おとなたちののみかい
今回は冒険者ギルド支部長、オルガ視点になります。
ウェズデクラウスで一番古いという酒場『ギーラスの酒場』には、人がごった返している。古いというのは単にボロいという訳ではなく、長く続く伝統を支えてきた実績の賜物だ。石で作られた壁は、長年のランタンの獣油や料理の脂と、煙草や葉巻の煙の脂で茶色く黒ずんでいる。
この街がウェズデクラウスという名前になる前からある店で、何代目かも分からないつと店主のエドワルドは言う。屋号の由来は最初の店主の名前だ。かつては子爵領の大きな町程度だったが、アークラウス男爵レグザイルが領主になると大きく再編される事になった。高さのある城壁を町の二倍近くまで広げ、多くの民を流入させた。サンクデクラウスからは言うに及ばす、近隣の村や開拓村からもだ。拡げた先にはこの辺りではかなり大きい河、ライムラットがある。河の恵みは町を潤し、多くの人の就労にも役立った。
それでも余る土地に、彼は大規模な練兵場を作った。サンクデクラウスには広い場所が取れずに領軍兵の育成は中々に進まなかったからだ。
結果として、ウェズデクラウスはアークラウス男爵領における第二の都市とまで発展した。ことに、普通の産業生産や軍需設備に関してはこちらの方が大きいかもしれない。
「オルガー、飲んでるのー?」
いや、珍しく真面目に語ってたのになんで妨害するかな、このエルフ。酒に弱いくせによく飲むぜ。ハイヤールのじい様は歳をわきまえて付き合う程度なのに。
「あいよ、名物『大盛キャベツの漬け物』と腸詰めのスパゲティニだぜ!」
給仕の兄ちゃんがドカドカっと大皿を置いていく。テンション高めのノーリゥアが取り皿に盛っていく。当然自分の分だけなので、俺らはてんでんに取っていく。
「それでグアルコの件はどーなったのよう?」
ノーリゥアが絡むように言ってきた。俺に言われてもな。けど、いちおう方針は決まってる。
「距離も考えると明日辺り戻らないと捜索がかかるな」
「受ける奴は居るわけ?」
「いないな。駆け出しの捜索なんて遺品回収って言った方がマシだからな」
相手がゴブリンの場合、男だけのパーティーなら全滅しかない。女がいればそいつは生きてるかもしれないが、可哀想な目に合ってるはずだ。運が悪ければやはり死んでる事もある。
「陰気な作業を好き好んでやる奴は滅多にいない。善人か他人がした仕事で体よく稼ごうとするやつか…まあ指名をかければやりそうな奴等もいるけどな」
指名依頼は、冒険者のパーティーに対してギルドから依頼を出す。その分高額な報酬を出すし、評価も上がる。ただ上乗せの金額はこちらの自腹だ。死んだ奴の遺品を回収する為にそこまでする事はあまりない。とくに新人なら尚更だ。
「あのパーティーの親御さん達が依頼を出せる位金を持って来れたら、だがね」
あくまで上乗せなので、元から捜索依頼が出なければ指名を出すこともない。ただ働きはしないのが冒険者だ。
「つか、こんなことお前だって知ってるだろ?わざわざ聞くなって」
そう言うとばつが悪そうな顔でそっぽを向く。そういう仕種も可愛いですね、エルフさま。じい様がぼそりと言ってくる。
「あの娘達が近くで訓練してたらしくてな。少し気になるんじゃろう」
成る程ね。ただのお優しいだけじゃないのか。ノーリゥア一人だけなら余程でない限り遅れはとらない。遭遇戦だろうと討伐戦だろうと、ゴブリンやホブゴブリン辺りじゃ鎧袖一触だ。
