とうさまなんかしらないといいたい
今回も視点が変わります。◇毎に変わりますのでご注意ください。
◇フラン
物音がしたようですが、何かあったのでしょうか。たしかに今この家にいるのは私たちとヤゼンさま、イリーナだけです。ノーリゥアさんに連れられて、ハイヤール様も晩酌に出掛けられたはずですので。
ちょうど良いので、お嬢様の為に水を汲んでおきましょう。居間から廊下に出ると玄関先を見ることができますが、何やら妙な事態です。
「イリーナ?」
玄関先にへたり込むように座るイリーナ。玄関には突っ伏しているヤゼンさま。そして。もう一人男性が立っております。
「あ…」
その男性が何かを投げつけてきました。私は咄嗟に避けようとしました。私の横を首元のチョーカーが輝き、前に不可視の盾が現れてそれを防ぎます。
「なっ…紙?」
それは見えない盾にへばりつく紙です。何かの模様が書かれたそれは僅かに輝きます。
「!」
それに気をとられた瞬間、男はあり得ない早さで目の前まで来ていました。私の盾の下を腕が抜けて、私のお腹の辺りに届きました。早いけど、その拳は私を打ち据える為のものではありませんでした。その手には同じ様な紙が握られていて、私のお腹にそれを張り付けていたのです。
「(魔盾Ⅰ)は一つの攻撃にしか対応出来ぬ。頼り過ぎるな」
「…え?あ、あな…さま」
急速に、眠気が襲ってきました。これは恐らく魔術。ノーリゥアさんの魔術で眠らされた時のように速やかに私の意識を刈り取っていきます。
◇
ふむ。ただのメイドだとは思わなかったが…フレスコが余計なものを渡したようだ。まあ、あれが望んだ仲間なら、私がとやかく言うまでもない。眠りにつくフランを静かに横たえる。放置するがやむを得まい。風邪を引く程度ですむだろう。あちらの二人もそのままにするつもりだが、フランから目覚めさせれば何とか対処するだろう。
玄関へと戻り戸を閉める。そこに別の符を貼り付ける。[人払い結界]は、一定時間の侵入を防ぐ心理防壁。近隣の人間がここに近寄ろうとする意思を阻害する効果がある。
私としても誰彼構わず無力化するのは主義に反する。出来る限り速やかに事を成さねばならない。
◇
眠りから覚めるときは、だいたいは微睡みからゆっくり覚醒していくのが私の場合なのだが。何故か今回は自然に目が覚めた。暗闇の中に枕元に座る人がいる。
フランかと思ったが、体格が違う。明らかに男性だが、どこかで嗅いだことのある臭いがする。少し懐かしい煙草と、僅かにする麝香の香り。
暗闇に慣れてくると否応なしに分かるその面影。それは間違いなく、父の姿だ。
「…とうさま…?」
もうどれくらい会ってなかったのだろう。
ほんの僅かな間なのに。
とても長く会えなかった人と、再会するかのようだ。
父様は何も言わずにじっと胡座で座っている。私は居住まいを正し、布団の上に正座をする。少し肌寒いけど我慢だ。ここにいないフランの事が気になるが、今はこちら を優先しないといけない。
「…お前は弱くなったな」
父様は唐突に、そう言った。今の私の事を知っているのだろうか?何で悩んでいるのかも手に取るように分かるものなのか。如何に父様が優れた人でも、さすがにそれは無いと思う。
「私は、元々そんなに強くはありません」
そうだ。強ければ、こんなことを悩むわけもない。
「そうか?昔のお前はもっと強かったがな」
そうなのだろうか。昔とはいつの事だろう。齢十歳の昔なんてたかが知れているのに。
「やはりフレスコに任せるべきではなかったかもしれん」
なぜ、師匠がそこで出てくるのか。父様はいつも言葉が少ない。だが、今は違うようだ。
「あのまま育っておれば、下らぬ感情に惑わされずに済んだものを」
何を言ってるの?師匠に引き合わせたのは父様なのに。
「今のお前はただの小娘だな。たとえ力が強かろうと、それではこの先生きられまい」
それは、そうかもしれない。
まだ冒険らしい冒険もしていないのにこの有り様では、先が思いやられる。
「もう、戻れ。お前には無理だったのだ」
──無理。だったのだろうか。
父様が言うのなら、そうかもしれない。
私はたぶん、人より多少才能があるだけの子供なんだ。父様の言うことはとても腑に落ちる。たしかに無理なんだろう。
でも。
それでも。
だから。
「──だったら。なんであんな書き置きを残したの?」
震える声で絞り出すように言う。
「わたしが一人で煙の中を逃げ出して、フランと逃げ出して。必死の思いで遂げようと思っていたアレは、何だったのよ!」
声が荒ぶる。まるで駄々っ子のようだが、こちらとしては真剣そのものだ。だと言うのに、この男はこう言ってきた。
「さてな。理由は忘れた」
◇
──わ、す、れ、た?
