おやこのたいわとほうもん
今回は途中で視点が変わります。◇毎に変わります。
◇イリーナ
「だから、やましいことなんて無いから」
フランに追及されるヤゼン。娘としてはその立場に行くべきなんだけどなぁ。フランは帰ってきた時のジュンの行動をお父さんに追及してる訳だけど。
はっきり言えば、あれは恋愛とかそうゆうのじゃないでしょ。
始めての事ばかり起こって混乱してたから、包容力の高そうなお父さんにふらふらっとくっついたみたいだし。フランは今朝がたの肩車の件も言ってるけど、それだって子供にしてやる親はいくらでもいる。男爵さまがやるとは思えないから、お父さんがサービスでやったんじゃないかなと。
「分かりました。納得しました。しかし、今後はお嬢様との距離はなるべく取って行動してください。私ごときが偉そうに言える立場ではありませんが、お嬢様の為なので」
おおう、フランがまるで教育係みたいだ。
「はい…」
消え入りそうな声で答える父の姿に私は少し嘆息する。こんな父は見たくなかったなぁ。
この悶着があった後、彼女は入浴するジュンを守るかのように浴室の前に座っている。私とお父さんは向かい合っていた。
「フランさん怖いなぁ」
ぽそりと言うお父さん。
「ジュンの事になるとね。普通はとても優しい人よ?」
フランにとってジュン、いやユーニス様はとても大事な方なんだ。過保護になっても仕様が無い。護るために同行しているのだし。
フランの事はともかく、目下の問題はユーニス様の受けたショックの方だ。
とてつもない魔力とかいろんな知識とかはあっても、今まではやったことの無い事を経験してしまったせいで混乱しているみたい。
ノーリゥアちゃんはいずれ覚える事だからと突き放していたけど、それでいいのだろうか。ちょっと疑問だが、それこそ過保護なのかもしれない。
「お前は平気だったのか?」
お父さんが聞いてくる。『私は大丈夫』と答える。
ゴブリンを殺した事はある。これはお父さんと仲間たちと一緒に出たときに経験済みなのだ。たしかにその日はガタガタ震えてた気がするけどね。
寄宿舎での生活でも何回かあった。研修のためにサンクデクラウス近郊の迷宮『ヴィルクラウス』で冒険者の手伝いとして潜った事があった。
あの時も若手の中では優秀な人達に同行したからあまり怖い思いはしなかった。手解きされて、素材の回収や戦い方も教わった。勧誘もされたけど、そこはキョウガイシ様に捧げた身だ。ただ単に迷宮から素材を回収して生計を立てる生活には好奇心を刺激されなかった。
神官の位を得て、私は故郷に戻るときにエカティリーナ司教に問われた。『何をしたいのか』と。
「私は色んなものが見たいの。人でも町でも景色でも。だから旅をしたいな」
私の言葉をどこまで信じたのか分からないけど、司教様は祝福をしてくれた。私の前途に災いが起きないように、起きても対処できるように。
たぶん、その祝福のおかげで私は二人に出会えた。
そう思うことにしている。
あの二人と行けば、たぶん私の好奇心は満たされると直感するのだ。
それに。
知り合えた新しい妹と姉と別れるのは、やはり寂しい。
「私はあの二人と旅をしたいな」
私の呟きをお父さんは腕組みをして唸る。テーブルで私とお父さんは話しているが、少し寒いので火鉢の炭を少し灰からあげておく。足した方がいいかな?
