ぼうけんしゃのあたりまえ
冒険者ギルドに戻る私達は、受付で討伐依頼の確認をする。
あの場所の近くでのゴブリンの発見報告と照らし合わせると、グアルコの村から出ていたものと合致するようだ。
「グアルコからの依頼には今、白磁の四人パーティーが向かっています。ゴブリンの討伐依頼は過去二度成功させているので心配はないと思いますが」
受付嬢はノーリゥアちゃんに説明している。
「白磁というと、クラスレベルは1~2よね。それまで討伐した規模は?」
「記録では最初が農場での排除で三匹、二度目は村の防衛任務で二匹撃退しています」
聞いているノーリゥアちゃんの顔色が険しい。
私も同意見だ。
その依頼は討伐じゃなくて防衛が主目的だ。
巣穴への攻勢は初の仕事と言える。
「出たのは今朝ね?」
「はい。こちらの四名となります」
受付が出してきたのは依頼を受けた時の書類で、そこには受けた人達の名前と年齢などが書かれている。
クラスはあるけどレベルは書いてない。
その辺りはギルドとしては守秘義務があるからおいそれとは見せられないとのこと。
「リーダー、ガンドール、男十八、戦士。サイザリス、男、十五、戦士。レイノル、男、十七、戦士。ドリアノス、男、十六、僧侶……」
聞いていても不安しか抱けない。
[斥候]も[野伏]もいない。
野山を行動するときに野伏がいないというのはかなり不味い。
この辺りは山と呼べる高さの物はほとんど無いが、林や森はそこそこに深い。
方向感覚に優れた野伏がいれば迷うことは無いだろうけど、目的の地点に到達出来ているかも怪しい。
「まだ未帰還と決まった訳ではありません。この段階での捜索はギルドとしては依頼は出せません。最低でも明日にならないと」
行って戻ってくるだけでも時間がかかる場所もあるだろうから、未帰還の捜索になる場合はだいたい一日から三日となる。
そして未帰還の捜索と言うのは大概不幸な結末になっている事が多い。
単純に迷ってゴブリンの巣穴に辿り着けなくても、野性動物や他の魔物といった物がいるのでそこを生き抜くだけのタフさがあるかどうかが生存の鍵になる。
そういう意味でも、野伏がいないと言うのは致命的だ。
「分かったわ。あんた達、ゴブリンの討伐報酬を精算して来なさい」
「分かりました」
討伐窓口へ行くと、年の頃四十くらいのおじさんが私達を見回して言う。
「あんた方、討伐してきたの?」
……まあそう思うだろう。
女の子ばかりで私に至っては子供にしか見えない。
まあ、子供なんだけど。
「一応、白磁です」と、首から掛けた認識プレートを見せる。
白い色に私の名前の刻印。
白磁というのはあくまで呼称で、この板自体は鉄の板を白く塗ってあるだけだ。
「ああ、済まないね。一応ギルド登録してるのとしてないのとでは、報酬が変わるからね」
私は懐から革袋を出す。
当然保管から出したのだが、小さいものならこうやって出せることに気がついたのだ。
「ゴブリンが五匹、ね。はいよ、ベールマン銀貨三枚」
今日の交換は銅貨六十らしい。
一匹当たり奴隷や孤児が一日に使う食費とほぼ同レベルをどう見るかは、人によって違うからなんとも言えないけど。
あの後味の悪さと引き換えと考えると私は手放しでは喜べない。
もっとも、この感傷は私だけらしい。
イリーナは普通に初の討伐を喜んでるし、フランもなんとなく嬉しそうに見える。
「さて、今日は帰るわよ」
そういうノーリゥアちゃんがギルドから出るのと入れ替わりに人が何人か入ってきた。
「家のレイノルがまだ戻ってないんだ。どこに行ったか知らないか?」
「ガンドールちゃんが戻ってないの。どうしたらいいの?」
口々にそう言う人達。
「いいから、行きましょ」
ノーリゥアちゃんは私達の後ろに回り押し出すようにギルドから出る。
受付の人が応対はしているが、実際に今は何も出来ない。後ろ髪を引かれる思いをしながらギルドから立ち去ることになった。
夕の鐘一つが鳴る。
辺りは薄暗くなっているが人の動きはまだ無くなるほどではなく、むしろこれから夕食や晩酌のために往来はまだ賑やかだ。
「あの人たち。帰ってくるといいけどなぁ」
イリーナの呟きは雑踏の中でもよく聞こえた。
そう。