新人研修の最中だったら、それは撤退だ。俺でもそうする。何しでかすか分からない新人を連れて行くのは、そいつらの命どころかこっちもヤバくなる可能性もある。
「放り出して帰れなんて言えるわけ無いし…」
ノーリゥアはこう見えて責任感はある。別件が入ったからと言って新人を放り出すような真似はしない。
「あいつらのパーティーの構成見たけど、あれはひでえな」
僧侶はジョウコウカンの侍祭らしいが、後の三人は[戦士:1]のみ。同じ村の出身でパーティー組んでみたの典型だ。
「自分の出来る事を正しく理解するってな難しいもんだが…これが分からないようならどのみち長くはない」
戦うことだけが冒険者ではない。野山を動く為の知識も必要だし、敵の待ち伏せや罠を見抜く力量も必要だ。ゴブリンは確かに弱いが、それなりに賢いし自分達の利点をよく理解している。総じてあいつらは単独行動はしない。必ず二~三匹で行動する。規模が大きければもっと多くで哨戒や斥候を行う。
「哨戒中に五匹いた。つまり最低三十以上の中規模になってる。グアルコの村からの依頼では外れに住む二軒の家、総人数七人が行方不明になってるわ」
二家族七人。しかしこの数だけでは脅威度の把握にはならない。何故なら成人男性は三人。内一人は老人。女は妙齢に当たるのは三名、残る一人はまだ五つ。
二十前後の小規模のゴブリンはだいたい全員で行動する。この数で襲われたら、一般人は為す術がないだろう。
ただ中規模になると巣穴に残る奴も多くなる。この辺は生存本能というべきか、安全な場所を確保するという事なんだろう。この傾向は小鬼隊長や小鬼魔術師などの変異個体がいると余計に高くなる。
「小規模と侮ったんだろうな。少なくとも白磁だけでやらせるには重すぎた」
とは言え、受付としてもやるという奴が来たら受けるしかないのだ。その辺も想像できないのなら、やはり適性が無いのだろう。
「若い奴はあまり考えんからな。嬢ちゃんの爪の垢でも煎じて飲めばよいんじゃ」
いや、あいつは考えすぎだけどな。それに本人はすげえ嫌がりそうだぞ。
そして間違いなくフランが殴ってくる、俺を。
何故か顎を擦っている。そういえば気づいたことがあったんだ。
「そういや、こないだ俺フランに殴られたけどさ」
そう言うとノーリゥアがジト眼で睨んできた。
「ああ、あの時ね」
「わしゃ見とらんからの」
いや、あいつの肌着はともかく。
「ほら、見てみろ」
「ちょっ…食事中に口の中見せないでよ」
「ひひはらひろっへ」
俺は口を広げる。ノーリゥアはなんだか嫌そうに見るが、ハイヤールはしげしげとみて感心していた。
「おぬし、右の奥歯が幾つか砕けてなかったかの?」
長いこと冒険者をやってれば何度も殴られたり切られたりする。そうしてる内に歯も磨耗したり、攻撃で砕けたりする事はしょっちゅうあるのだ。
「あ…ほんとだ。全部綺麗な歯じゃない」
そう。あのあと気付いたのだが、物を食べても何も痛まなくなってるからおかしいなと思ったのだ。顎を砕かれた時にあいつが慌ててかけてくれた魔術は、なんと俺の失ったりかけたりしたものを全て治していたのだ。
「──ジョウコウカンの上級神術じゃなきゃそんなの無理よ?」
手や脚の欠損すら治すジョウコウカン専用神術(欠損部位再生)なら治せるそうだが、そもそも使い手がそんなにいない。昔馴染みにいるが、わざわざ歯を治すために隣国まで行くのも面倒だと思っていたが。
「わしも頼もうかの?」
「私もそうしようかな」
じい様は分かるけど、お前は何でだよ?甘いもん食い過ぎただけじゃないのか?
