ぼうけんしゃぎるどでさわいではいけません
さて、冒険者ギルドに昼一つの鐘がなって少し経ったくらいに到着した私達。一階の受付辺りから奥のラウンジの辺りに、冒険者と思しき人達がかなりいることが分かる。ざっと見ても三十人ほど。ガッチリとした甲冑を着込んだ戦士、薄汚れたローブを纏って尖り帽子を被った魔術師、炎を象った聖印を付けた杖を持つ僧侶、身軽な鎧と丸い盾を装備した軽戦士、大きな長弓の調整に余念の無い野伏など。様々な人達が今日の依頼を前に皆で相談したりしている。
中には既にお酒を飲んでる人もいるが、こんなものだろうという思っていたので特に言うことはない。私のイメージにある冒険者というのは、だいたいこういうものだったのだ。
最初に来たときは、昼も過ぎた時間だったのでラウンジには殆んど人はいなかった。いた人はたぶん酔い潰れて置いてかれたダメな人だけだろうな。それにすぐ応接室に連れていかれちゃったし。
ちなみに、今はフランは兜装備で私はフードを目深に被っている。周りから見たら小さすぎる私は小人族に見えるだろう。
なるべく目立たぬように端よりのテーブルに着く。だけど、完全に見えない訳じゃないから気づく人はいる。特に目端の利く斥候役の人とかの油断ない視線を感じる。初心者っぽくならないように落ち着いてる風に演じているが、私よりもフランが目立っている気がする。挙動も不審でキョロキョロしたり落ち着かない。
「フラン、落ち着いて。クールダウンよ」
「は、はい」
すると今度はきっちりとした座り方で、ぴくりとも動かなくなった。兜を被った戦士が椅子に座って動かないからまるで彫像のようだ。そういえば彼女にとってはこの姿勢が一番落ち着くと言っていた気がする。
「ねえ、君たち」
おっと、フランに気をとられてる間に誰か近づいてたのか。見ると年の若い軽戦士風の青年がいる。まだ成人して二年くらいかな?幼さの残る顔立ちだ。どこにでもいる人。印象はそんな感じるだ。
ちろりと見ていると、目が合う。向こうは私の顔を見てちょっと驚いているけど、話を続けてきた。
「見ない顔だけど新人かい?良かったら僕らの仲間に入らないか?」
来た。
新人勧誘をする冒険者だ。
物語の冒頭でよくある展開である。
とは言え、私の仲間はもう決まっている。よく知らない人に付いていってはいけないとメイド長にも口を酸っぱくして言われていたので、ここはお断りをしよう。
「私たちは待ち合わせをいますので、どうかおかまいなく」
ぺこりと頭を下げるが、彼はまだへこたれない。フランの方に聞く作戦に出た。
「どうかな?僕たちはまだ白磁だけど、依頼は四つもこなしてる。欠員が出ちゃって一人か二人欲しいんだ。頼むよ」
そう自分の状況を告げる彼だがフランは膠も無い。
「他を当たってください」
鼻白む彼は、一言ああそうかよと呟いて去っていった。荒くれ者が多いと噂される冒険者だが、ギルドの中で暴れる者は余りいない。彼らの収入源となる依頼を斡旋するのが冒険者ギルドだ。そこに迷惑のかかる事をすればどんな被害を被るか、理解出来ない者は少ないはずだ。
「…ふう。あれで良かったでしょうか?」
フランはやはり緊張していたのだろう。心配そうに聞いてくる。
「うん。大丈夫。連れがいるのは本当だしね」
そういって私は背負った背嚢から水の入った水筒と小さな木製のコップを出す。当然、中に入れた手に【保管】から出したものを取り出しているのだ。端から見れば背嚢から出してるようにしか見えないはず。
「おはよー♪」
お、そんな事をしてるとイリーナがやってきた。後ろにはノーリゥアちゃんもいる。
「おはよう」
「おはようございます」
私達も挨拶を返す。すると、周りからざわっとどよめきが沸いた。
「うおっ『迅き風』だ!」
「あいつらノーリゥアさんと組むのかよ…手出さなくて良かった…」
「う、うそ~。なんであんな大物とつるんでんの?」
「お眼鏡に叶ったんかの?」
「白磁だろ?慈善事業に決まってるべ」
てんでんに言ってくれているが、最後の人の意見が一番正しい。ノーリゥアちゃんは冒険者の格付けの中でも一番高い聖銀。冒険者の等級は、白磁、青銅、黒鉄、白銀、黄金、聖銀の順に格が上がっていく。だいたいクラスレベルに対応していくのだが、在野の冒険者の中では黄金が最上位と言われている。聖銀は称号のようなモノで、『魔王』を退治したり、上級魔族を撃退したりとかの行動によってようやく認められる。
いかに高いクラスレベルであろうと、聖銀を持つとは限らないのだ。
「おはようございます、ノーリゥアさん」
「おはよう、アインズ達は今日は仕事なの?精が出るわねー」
そんな中でノーリゥアちゃんに挨拶にくる人もいる。二十代前半の戦士クラスみたいだ。彼はイリーナとも知り合いのようで気安く挨拶をしている。
「仲間はまだなの?」