私は台所に行き、竈の中から炭を幾つかシャベルに載せて運んでくる。
「ああいうのは経験だからな。何度か繰り返す度に慣れていくものだから…」
「そうなんだよね。慣れるまでに止めちゃう人もいるからね」
そう。実は能力的に高い資質を持っている人が、敵と戦う事に慣れずに止めてしまう事も多いのだ。これが徴用の軍人とかなら仕方ないと諦める所だけど、自ら進んで魔物や動物を狩る冒険者となると話は違うだろう。
街の中にいれば、何とか仕事を探して生きる事も出来るかもしれない。村だとしても畑を耕し田を育てて収穫をすることも出来るだろう。
ましてや、ユーニス様は男爵令嬢だ。旅に出る決断をしなければ、安定した暮らしをそのまま続けられる。
フランだってユーニス様が戻れば、やはり戻るのだ。彼女が冒険者を続けないと私の好奇心を満たす旅は、もう永遠に出来ないのかもしれない。
「頭のいい子だから、その内理解はするだろうけどな」
「そうだね。割り切れないだけなんだと思う」
命を奪うこと躊躇いがある訳じゃないと思うんだ。それなら一角狼の時にあんなに簡単に捌いたりはしない。
だとすると、人の形をしていたからなんだろう。野盗の時は、結局誰も死んでいなかったという話だ。
「やっぱり、眠ってるゴブリンに止めを刺したのが原因だよね…」
無抵抗の命を狩る。この背徳感が彼女を責めさいなんでいると思う。
戦って殺すのとは違うのだ。もしかしたら高潔な彼女の美意識として許せない、とかもあるかもしれない。
「いずれにしても、私達が出来ることなんて殆ど無いんだよね」
「本人の問題だからな」
「いっそお父さんが叱ってやったら効いたりして」
私の言葉に顔をしかめるお父さん。
「人様の子に意見できるかよ。第一、親父さんは男爵様だぞ?下手したらこっちが首括る羽目になるんだぞ」
それは確かにごめんこうむる。ユーニス様は大事だけど、私の家族だってそれ以上に大事な人達だ。
彼女自身に期待するしかない。結局、そう結論付ける事になった。
◇ユーニス
不覚だった。
まさか、風呂で寝てしまうとは。私が沈没してるのを見つけたフランが介抱してくれたおかげで何とか助かった。
「フラン、ありがとぉ」
「勿体ないお言葉です」
私は今、エカティリーナ様の部屋で横になっている。イリーナを呼ぼうかとフランは聞いてくるが、今はフランだけの方がいい。のぼせに効く呪文は何になるのだろう。考えがまとまらないから、そのまま目を瞑る。
「火照りが冷めたらきちんと布団をかけますので、安心してお休みください」
フランの言葉に頷き、私は眠りにつく。疲労も重なって、あっという間に落ちていく。
少し寒いはずの夜の風は、今は心地よかった。
◇イリーナ
『夜分おそく申し訳ない。こちらはハイヤール殿のお宅に相違ないか?』
玄関から男の人のする。私が出ようとすると、お父さんが制した。するりと玄関に降り立ち、誰何する。
「相違無いが、貴殿の名と用向きを明らかにしていただきたい。人の家に赴くには礼儀があるだろう」
お父さんは少し怖い声色で問う。言葉が向こうの人に合わせて物々しい。
「これは失礼。拙はザイムと申す無頼の徒。心許せぬ輩と思われるだろうが、我が娘と目通りを賜りたく、伏して御願い奉る」
戸の向こうからの声に私は驚く。それはお父さんも同じようだ。
「し、しばし待たれよ」
お父さんが戸の鍵を外し開ける。
そこには、銀の髪を総髪にした男がいた。中肉中背で見るからに均整の取れた体。身なりは無頼の徒などと言ってよい訳もない、仕立ての良いスーツを着ている。
「ザ、ザイム殿と申されましたか?」
お父さんの言葉に垂れていた頭を上げるその人の瞳は、真っ赤に燃える灼眼だった。
「いかにも。『鋼鉄の花』の一人。ザイムと申す。此よりの非礼、誠にご容赦願いたい」
この言葉の後にどうなったか。私はよく覚えていない。一つだけ分かったことは、強いと思っていたお父さんすらもいとも簡単に手玉に取る人がいると言うことだけだった。




