しゃざいととまるばしょさがし
「先ほどの騒動におきましては私、ユーニスの父エルザムがしでかした顛末だという事が判明いたしました。この上は二度とご迷惑をかけることの無いように堅く厳命し、謝罪にさせることを誓います。賠償の費用に不足がありましたら、御遠慮なく当家へお申し付けください。当家の近況には疎いためご面倒でありますれば、ウェイバール=トライデトアル士爵ないし、ウェズデクラウス執政官殿へのご連絡で当主に連絡が着くと思われます。数々の非礼が続き誠に恐縮ではありますが、此を以て御詫びの言葉とさせていただきます。新歴四百十年、十の月二十一日。ユーニス・ジュリアーヌ・フォン=アークラウス」
ハイヤール老とヤゼン一家が目の前にい並ぶなか、私は深々と頭を下げる。私の後ろに控えるフランも同様に。
「いや、そんなに畏まらんでもエエよ。むしろ改修費用を出してもらうようなもんじゃて」
ハイヤール老はとてもにこやかだ。確かに彼は先ほどまで出掛けていた。直接的に被害を受けたのはヤゼンさんとイリーナだ。
「何度も言ったけど、気にするなよ」
「そうよ、私たちも怪我なんてしてないんだし」
当事者は得てしてそう言ってくれるが、家族はどうか。ソリシアさんは赤ちゃんをあやしている。だが、敵意の籠った視線を向ける一人の少年は別だ。
「なんで、父ちゃんがこないんだよ?」
「え?」
「だって、おかしいじゃん!悪いことしたのジュンの父ちゃんなんだろ?なんでジュンがあやまってるんだよ?悪いことしたなら、やったやつがあやまるもんだろ?」
レガン君の拘っているところは、私が謝ること、ではなく、父が謝ること、なんだろう。
それは正しくその通りだ。これは私が居たたまれないから行っている、謂わば保身的な謝罪会見に過ぎない。本来は私が謝っても矛を収めるべきではないのだ。
「レガン、止めないか」
「だって父ちゃん、いつも言ってるじゃん!悪いことしたらちゃんとあやまれって。ジュンがやったんじゃないなら…」
ここで私は言わねばならない。
「レガン君。でも壁を壊したのも部屋をメチャメチャにしたのも、実はお父さんじゃなくて私なの」
「え… 」
「お父さんが変なこと言うから殴っちゃったら、こんなことになっちゃったの。だから、私が謝らないといけないの」
あの人がやってくれた事だ。
私のためにしてくれた。
私が父様を殴るなんて出来ないのを知っていたから。
ひょっとしたら関係なくて、ただ単に怒ったからなのかもしれないけど。
ぼんやり見えていたのだ。わたしが魔力を直接ためて、殴る場面を。
たぶん、父様は避けるのは雑作もなく出来たのだ。けど、それはしなかった。周りの被害が大きくなり過ぎるから。
父様が(魔盾Ⅲ)を双方向に展開してたからあの程度で済んだのだ。
そうでなければ隣家を巻き込み、怪我人や下手をすると死人まで出したかもしれない。
「マジですか…。君が一人で」
「言ったでしょ、ジュンは凄いんだって!」
「いや、だって…なあ」
見たことの無い人には私の魔力の異常さは分からないだろう。オルガさん曰く、『勇者以上』ノーリゥアちゃんは『魔王超え』と呼んだそれは、確かに理解の範疇を越える。
「ともかく、私はとんでもないことをしてしまいました」
ぺこり。もう一度頭を下げる。今の私に出来るのは、これくらいしか出来ない。レガン君は納得した訳ではないだろう。私を見る目に少し怯えが見えたのが辛かった。
私はハイヤール老の家から出ることにした。
ヤゼンさんのような冒険者を経験した人は大した事ではないという認識かもしれないが、レガン君には今の私は脅威にしか映らないだろう。ソリシアさんだってファリナちゃんの事を考えたら気が気ではないはずだ。騒動の種はいない方がいい。
「どうするんだい?これから」
「ウェイバール伯父様かダリエル執政官を頼ります。たぶん私とフラン位なら寝泊まりするくらいの場所はあるでしょうから」
宿を取る手もあるけど、連絡先が決まっている方がいいだろう。
「イリーナ」
「私は絶対付いていくからね!勝手にどっか行っちゃヤダよ?」
あの惨状を見ても変わらないと言うのも、中々に胆が据わってるというか。イリーナらしい。
「大丈夫だよ。旅は続けるよ。だって父様にケンカふっかけたんだもの。おめおめ帰れないよ」
そう聞くと安心したのか右手の拳を軽く握って前に出してきた。
私も同じようにして、コツンと当てる。
「んじゃあね、また明日!」
「うん。またあした」
会釈をして暗い町を歩き始める。断ったのだが、ヤゼンさんは護衛としてついてきてくれた。夜半近くの街はもう人通りは殆ど無い。巡回の従士達に見つかれば、保護されてしまうかもしれない。ヤゼンさんは冒険者としても高名な人だからね。
「すまないね、気を使わせて」
「いえ、厚かましすぎました。こういう事態は想定するべきでした」
今回は私の暴走とも云うべきモノだったが、焼失事件の真犯人とかが襲ってくる事も有り得たのだ。ヤゼンさんのように強者であれば対処できるかもしれない。またイリーナのように付いてくると覚悟を見せているなら、自己の責任とも言えるかもしれない。
だけど、一般人や子供とかを巻き込むような事態にはしてはいけない。それは私の浅慮から来る罪となる。
「それで、どっちに行く?ウェイバール閣下と執政官殿と」
