1-22 はずかしいはなしばかり
──夢を見ていた気がする。
なんだか卑屈そうで愚痴が多いひとの夢だ。
やること全てを斜に構えて、自分の本気をいつも見せないひと。
というか、本気の自分を出して失敗するのが怖いひと。
そう、たぶんすごく怖がりなひとだ。
だから何かを得ようとしても二の足を踏んでしまう。
だから最初から得ようとしないで見ているだけで甘んじてしまう。
でも本意じゃないから愚痴も出るし、卑屈にもなる。
でも、とてもやさしいひと。
動けない私をうごかしてくれたひと。
ひとをことが嫌いなくせに、ひとのことが見捨てられない、そんなひと。
だから、自分が傷ついても助けようとしてしまう。
だから、自分が死んでしまっても助けようとした。
自分がとても傷ついているのに、それに気づかない。
自分が死んでしまっているのに、それを気にしない。
──わたしの、とても、大事な……
「ジュン様、起きてください」
微睡む私を起こすフランの声。少し狭い、乗合馬車の中だ。
思い出した。ウェズデクラウスへ向かう最中だ。表を見るともうそろそろ日が暮れる。
乗合馬車には、他に乗客がいた。三十位の男性、その妻と思しき女性。後は六十近くの老人とその孫娘らしき子供(とはいえ私よりは年上だと思う。あえてどこを見たかは言わない)
乗合馬車は二頭立ての大きなもので、だいたい定員は十名~十二名。
今回は半分の人数だが、だいたい四人以下の時は動かさない。どんな理由があってもだ。どうしても馬車で移動したければ一台まるごと借りるしかない。
逆に定員になったら次の乗合馬車を待つしかなくなる。定時便という考えはないのでこういう方式になる訳だ。
ウェズデクラウスまでは乗合馬車で二日の行程だ。旅慣れた人の行軍速度だとそこまではたぶん三日と少し。
実は馬車とはそんなに早くはないのである。
それでも高い金額を払って乗る理由、それは疲労が少ないの一点に尽きる。
近くの森を歩きなれている私だって、一日中歩くことはなかった。さらに今回はフランもいる。筋力や体力は、なるほど私よりもあるかもしれない。でも実際どれだけ歩けるかはやってみないと分からない。
監視網がどこまであるかはしらないが、とりあえず男爵領内で無茶な事はできない。
あの事件の実行犯が襲ってくるかもしれないのに、疲労を蓄積した状態で対処しなければいけない状況は避けたい。
そんなわけなのだ。
夜道を照らす強い光源を持たない乗合馬車は、日が落ちたらそこで野営をするのが決まりだ。御者も人の子で疲れるわけだし、馬はもっと疲れている。そして比較的スペースが空いてるとはいえ、同じ姿勢を続ける乗客もそれなりには疲れるものなのだ。
街道近くに少し開けた場所があり、野営の跡がそこかしこに見られる。どうも毎回この辺りで野営をするようで、ここはよく使う駐車場といったところか。手慣れた感じで馬車から馬を外し、近くの木に結び付ける。
私たちはひとまず体をほぐす。やっぱりずっと座りっぱなしだとお尻が痛い。
「あの、ジュン様。その、お花摘みの方はよろしいですか」
フランが少しモジモジしながら言ってきたので乗っかることにした。そうだろう、実は私もそうなのだから。
ここはちょっと割愛。どうでもいいところを詳らかにする必要はない。
ちなみにこの世界には紙がある。羊皮紙もあるが、木などを粉砕した植物パルプを使った意外にちゃんとした紙があるのだ。
これを発明したのは例の大賢者の弟子の一人、ティグレスト=シューベルタという。
師匠の作った粉砕器で細かくなった木片が水に浸けて固まる事を発見した彼は、なにかに使えないかと模索した。
そこでベルゲルメールで古くから作られる紙という物が同じように作られる物と知ると、同じ手法で作ってみた。
出来たものはまるで固くなく、ペンで物を書くことも出来ない物だった。どうも使った木が違うらしく、カミソという木だと固まるが、これはベルゲルメールから南方にしか生えていないのだ。
ところが、これが貴族に大流行した。この当時、そういった処理に使うのはだいたい葉っぱか長い羽毛がいいところで庶民に至っては木片とか手とか、あまつさえそのままなんて事もあった。
そこにティグレスト氏の開発した柔らかいだけの物がやってきた。きれいに拭き取れ、痛くない。それはもう革新的だったそうだ。
なんでこんな話をいきなりしてるかというと、そういう事なのだ。ちなみにこの紙の事は開発者の姓名を取って『ティシュー』と、使われる木も軟紙桑と呼ばれている。
そんなわけですっきりした私は水魔術初級の(水召喚)を唱える。
師匠から新しく授かった短杖から小さな光が放たれ、目の前にかなり大きな水の球が出来上がる。
最低の魔力で唱えたにも関わらず、大きな樽二杯分の水が出てきてしまった。回りの人たちが唖然としていて、空気がとても冷たく感じる。
しかし、このピンチをチャンスに変える!
「が、頑張って皆さんの分も用意しました。どうぞお使いください!」
お互いを見つめ、手桶やコップを手にする。
「本当にいいのかい?」
「う、馬の分も構わんかね?」
「うわー、凄いわね、キミ」
「こ、これなら体を拭くのも出来そうだな」
「ちょっと、火を用意しましょう、あなた」
てんでんにいろいろ言ってるが、なんとか空気はかえられたかな?
……結論からいうと変えられませんでした。
若いのに凄いわねとか、大したもんだ坊主とか、大いにいじられた。
御者の方曰く、樽二つになる水を出せる魔術師はそんなにいないとの事。たとえ出すことができるとしても魔力量が多すぎて、他の事に対応できなくなるため、やらないらしい。そういうのは家とか宿とか安全なところでやるのが普通なのだ。
幸いなことに私の魔力の残量を知る人は私以外他にはいない。全力でやったという体でいくしかない。
食事が終わった頃にそれはやってきた。
というか聞こえてきた。
遠くからの遠吠え。
近いところからの遠吠え。
気がつくと、遠吠えは周囲全体から聞こえてくる。
「一角狼の群れ……」
老人の呟いた言葉が皆に恐怖を伝播する。
一角狼。
普通の狼よりもやや大型の魔物であり、狼のように群れを作る。狼よりも賢く、火を極端に恐れない。また大型のため膂力は強く、群れによって小さな村が滅ぼされてしまう事もある。
ちなみに、そのお肉はとても美味しい。師匠の家で食べたのを思い出したら、不謹慎だけどお腹が減ってきた。さっき食べたのに、干し肉。
夫婦が抱き合い、孫娘を庇う老人、御者のおじさんは皆を馬車に誘導するが、そこに入っても結局助からないのは変わらないだろう。
───とりあえず。
私とフランでなんとかするしかないか。
乗り合い馬車でのは初めての野営です。
お約束のように、襲撃。




