おとこたちのあついかいわ
今回も別の人の視点です。
誰かは書いていません。答えは後書きに。
「ふぃー……極楽ごくらく……」
朝風呂ってのは贅沢だと思うかもしれんが、実はそうでもない。この辺に限らず、小さな村でさえ常設の公衆浴場というのはあるのだ。
だが、だいたいは蒸し風呂、まあサウナのようなもので熱い蒸気で汗をかいて、であとはお湯で流すというものだが。
最近ではここみたいに湯を張って全身を浸かれるような形式の風呂も増えてきてるそうだ。ウェズデクラウスにだってこの『宵闇のサルビア』以外の公衆浴場のうち、三軒はその形式に変えている。
「お前が言うのはちと早いんじゃないかのぅ」
おっと、となりのじい様からツッコミ入りました。まあ、若いつもりでも結構年取ったからねぇ。
「さいですか? 同世代には孫までいる奴も居るからね。若くはないって」
「でも、まだ体は落ちて無さそうですね。鍛練はしてるんですか?」
その向こうの息子が聞いてくる。まだ四十にもなってない若い奴だが、もう引退して娘をこさえた男だ。まだまだ現役でいけるのに勿体無い話だが、じい様の息子ならそうするだろう。
大成するより家族が大事だろうからな。それもいいさ。
「走り込みとかはみっともないからな。部屋ん中で出来る事だけさ」
こう見えても仕事が案外忙しくて、時間が取れない事が多いがね。
ここまでだいたい分かると思うが、ここはむくつけき野郎共がはいる男湯だ。あんまり事細かに説明するつもりは無いんで、適当に流すからな。
「今回はすまなかったな。柄でもない芝居させちまって」
「いえ。まあ腹には据えかねてましたからね」
そりゃそうだろうな。カミさん殴られて喜ぶなんて変態だわ。怒って当然。
でも、あの場はそうしてくれないと嬢ちゃんを動かせなかったかもしれないからな。
我ながら下手な芝居だよ。
「きちんと謝罪に来たのだから、赦せとしか言えんよな。ソリシアさんも特に後遺症は無さそうだしのう。まったく……」
昨日の夜、ライデルは執政官の屋敷から解放されてその足で宿に泊まるヤゼン一家とハイヤール達に謝罪をしたそうだ。その毅然とした様子からはとても不埒な事をした犯罪者のようには見えなかったそうだが……
残念なことに犯罪者と言うのは外面を隠すのが上手いのが相場ってものだ。ヤゼンは騙せてもじい様の目は誤魔化し切れなかったみたいで、今も少し不機嫌だったりする。
「慰謝料とかは後でウェイバール閣下が手ずから渡しに来ると言ってたぜ。金策に忙しそうだがまあ問題はないだろ?」
あの事件自体は誤解から始まった悲劇だと結末した。
公式には記録されてない。普通はダリエル辺りは文句いいそうだが、今回は従兄弟の不始末だから願ったりだろう。
非公式な話では、ライデルに良く似た男がハイヤールの家の食客に狼藉したところを捕らえようとしたが逃げられた。ライデルは被害者だが、その縁で会えたジュンの為に進んで旅に同行して彼女を護ろうという義の男の立ち位置を得られた。
まあ、半分以上出任せだが、この際真実はどうでもいい。辻褄さえあっていればそのうち鎮火する話題だ。
「しかし、本当に大丈夫なのか? あの男は」
怪訝そうにいうのはヤゼンだ。彼にとっては同行するイリーナの事も気掛かりだろう。
「ノーリゥアの話では、目下ジュン以外の人間は範疇に入らないらしい。しかも(強制の誓い)で縛ってある。まあ安心していいはずだ」
効果のほどを見せるために、彼らの前でジュンの白いスカートを捲ったら、奴が股間を押さえて悶絶している間に俺もフランに殴られていた。
すぐにジュンが治してくれたからまだ良かったが、顎が砕けたみたいだったらしい。
余談だが、『もうやらないでくださいね』というジュンは、年相応の可憐な姿を見せていた。
それはともかく。フランのあれがいつでも出せるなら、ライデルは怖くはないはずだ。
「フランって娘、凄かったですよね。素人みたいな殴り方なのに、自分の手を痛めずにあんな威力のパンチを放つなんて……」
そういっているヤゼンは、少し楽しそうだ。
殴られた方からしたら、そんな喜び方は出来ないわ。完全に油断してたのは悪いけど、まさかあそこまでとはとは思わなかった。
「あの娘の得物は戦槌なんじゃがな。一角狼の頭や胴体を一撃で吹き飛ばしておったぞ?」
「はあっ!?」
「ああ……俺は死にかけてたのか……」
ゾッとする。
何度も死線を潜り抜けてきたこの俺が、女の子のスカート捲ったばっかりに殺されかけてた訳だ。
こんな死に方はみっともなくて嫌だ。
「どんな筋力だよ?」
「ジュンの嬢ちゃん曰く、魔術装具の力らしいぞい。師匠に貰ったとか」
「フレスコ……あの魔術師め……」
なぜか殺意を覚えてしまった。悪いのは俺なのに。まあ仕方ない。
「自分だけの時には発動しないとか……面倒な魔術装具だな。威力は凄まじいが」
実際に殴られたときの感覚で言えば、おそらく筋力35オーバー。岩石鬼以上の馬鹿力と言うことになる。
確かにまるっきり油断しててトロールにやられたらあんな感じになるはず。ちなみに軽く言ってるけど、すげえ痛かったからな。
まあ、役得と言えばジュンに膝枕されて、ライデルが歯を砕けんばかりに噛み締めてたのを見れたくらいか。
「ジュンの回復呪文も相当ですよね。高レベルのジョウコウカン神官よりも骨の接合が早い」
ヤゼンは知らない。あれが(小治癒)だということを。
そう思うよな。だってあいつまだ習熟度の関係で中級の魔術使えないんだもの。そりゃそうだろ。
さて、そろそろあがるかね。今日は安息日じゃないからこれから仕事だ。やれやれだな。手早く体を拭いて、髪は殆んど濡れたままだが、まあいいや。
洗っておいてもらったギルドの制服に身を包んで更衣室を出ると、ジュンとフランとイリーナに会った。
「これからかい?」
小さな布バックを銘々に持っている所を見れば、これから風呂にいくのだろう。
「は、はい。ほら、フラン」
ジュンがフランの背中を押して前に出してくる。
「先程は、大変失礼な事をしてしまい、申し訳ありませんでした」
きちんと、謝ることが出来る。
それだけでも美徳になる場合もある。
フランは先程の雄々しい姿は微塵も見せない、実に楚々とした佇まいである。知り合いの娘のメイドという微妙な立場の娘でなければ、是非ともお近づきになりたいところではある。
が、俺もそういう分別が出来てたからこそ生きてこれたのだ。一時の感情で妙な事を口走ってはいけないと肝に命じる。
「俺も悪かった。だから気にするな。た、ただ、次にもしあったら、手加減はしてくれ」
む、クールに言えたと思ったのに、どもってしまった。
しかし、フランは気にしないかのようににっこり微笑んで答えてくれた。
「次にやったら、消し飛ばします(←ニッコリ)」
────ですよねー。
ジュンに殴られてぺこぺこ謝るフラン。肩を竦めて嘆息するイリーナの姿を、呆然と眺めることしかできない俺だった。
最近の若い娘は、怖いなー……
正解はオルガ=メイヤーズさんでした。白々しいな…