「あいつらは寝てるよ。昨日ギーラスん所で飲んでたら、気前のいい奴が酒場の連中全員に振る舞ってくれたとかで。俺は仕事のチェックとヤゼンさん所にいく位さ」
察するにヤゼンさんのお弟子さんなんだろう。イリーナと知り合いなのも頷ける。
「ご紹介頂けますか?」
私はノーリゥアちゃんに頼むと席を立つ。
「こっちはジュン、魔術師よ。で、そっちはフラン。戦士だけど、二人ともまだまだだから今は研修中って所ね」
「初めまして、ジュンと言います」
私はペコリと挨拶する。フランも続いているが、アインズさんの顔はちょっと驚いている。
「あ、ご丁寧にどうも。…いや、実在したんだ」
「ふえ?」
実在?なんの話だろう。疑問を解いてくれたのはイリーナだ。
「あー、実はね。あの騒動の前に捜索依頼が出ててね」
かい摘まんで言うと、私を見つけるためにウェイバール伯父様が出したものらしい。野盗を捕まえた報奨金を渡すと言う名目で見つけようとしていたのだそうだ。だけど、すぐに撤回されてしまいなんの依頼だったのか見当がつかないモノになってしまったのだとか。
「誰かのいたずらじゃないかって言われてたけど。じゃあ、野盗を捕まえたっていうのは…」
「もちろんデマですよ。私はまだ白磁で、ど新人なんですから」
ここで迂闊な事を広められては何にもならない。素早くイリーナ達にも目配せをして合わせて貰う。
「そ、そうだよな。一人で十人以上を相手に出来るわけ無いよな、ははは」
「そうですよ、あはは」
私達の乾いた笑いが少し響く。周りの人達もいつの間にか聞き耳を立てていたみたいで、すごく静かだ。
「まあ、私なら余裕だけどね!」
「いや、あなたならそうでしょうけど」
「当然よ!」
ノーリゥアちゃんの介入で多少空気は和んだ。こういうときはすごく助かるよ、さすがエルフ様。
「今日は旅の装備品の買い出しよ。長くなるから準備はちゃんとしないと」
この言葉にアインズさんが食い付く。
「えっ?長旅って、もしかして戻って来ないんですか?」
彼以外にもどよめきが聞こえる。ノーリゥアちゃん、帰還命令の事は黙ってたのか。
「アクアリアへ戻るのよ。みんなにも世話になったわね。また来るとは思うけど、その時まで生きてなさいよ?」
気安く言うけど、本当に生きて会えるとは限らないよね。ノーリゥアちゃんエルフだし、冒険者は危険な商売だ。けど、そんな事は委細承知といった所のようだ。みんなはお元気でとか、可愛かったですよとか色々言っている。一晩付き合ってという殿方に酒ならいいわよと返すノーリゥアちゃんは、やはり歴戦の強者という貫禄だ。私には絶対真似できないよ。
「でも彼女たちにはちょっと過酷じゃないですかね」
アインズさんの心配はもっともだと思う。何せ私たちは冒険者として何もしてない。一般人と変わらないはずだ。
「壁役がいないからライデルも連れていくつもりよ。本人も乗り気だしね」
この言葉にまたもギルドのラウンジが騒がしくなる。
「ライデル?あいつそういやなんかやらかしてたよな」
「婦女暴行事件だろ、ほらヤゼンさん所の…」
「じい様ん家の話か」
「でもあれ、似てる奴だって話だぜ?」
「ライデル取っ捕まったけど冤罪だから釈放されたって聞いたぜ」
「あのライデルが普通の女襲うわけないだろ」
「でもその後、その被害者の主とやらに剣を捧げるだかなんだか…」
「ああ、んな事言ってたな」
「そんで旅に出るって聞いたぜ」
「辻褄は合ってんじゃん」
「じゃあその捧げるだのなんだのっては…」
あう…。なんかみんな見てるなあ。
そして運命の神は絶妙なタイミングで降りてくる。バタンと大きな音を立てて入ってきた彼は高らかに宣言する。
「その通り!その少女こそこの私、ライデル=トライデトアル次期士爵が剣を捧げし清純なる乙女!高貴なるその名を世に伏せて、崇高なる旅路に飛び込まんとするその高潔な心に感銘を受け、微力ながらとお仕えする事となったのである!」
──大きな、ラウンジ中にいる全員が絶対聞き逃さないほどの明瞭な声で言い切りおった。貴族風のコートを着て、きっちりスリーピースを着こなす見た目だけはイケてる色男に見える、実は残念系美男子の彼がそこにいた。歯がキラリと光る所がまた胡散臭い。
唖然とする一同の中で一人だけ動けたのはノーリゥアちゃんだ。すたすたと歩いていってライデルの頭を殴り付けた。
「…痛いではないか」
「あんたは本当にアホか?」
ともかく、ここにこれ以上いたらまずい気がする。フランとイリーナの手を取って、バタバタと飛び出す。
ノーリゥアちゃんもライデルを引っ付かんでついてきてくれた。
「──なんだったんだ?今の?」
冒険者ギルドのラウンジは、かつて無いほどの静けさに包まれてしまっていた。
「アホか、あいつらは…」
一部始終を見ていた支部長のオルガは少し胃が痛くなった。旅の前途は…多難な気がする。




