。同じ目に合うと思ったら、僕も信用しなくなる」
この状態で手を出したらまた振り回される。次は彼女には耐えられないかもしれない。
「フェデルを引き取ったのも打算からもあるんだ。兄さんや父さんに貸しを作れたしね」
そういってニヤッと笑う彼は、朴訥で誠実なだけの人ではなかった。父様が彼を配下に加えた理由がなんとなく分かった気がする。十分に貴族としてやっていける度量と器量を兼ね備えていたんだ。
「最初に言ったけど、他言は無用だよ。フェデル自身にも聞かないでね」
「むふぅ…分かってますよぅ。私だって興味本意で聞いたんじゃないんだから…」
「…どうだかね」
◇
グラスの酒を少し飲む。木の実を齧り、夜の街を眺める。ライデルと飲むつもりで買ったんだけど、彼女は年のわりによく飲む方だ。本当に将来が怖いよね。
本当は誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
ライデルがちょうどいいはずだったけど、彼は性癖が特殊だから共感出来ないだろう。
エルザム様には言えるはずもない。余計な政争の種になるかもしれないから。でも、笑って許してくれそうな気もする。あの人はそういった確執の外にいる人だから。
ウェイバール伯父さんにも言えないな。今回の話しに似すぎてるし、父さんや兄さんに文句を言いに行きかねない。
「まさか、こんな話を女の子に聞いてもらうなんて思わなかったよ」
でも、少し気が楽になった。やはり一人で悩むのはよくないな。はじめは一人で旅なんて無茶だと思ったけど、色々考えているのが分かると納得も出来る。
「…静かだと思ったら」
ソファーの肘掛けに頬杖をついて、舟を漕いでいる。夜も遅いし、酒精が強い酒なんか飲むからだ。
仕方ないけどどうしよう。まさか、フラン君の部屋まで連れて行くべきだろうか。これは子供だけど、向こうは妙齢の女性だ。夜中に女性の寝所に忍び込むなんて、在らぬ疑いをかけられるかもしれない。
「仕方ないな。フリーダの抱き枕にでもなってもらおう」
眠る彼女を抱きかかえ、寝所に向かう。フリーダはよく眠っている。その横に放り込んで、僕は応接間に戻るとソファーに横になる。一応毛布もあるから風邪はひかないだろうけど。
「おやすみ」
酒の力もあったけど、簡単に眠りに落ちることができた。
「おじょうさまーっ!」
女性の声で目を覚ます。これはフランさんかな?彼女はドアを叩きつけるように開けて真っ直ぐに僕の方に来た。
「お嬢様が、ベッドにおいでなくて、どちらに行かれましたか、ご存知でしょうか?」
すごい慌ててるなあ。メイド達もぞろぞろと何事かと見に来た。
「ジュンなら、そこだよ」
寝室の方を指を指す。
フランはそのまま走っていきドアを開ける。
そこには。ベッドの上でフリーダに抱きすくめられているジュンがいた。なんとなくうなされてそうだが、フリーダの方は幸せそうな寝顔である。
さて、今日も仕事だ。




