しょくごのかんだんにて
食べてすぐ出ろとは言われないのが、こういう店の良いところでもある。もっとも、常識的な範囲で、だけど。
大人の二人は食後酒を嗜んでいる。ノーリゥアちゃんは、イリーナの頼んだ赤ワインを頼んでいた。オルガ氏は最初からずっと同じ瓶から飲んでいる。なんか、気になるなぁ。
私たちはもうお酒はいらない。食前酒にしても別にフランと一緒に炭酸水でも良かったのだが、やはり雰囲気は大事だ。けど、満腹なお腹に助かるのはやっぱり暖かいお茶だ。紅茶の良いのが入っているそうで、一式だけ頼んで淹れるのはフランにやってもらう。
ここは本当に貴族が利用しても遜色ない高級宿だと実感したのは、器を温めるためだけの魔術装具を発注して使っていることだ。冷えた器で飲むと、香気が薄まってしまい、冷めるのも早く長く楽しめない。
この[茶器保温箱]は、中の温度を一定に保つ術式が組まれている。たぶん、卵を孵化させたり、茸を栽培するための術式の応用だろうけど。なるほど、便利なものだ。
紅茶の茶葉は、ベルゲルメールのタウンゼント子爵領の高級品だ。私の好きなのはもう少し東のヴァリエール伯爵領のだが、こちらもよい品だ。柔らかい新芽が多く入っていてポットで踊る様も見ていて飽きない。
「そろそろ良いかしら?」
紅茶を待っているとノーリゥアちゃんが口火を切ってきた。うん、お互いに聞きたいことはあるんだ。
「あなたは何者? エルザムの娘って言ってたけど、庶子とか?」
ああ、そういう解釈もあるよね。父様なら作っていても不思議じゃない。けど、私は違う。
「私は、ユーニスです。アークラウス男爵エルザムの第一子です」
そう宣言してイリーナの方を見る。
あまり驚いてはいないみたいだ。
やっぱり気づいていたんだね……って良く考えたらさっきオルガさんがバラしてたよ!
「それはもうどうでもいいわ。わたしが聞きたいのは、その魔力よ」
たしかに。
私の出自なんかはどうだっていい話だ。
なら言わなきゃよかったよ。
けど、実のところ私自身にも良くわからない事が多すぎるからなんて説明すればいいんだろう?
「あの焼失事件の後かららしい。フレスコの話によれば、な。天啓を受けたそうだ」
オルガ氏がざっくりと説明してくれた。簡単に言えばそうだし間違ってはいない。寧ろこれくらいしか分かってないのが現状だ。
「天啓ね。そんなレベルの話じゃない気もするけど?」
どういうことだろう? 天啓ってかなりレアでしか起こらないと思ったが。私の疑問に答えるのはオルガ氏だ。
「ギルドでも言ったが、大賢者でさえ魔力は25だった。前回召喚された『勇者』の保有する魔力は32、神力は27だ。俺がお前を『勇者』と言った理由は分かったか?」
なんと。
勇者を越える魔力だったのか……。ノーリゥアちゃんは憮然としている。
「あなた、幾つだったの?」
ここで聞いてくると言うことは言わなきゃなんないよな。わざと十歳と言って場を濁そうとか考えたけど、油に火を注ぐようなものだね。
「ろ…六十五です」
ノーリゥアちゃんとイリーナが、頭をくらりとふったのが見えた。超然としてるのはオルガさんだけで、フランは意味が分からないのか皆を見回している。
「あほか……バカなの? ああいえ、気が触れてるのね?」
ノーリゥアちゃんが逃避を始めたぞ。それもまあ分かる。実際に間違いだと思っていたいが、オルガ氏はその希望を打ち砕く。
「確認したが、測定板に異常はなかった。専門じゃないが、竜脈へのネットワークも完全だ。つまりほぼ確定だ」
あ、測定板は竜脈に繋がってたのか。
大地に満ちる魔素の源泉が繋がっていて竜脈を形作る。大地の力の象徴とも言える。だが、私の知識ではそこに情報的な蓄積を出来るものはなかったはずだが。
まあ、私の知らない事なんてこの世にいくらでも有るのだから、そういうものがあると覚えておこう。
「私が知りうる限り魔王の中でも最高の魔力値は60よ?『勇者』どころか『魔王』越えとか、間違いレベルじゃないわ」
ノーリゥアちゃんが真剣な顔で語っている。やっぱり出来が違うから凛々しさが半端ないよね。まあ、幼年学校の女委員長みたいだけど。
あ、わたし幼年学校って行ってないけど。 何で知ってるかというと、そういう子が出てくる物語を読んだから。とても面白かったし、憧れもしたな。
「しかしまあ、そいつが無差別に人間に危害を及ぼす存在じゃないのは今までの事で分かるよな? この際、その出鱈目な数値は置いておけよ」
オルガ氏が言うことは正しい。私の魔力が高かろうが低かろうが、今回の事には関係はない。
「アクアリアからの帰還命令が来てるから帰る。それの同行者を探すよう俺に頼んだ。俺はそっち方面に行く冒険者を見つけてどうだとお披露目してるに過ぎない。唯一の問題はこいつら自身が受けるかどうかだが、見たところ断る理由も無さそうだ。お前の心情的に穏やかじゃいられないかもしれんが、背に腹は変えられんだろ?」
うーん、確かにこれは渡りに舟状態と言って差し支えない。
私たちと同じく女の子(年齢的にはどうか知らないよ? 彼女の歳は知らない)で、互いに身の危険を感じながらの行軍にはならない。
私達にほかのメリットもある。
旅慣れた先輩の同行は、とても有益のはずだ。ノーリゥアちゃんはこれでも『山羊頭の魔王』との戦いを生き抜いた猛者だ。その経験は必ず私たちの財産になる。
「ちょっと、三人で話していいですか?」
挙手して、イリーナとフランを連れて窓際まで移動する。
「私は良いと思うよ?」とはイリーナの言だ。
「かつての英雄でしかもあんな可愛いエルフ様よ? 嫌がる理由は何もないわ!」
さすがイリーナ。私に同行する際の決め手が『面白そう』『可愛い』だっただけはある。反対するわけないよね。
「お嬢様が決めたことなら従います」
フランもぶれないなぁ。私だって間違う事があるということは覚えておいてほしい。
「じゃあ、構わないよね?」
三人で頷くと、ノーリゥアちゃんに向かって並び、一斉に頭を下げる。
「「「よろしくお願いしまーす!!」」」
ノーリゥアちゃんは少し狼狽えてたけど、こほんと可愛らしい咳をしてから了承した。
「しょうがないわね。まあ、たまには新人育成に尽力するのも良いかもね?」
こうして、危なっかしい私たちに保護者のような存在ができた。……見た目は女の子ばっかりだから危なっかしいのに変わりはないかもね?
話に夢中で、蒸らしすぎた紅茶は不味かったよ(泣)




