おなかいっぱいでしあわせです。
最近文が長めで申し訳ありません。色々試行錯誤していて…。今回は食事回なので面倒でしたらとばしてください。
『宵闇のサルビア』の食事は基本的に選択式だ。メイン、前菜、スープ、サラダや食前酒にデザートまでを自分で選べる。別に食前酒を抜いたり、デザートも要らないとかしても問題ない。
ただ、メインのみとか極端なオーダーは、一般的に体裁の整ったこういった高級宿ではやらない方がいいと思う。
そういえば、ここはドレスコードがなかったな。
冒険者相手にそこまでは考えてないのかな? ひょっとすると、貴族がお忍びで利用しやすいように配慮した結果かもしれない。
貴族って格式ばかり高くて面倒な事も多いのだ。出入りする店とかも周りからチェックされたりするから、こういう気楽に利用できる店は貴重かも。狙ってやってるなら、ライデルは意外と商才あるのかもしれないな。
先ほど選択式とは言ったが、どうもスープだけは決まっているらしい。給仕の方に聞いてみると日によって変わるそうで、今日は透き通るコンソメスープだそうだ。テーブル周りの散った花びらを片付けてから配膳が始まる。
何種類かのスプーン、フォーク、ナイフが並んでいくが、その間に各々に料理を選択していく。フランはよく分からないと言っていたので、私と同じものにしてもらったも。
先ほどまで激オコだったノーリゥアちゃんも食事の席にはちゃんと着いている。
度々こちらを見てくるが、今は無視しよう。
スープ皿に、暖かいコンソメが注がれる。食前酒もグラスに注がれていく。イリーナのはちょっと見えづらいけど、たぶんお隣のルグランジェロ産のラベルだ。
ルグランジェロ産の葡萄は粒が小さく甘味も酸味も強い。それだけ濃厚で強めの酒精を造り出し、甘さが際立ったワインが出来る。
私の好きなダールトン産の葡萄は粒がやや大きく甘味よりも酸味が若干勝る感じだ。出来るものは程よい甘味を残したすっきりとした味わいになる。
私のグラスに注がれるのはゴレオグレッツォというインペツゥース皇国の伯爵領の物だ。飲んだことないから楽しみだ♪
お、フランの所に注がれてる炭酸水は南西部の大領主クレメンタイン侯爵領からのだ。他の地方の炭酸水をわざわざ取り寄せてるってかなり金をかけてるなぁ。
儲かっているなら何よりだ。
あ、オルガさんはさっきの火酒をそのままいくみたい。特に決まりはないけど、強めの酒は後の方が……楽しみ方は人それぞれだからいいけどね。
ちなみにノーリゥアちゃんの選んだのは黒麦芽酒だ。
渋いなあ。
一口飲んでみると、私の好きなのと似てる味だ。
けど、違うのが一つ。これは発泡性ワインだ。ほんのり微かにだけど泡が沸き立っている。長く放置されたのもこうなるらしいけど、味が爽やかなのでそれは無さそうだ。
うん、これはいいね。
スープを暖かいうちに戴こう。
正式なマナーでは音を立ててはいけないのだが、そういうのは貴族連中だけでやればいい。
私は今のところ身分を隠して動くつもりだし、オルガ氏は隠居の身だ。
細かいことはどうでもいいよね。
楽しく食べよう♪
あまり雑談もなく、スープを食べ終えるとサラダに前菜が届く。サラダはごく普通に洗った葉野菜を盛り付けてあり、塩とオリーブ油で味をつけている。もう一工夫欲しかったけど、前菜と合わせるとこれで正しいということが分かった。
その前菜は、ベーコンと縞山鳥茸のパスタ。
とても肉厚のこの茸は薄くスライスしてソテーにするととても美味しいのだが、こちらは赤実ベースのソースに絡めている。
使っているも同じような板状パスタだ。
パスタは小麦で作られるんだけど、琥珀色小麦というより硬い小麦から作られる粉を使って練られている。乾燥させて長持ちするから、色んな種類の物がある。
ただ、その性質上多くのお湯が必要なので保存食として携行する人はあまりいない。
割りと単価も高めだが、これは高い保存性が作用してると思う。
琥珀色小麦は一般の白色小麦より生産量は多いのだが、備蓄に使われる事が多いため市場に出回る量は多くはない。それでも、近年は一般の食卓に並ぶことが多くなったそうだ。