「なんだ、口の中を見せる趣味でも目覚めたか?」
おっと。いつの間に来やがったか。銀の髪に目元を隠すゴーグルを付けて、あいつが側に立っていた。雑然とするこの酒場だからなのか、誰もそれに気を止めていないが。
「遅いじゃないのよ!もうかなり飲んでるからね!あんたの奢りよ!」
まくし立てるノーリゥアはそれでも楽しそうだ。空いている椅子に座り給仕に発泡酒を頼むと、ゴーグルを外して手巾で顔を拭う。真紅の瞳はまだそのままだ。
「悪いな。面倒をかけてるようで」
男前ってな得だよな。何をしても様になりやがる。
「それで、口がどうかしたのか?本当に歪んだ趣味にでも目覚めたのか?」
「そんな訳あるかよ。おめえの娘が治してくれたんだよ」
そう言うと、一瞬だけきょとんとした顔をしてからフッと笑う。
「やれやれ、父親は殴られたのに友人には治療を施すとは」
「会いに行ってたんだろ?ノーリゥアが呼べ呼べって煩くてよ」
水を向けられたノーリゥアはこちらに言ってくる。口の中のものは飲み込んでから喋れよ。
「冒険させたいんなら、最初に獲物を殺した時のケアくらいしときなさいよ」
彼女の言ってることは的を得ている。これは親がなんとかする類いの問題に近い。奴もそれは分かってるのかすまなそうに頭を下げる。
「あの日が生まれた日でな。帰ったら狩りにつれていってやろうとは思っていたんだ」
焼失事件の当日か。あいつに呼び出されたとは災難だったな。何度も断ると拗ねるからな、国王陛下。
「天啓を受けたと聞いたが、確かにべらぼうな魔力だった。(魔盾Ⅲ)が五枚ほど壊された」
マジか。(魔盾Ⅲ)は都合九枚の不可視の盾を造る理術で上級に位置する魔術だ。多面的に展開して守ったり、重ねて巨大な盾としても使える。一つの強度は(魔盾Ⅰ)よりも弱いが重ねた時はその五倍以上の強度になる。これは下位種竜のブレスすら止められる。その際に壊される盾は二枚程度のはずだ。
「一撃で五枚か…」
「ああ、しかも魔術じゃない。[魔力撃]だ」
[魔力撃]か。魔力そのものをぶつける魔術の根源のような技術で、その本質は戦士のような接近戦主体の者が得る事が多い。普通の攻撃に魔力を乗せるのだが意外と習熟できない者も多い。
「こないだ測定板で見たときは無かったが…こんな短い期間で覚えたのか?」
「さてな。ともかく、御老公の家を少し壊してしまいました。金は置いておきましたので修理に使ってください」
奴はじい様に謝っている。
「息子と孫に手は出しとらんだろうな?」
「それはもう。事が一段落したら謝罪に赴きますので、宜しくお伝えください」
まあ、イリーナはともかく。ヤゼンすらも手玉に取るとか…落ちてない所かまだ伸びてるのかもしれんな、こいつ。
「ノーリゥアは心配性だったのか?私を殴り飛ばすくらいだ。小さい事に躓くわけもないだろ」
「私は元々放置しようと思ってたの!イリーナとかまで落ち込んでたから、つい…」
「それで俺を呼び出すとか、子供同士仲が良いことで」
「うわぁ、私は子供じゃないわよぅ!」
ノーリゥアは相変わらずこいつにムキになる。あの娘を見てると気にならないが、こいつも十分化け物だよ。
「本当は護衛なんか付けてほしくなかったんだが…フレスコは余計なことばかりする」
嘆息しているところに頼んだ発泡酒が来た。ジョッキを掲げて前に突き出してくる。俺、じい様が続いて持ち上げ軽くぶつける。
「ま、ともかく飲もう。久々の町酒場だからな」
にかっと笑う顔は、昔とあまり変わらないか。最近はシニカルな笑い方しか見てなかったから妙に懐かしく感じる。ぐいっとあけるタイミングでノーリゥアがジョッキをぶつけて吹き出している。少しむせたようだが、ノーリゥアはそれを指を指して笑い転げてる。灰皿の葉巻を吸うと大きく吐く。薄い紫の煙が酒場のなかに散っていくのを眺めてから、ジョッキをあおる。
たまには、こんな日もあっていいよな。