ヤゼンさんが聞いてくる。フランの方を見ると小首を傾げてくる。まあそうだよね。実はどっちにもライデルの影がつきまとう場所なのだ。ウェイバール伯父様はライデルの父親だし、ダリエル君は従兄弟だ。『宵闇のサルビア』にいる可能性もあるけど、出来れば今の状況では会いたくない。
「では執政官殿の屋敷に向かいましょう」
暗い夜道を照らすために短杖の先に(光)をかける。白い輝きが足元を照らしてくれるが、少し大きくなり過ぎたので少し光量を抑える。
「いま、魔術の調整とかした?」
「あ、はい」
「本当に凄いな君は。とても十歳には見えない」
うん。何度か言われた事のある会話だ。ヤゼンさんはとても話しやすい人だから、ついこんな事を言ってしまう。
「実は成人してるのですよ?」
「え!?」
「…冗談です」
「あ、うん。まあそうだよね」
少し微笑むヤゼンさんを見られて陰鬱な気分が少し晴れる。
「ふふふ、ごめんなさい」
歳上の男性をからかうなどという事が出来るとは、夢にも思わなかった。ほんの少しずつでも、私は成長しているのだろう。自分で分かる所や、自分では分からない所を含めて。
「ダリエル=グエンタール執政官殿にお目通り願いたい。私はジュンと申します。冒険者です。供の戦士フランと、こちらは善意で護衛を勤めて下さいましたヤゼン殿です。どうか閣下に伝えて頂きますようお願いします」
執政官の屋敷の正門前で、警備の従士に目的を伝える。明るいときに来た事はあるが、暗いと中々に趣が違う。きちんと攻城戦を意識した高い塀と分厚い門扉。油や水を流す為の孔があり、門の上は松明を持った従士が歩いている。
私の口上を聞くと、年嵩の従士長が敬礼をして応対してくれた。
「ご用向きは分かりました。只今伝えさせますが、執政官閣下はご就寝されているかもしれません。その際にはお引き取り戴く他にはありませんので、どうかご理解いただきたい」
無理なことを言ってるのは分かってるし、最悪門前払いもあったのだが、どうやらヤゼンさんという知名度の高い人がいるという事が訳ありととられたのだろう。ちらりとヤゼンさんを見ると、肩を竦めていた。
「ダメならあちらに廻るかい?」
「出来れば伯父様には迷惑をかけたくはないのですがね」
ウェイバール伯父様のお屋敷はたしか商家の館だったそうだ。当然、従士達も警備はいるがこちらほどではないはず。それに奥方のロザリンド様の心中を乱すような気がする。
フランはここまで何も発言していないけど、どうしたのかと思ってたらヤゼンさんを射殺すような視線で見ている。ちょっと…本当に恐いんですけど。
そうこうしている間に伝令の従士が戻ってきたようだ。従士長に伝えている。彼はこちらを向き敬礼をしてこう言った。
「執政官閣下がお通ししろと申されました。ご案内いたします」
「良かったね」
「はい、ありがとうございます」
ギリッ
フランの歯軋りが怖いよぉ…
ヤゼンさんはここで帰るそうだ。手を振ってお別れをする。フランの圧力がみるみる下がるのが助かるよ。
通用口から中に入ると最初の中庭、前庭に出る。勤務開始時に朝礼を行ったり、馬車での搬入や搬出、警戒時の従士の待機所を兼ねるためかなり広く造ってある。
これはサンクデクラウスの領主屋敷も似たような感じだった。規模は小さいけどね。
中に入ると石の階段を三階分ほど上がる。踊り場に二人の従士がいるが、彼らは従士長を見ると敬礼をして道をあける。この上からは執政官の個人的なエリアになる。ここから先は近侍のメイドや従者、あとは家族のみが入れる。それと当然招かれた客人もだ。
奥まった両開きの扉の前で彼は中に声をかける。
「客人をお連れしました」
「入ってくれ」
「はっ。失礼いたします」
従士長はノブを回し、ドアを引いて開ける。中は応接間のようだ。夜も深いのに明かりを点けて迎えてくれたのはダリエル君だ。歳はヤゼンさんと似たくらいだと思うけど、どこか少年のような印象が残る私の従兄弟。
「こんな時間にどうしたのかと思った」
先程まで寝てたのだろう。ナイトガウン姿だがそれは仕方ない事だ。追い返されても文句の言える筋合いじゃないもんね。
「実は夜の泊まる場所に事欠きまして、閣下のお膝元にでも…」
「あー、固い言葉はいいよ。要するに泊まるところが無いんでしょ?だったら構わないよ。好きなだけ居てくれて」
なんと。あまり拘らない人間だとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった。
「詳しい事は明日聞くよ。さすがに眠いからね。おーい、フェデル」
ダリエル君がだれかを呼ぶ。メイドか家令か…え?フェデル?
「お呼びでしょうか、旦那様」
「ああ、冒険者のジュン様とフラン様だ。暫く屋敷に逗留することになったから宜しく頼むよ」
「かしこまりました。お客様、お部屋にご案内いたします。こちらへ」
年の頃は二十前後、やや薄めの赤毛の髪とやはり薄めの翡翠色の瞳。アークラウス領のメイド服を着た彼女を私は知っている。いや、正確には違う。彼女が着ていたのは深い緑を基調としたメイド服、つまりルグランジェロ伯爵領の物だった。
「ジュン様とフラン様でございますね」
「は、はい」
「宜しくお願いいたします」
久しぶりに会うフェデルは、少し疲れているように見えた。…眠いのかもしれないけど。