無事なら良い。
けど、イリーナは言外にこう言っているのだ。
『たぶん無理だよね』と。
身の程を知るというのは、かくも難しいものだ。
ともすれば私達もそうなっていた可能性もある。
ノーリゥアちゃんという経験と実績のある優秀な先達が居たからこそ、自身の能力や仲間の事も考え行動出来た。
あの場面で巣穴を見つけて討伐に入っても、出来たかもしれないが……
それはやってみないと分からない。
「ご両親達でしょうか? ……穏やかではいられないでしょう」
フランの言うことも分かる。
私達は親から生まれてくる。
死別でもしてない限り親が存命中の場合は多いはずだ。
フランは孤児院から私の家に来たから親とは死別なりなんなりしてるだろうが、イリーナにはヤゼンさんやソリシアさんがいる。
当然のようにイリーナの事は心配してるはずだし、ハイヤール老なんかは過保護になっていたくらいだ。
私にだって母様はいないが、父様はいる。
もっとも、父様は心配してるかと言うと違う気がする。
私にあてたあの書き置き。
あれは出来ると期待して置かれたはずだ、つまり父様は私はそれくらい出来て当たり前と考えていると言える。
それは心配している人間の遣りようとはとても、思えない。
私の思索は思うように続かない。
感傷と罪悪感と父への不安というか不信というか。
そういった物がぐるぐると廻っているばかりだ。
その間にも私達はイリーナの家に到着する。
ヤゼンガルドもそろそろ店じまいのようで、並べていた箱を中にしまっているヤゼンさんが挨拶してくる。
「お帰り。怪我が無くて何よりだ」
にこりと笑うヤゼンさん。
……なんだか、すごく。
安心する。
「えっ?」
私は、気が付くと彼に抱きついていた。
向こうも何がなんだか分からないみたいだが。
───もういいや。
後ろからフランの声もきこえるが、ノーリゥアちゃんとイリーナが留めてくれているのだろう。
「ただいま……です」
ぽつりと、ひとことだけ、伝える。
宵闇が近くなる街の片隅に、私はようやく安らぎの場を見つけたような気がした。
その後ソリシアさんの出してくれた夕食を頂き、お風呂をいただくことになった。
そう、このお宅は実はお風呂持ちなのだ。
もっとも、お風呂自体は真ん中の金物屋の母屋にある。一度勝手口から表に出るか、中庭を通るかの二択だ。
私の家にあったものと似てる魔術装具の[給湯式風呂釜]で、浴槽はちょっとだけ狭い。
つまり二人で入るのは不可能だから、私の髪と背中を流すのに必死なフランは表で待っているのだ。
身体を念入りに洗う。
今日は汗をいっぱいかいたし、泥や土埃も髪についてたはず。
そこでふと。
ヤゼンさんに抱きついてしまった事を思い出す。
『……汗臭くなかったかな…?』
我ながら詮無い事を考える。
頬が赤らむのは、きっとお湯のせいだ。
物思いに耽る前にさっさと洗おう。
お湯をかけて、石鹸で洗ってゆく。
長い髪がこういうときは面倒だ。
せめてイリーナくらいの長さだったらまだマシなのに。
身体も洗うけど、今日の訓練の成果はあまり出てなさそう。
まあ、動いて一日も経たずに体がしまってきたらそれはそれで怖いのだけど。
「ふう……」
洗い終わって、湯船で一息をつく。
ポカポカしていい気分だ。
さっきまでのどうしようもない感情の乱れが嘘のように落ち着く。
この風呂場には明かり取りの窓があり、木の板が開けてある。外の空気が冷たいが、逆にそれが気持ちいい。
空の星はとても綺麗で、とても広く感じた。
この空の下で、どこかで誰かが倒れているかもしれない。
そんな事がまるで嘘のように思える。
でも、それは現実である。
私は運良くこの場で風呂に入って寛いでいられる小娘なのだ。
世界はいつも残酷で、とても暖かくもある。
その立場や責任も人によって違うし、その力や能力だって人それぞれだ。
「答えなんか出ないよね……」
てきとたたかう。
こんな当たり前の事を悩む私は、本当に賢いのかと疑問に思う。
キョウガイシ様は。
エカティリーナ様は。
こんな私をどう思うかな。
父様はどう思うだろう。
ヤゼンさんはどうだろう。
師匠は、オルガさんは……
そして、あの人は……どう想うのだろう。