忘れたと言ったか?
あんな思わせ振りな書き方をして、まるで遺言のように書いておいて。忘れただと?
「…巫山戯るなよ」
言葉がとても荒々しい。まるで私が喋っているのではないようだ。
「どんな想いをしてきたか、分からないのかよ!あんたが死んでたらどうしようとか、火を放った奴等から狙われたらどうしようとか。そんなことをずっと考えてきたこいつの気持ちが!お前には分からないって言うのかよ?」
──私は何を言っているのだろう。でも、言葉は止められない。
「フランや、イリーナと会って。ちょっとずつ余裕が出てきて、旅の目的も変わってきて。ノーリゥアって先輩から教わることも多くなった。今回の事だって、マトモな生き方をしていたらここまで悩む必要も無かったかもしれないんだぞ!」
──あ、何だか意識が遠くなって…くる。
「親らしいことしてねえ癖に偉そうに抜かすんじゃねえよ!!」
拳に魔力が籠る。赤い稲妻のような光が激しく明滅する。
俺はその拳を奴に叩きつける。
瞬間。赤い閃光が部屋を包み、激しい音が響き渡る。
「はあ、はあ…」
奴は魔力の奔流を受け、廊下へと叩きつけられている。周囲の損壊状況は気になるが、やり過ぎたかとおっさんの方を見ると。なんとこいつ。何枚もの不可視の盾を重ね合わせて、凌ぎきっていた。
「ふ、ふはは!。なるほどな。こうでなくてはな」
傷自体は全く無いところを見ると、やはり英雄ってのは伊達ではないのか。
「悩む時があれば、お前が力になれ。アレもお前の言うことは聞くだろうからな」
む。こいつ、俺が誰だか分かってるのか?
「あいにくと、中々出てはこれないんだがね」
そう言うと奴はフッと笑ってこう言う。
「書き置きの件だが、忘れたのは嘘だ。君に関係している」
「おれに?」
「一つの器に二つの魂というのは妙な事だろう」
…こいつどこまで知っている?と言うか、俺の知らないことまで知っているのか?
「悪いが長話が過ぎた。結界も今の魔力暴走で損傷したようだし、ここは暇乞いをするとしよう」
「あ、こらてめえ!」
言うが早いか、奴は煙を撒き散らす。
「家の者は眠っているだけだ。貼ってある符を剥がせば、すぐにでも目を覚ますだろう。玄関に幾ばくかの金子を用意した。迷惑料に渡してやってくれ」
声が響くが、姿はもう無い。なんともはや。お前の父ちゃん、忍者かよ。今のところ、この家では行動できるのは俺しかいなさそうだからやるか。
寒いから綿入れを羽織って、まずフランの符を剥がす。とてとてと歩いていってイリーナとヤゼンの符も剥がしてやる。玄関には確かに包みが置いてある。なんと言うか、風呂敷て…本当に忍者か侍か。ユーニスのイメージからは想像できなかったなあ。冒険者の頃と貴族の顔とが結び付かない。
──ん、どうも起きてきたみたいだな。俺はぼんやりと見ることが出来るけど、あいつはどうなんだろう。もし、見てたとしたら悪いことしたかもな。親父さんを殴るなんて、良い子のあいつには思いもよらなかっただろう。
ごめんな。
◇
気が付くと、私はフランに抱き抱えられていた。イリーナとヤゼンさんも目を覚ました。
二人から話を聞くと、どうやら父様が二人とフランを眠らせたようだ。だが、それより解せないのが家の惨状である。エカティリーナ様の部屋はかなりひどく、戸は打ち壊され廊下の壁はへこんで罅が入っている。朧気ながら、私がしでかした事だと自覚はあるのだが…とても申し訳ない気持ちで消え入りそうだ。
「これを迷惑料にしてほしいと言っていました」
綺麗に包まれた布の中には小さい方の金のインゴットが五枚ほどはいっていた。確か一つ金貨五十枚ほどだから、これで二百五十枚相当のお金だ。イリーナは卒倒しそうなぐらい驚いているが、ヤゼンさんはちょっと悔しそうな顔をしていた。
「あれがザイムか。太刀打ち出来そうにないな」
むう。そんな台詞を言わないでほしい。今の私には、父様を手放しで尊敬はできないのだから。
深夜というには早い父親の訪問は、こうして終わった。
──また、逢えなかったな。