味もなかなかどうして旨い。赤実の酸味と甘味が程よいアクセントになってベーコンの多そうな脂を見事に調和させている。ラザニア自体も弾力が素晴らしく、もちもちとした食感はちょっと楽しくなってくる。茸のしっかりとした食感と合わせてかなりのボリュームだ。
敢えて苦言を呈すれば、このパスタは前菜には少々重いので量は少な目の方が良かったかもしれない。
おっと、楽しみすぎてメインが並べ始められた。私とフラン、後はオルガさんが魚を選んでいる。
出てきたのは灰縞スズキのムニエルだ。『ラゼルトーン』で食べた碧鮭よりも若干大きいが、これでもまだ成長途中だろう。たしかこれもたまに遡上してくるらしい。
淡水でも生きられる生命力はすごいな。
灰縞と云われる所以もその身体の横縞が灰色だからで、焼いてしまうと普通の魚と変わりはない。
ナイフとフォークで食べるのだが、フランが骨を避けるのに難儀しているのでやってあげた。身離れは良いのでほどなく終わるが、フランは申し訳なさそうにしていた。
メイドとしては自分が主人の世話をするのが正しいので居たたまれないのは分かるけど、出来ないことは恥ずかしくはない。刃物以外は元々器用な方なんだし、たぶんそのうち出来るようになるよ。
身をほぐしているときに気づいたが、メインを魚料理にして、正解だったね。岩塩とバター、僅かに香るハーブ類が魚本来の醍醐味を引き立てるが、この時期の魚は本当に脂が多い。
そこに、そっと添えられている小瓶の登場だ。
香りから醤油だと分かるが、酢が入っているのがポイントだ。
途中で味を変えるという憎い演出をしてくる。
旨味のたっぷり詰まった身を食べていると、パンが欲しくなってくる。だが、そろそろお腹が苦しくなりそうなので、我慢しよう。やはり私にはあのパスタは難敵だった。
デザートは幾つかあったのだが、私はイリーナオススメの『樫胡桃と橙色梨のケーキ』にした。
当然フランも一緒だ。
イリーナ自身は『榛実と珈琲のクーヘン』にしている。
ノーリゥアちゃんはイリーナと同じで、オルガさんは断っていた。
やはり甘いものより酒の方が良いようだ。
私の前にちょこんと置かれた皿には、カットされたトルテがある。土台は古式ゆかしい固い生地で作られていて、その上に薄い茶色のクリームと橙色のクリームが何層かに分かれて詰まっている。見た目からして繊細な仕事だ。
一番上には橙色梨のコンポートがのっていてとても愛らしい出来映えである。
フォークで切り、口に運ぶ。
樫胡桃を完全に擂り潰し、裏漉ししてクリームに混ぜているのか。
こっちの橙色は橙色梨だが、コンポートとは違って甘味は少なめ。下の生地と渾然一体となって絶妙な味わいだ♪
オススメにしてるのも分かる。
イリーナにグッと親指を立てて見せると、向こうも笑ってくれた。
「こっちのも一口いってみる?」
と言って立ち上がって皿を持って動いてきた。自由だなぁと少し感心。せっかくなので有り難く頂戴しよう。
「はい、あーん」
「えっ?」
「だから、あーん♪」
フォークで切り分けた欠片を刺して、私の口元に差し出している。
こ、これは……いいだろう。
こんな事は滅多にやらないんだからね。
「……はむ」
数年前にメイド長にやってもらった事を思い出す。普通は母様を思い出すのだけど、そんな記憶は無いから。
それはともかく、こちらも良いな!
榛実は、この辺りから南の方で良く採れる木の実である。香ばしさと仄かな苦みが程よく混在している。お菓子にも使われるが、このままお酒のつまみにする人も多い。
実は私も大好きだ。
父様のおつまみを拝借したことは何度もある。殻を割って食べるのがやたら楽しいんだよね。
そんな榛実をやはり砕いて裏漉しして作り上げたクリームが全面を覆ってるが、ベースの生地には珈琲を混ぜ込んで焼いているみたいだ。
上のクリームは白糖多目で、ベースは少なめにしている。口の中でのバランスは、むしろこっちの方が良いかもしれない。
けど、やはりどちらも甲乙つけがたいな。
ん?
「お嬢様、私の方も如何でしょうか?」
フランがこちらにフォークに刺して出しているが……それは私のと同じだよね?
ああ、いいよ、戴くよ。
ほんのり紅くなったのは、私達を眺めるオルガ氏とノーリゥアちゃんの視線に気付いたからだよ。
……本当だからね?




