1-23 はじめてのたいけん(おもにせんとう)
さて、暗い中で魔物と戦うのはかなり不利だけど、大きな火をおこしても彼らはそれに驚き、逃げてはくれない。
こんなときは光魔術初級(温度差視覚)を使っておこう。
これは周囲の温度差を視覚化する術で、実は妖精族として有名なエルフはこの視覚を先天的に持っている。
というかこの術はエルフにあやかりたい人族がなんとか開発した術なのである。
エルフの森の中の視力は異常と云われているが、それはこの温度差を知覚しているからなのである。
術がかかると私の視界が黒に近くなる。隣のフランが赤く輝いて見えるが、これが温度差を見るということなのだ。ちなみに焚き火の炎は白く輝いてる。
闇のなかにちらっと赤い光が見える。前方三体、左面に二体、右面に三体、背面に四体。数だけでもこっちより多い。かなり不味そうな展開だから、早めに数を減らしていこう。
周りの人たちに見えないように魔術をつかう。精神魔術初級(精神衝撃)を後方に放つ。
これは縦横30度くらいコーン状に拡散する精神にダメージを与える術だ。これのいい所は、発動時になんの兆候も出さない。音もしないし。変に光ったりもしない。発生するのは自分の唱えた呪文と相手が受けた苦悶の声くらい。
目立たずに敵を排除するのに一番適しているのが精神系の術の特徴だ。
範囲に入った三匹の一角狼がギャンと吠えて倒れていく。さすがにおかしいと思ったか、一角狼が近づくのをやめて周囲から威嚇しはじめた。
よし、いきなりの乱戦にはならずにすんだ。次は近くの右手側三体に向かって土魔術初級(捕獲蔦)を使う。
呪文詠唱を妨げないようにフランが右手側の敵との間に入り牽制してくれた。手が震えているのに、体を張って守ってくれた。
ありがとうフラン、愛してる!
言葉にはしないけどね。
ちゃんと呪文も唱えられ、目標もしっかり合わせた。呪文が発動し、地面から蔦が飛び出し一角狼を縛り付けていく。
大人以上の力がある一角狼だが、手というものを持たない以上そんなに早く離脱は出来ないはず。
これで半数になった。
そろそろと近づいてきた一匹が、木の枝を棍棒がわりにしてた夫婦の夫の方に襲いかかった。彼は棍棒を振り回すが当てられずにいた。
その一匹が夫を釣り出すように後退する。逃げ腰だと思って追いかける彼は、自分の妻から離れている事に気づかない。妻の後ろからにじり寄る一角狼が飛びかかる。
私の呪文が間に合い、そちらに放たれる。
「(岩石筍)!」
飛びかかる一角狼の腹に下から伸びた石の槍が突き刺さる。妻の悲鳴に夫の方が振り返り、いきなり妻へ駆け寄ろうとする。
だが、対峙してた獲物が目の前から逃げるのを魔物や動物は見逃さないだろう。
急いで唱えた(小火弾)が襲いかかる一角狼の口に突き刺さりのたうち回る。
周囲に立ち込める生肉を焦がす嫌な臭い。
事ここに至って、誰が最大戦力なのかを一角狼達がようやく気づき、私の方へ向かってきた。
フランがメイスを振り回して追い散らそうとするが、当てるつもりのない攻撃など怖がるわけもない。次第に私から離されるフランだが、未だに四体の一角狼が巧みに動き回り近づけないようだ。
直接攻撃をされている最中に呪文を唱える余裕はない。わたしはまだ平行詠唱を出来るようになっていないし、無詠唱呪文も修得できてない。
私の最大戦力は魔術なので、刃折りはお飾りのようなものだ。
でも、武器を持っている相手を仕留めるのはやはり簡単にはいかないみたいで、攻めあぐねてる。ひょっとしたら私の腕が良かったりするのかな、なんて浮かれる余裕は実はない。
何度も魔術を使った後なので、かなり疲労していた。魔力は余裕あるのに体力不足とは情けない!
このままだとまずいので、一計を案じる。
いきなり足に疲労がきたのか、膝から崩れてしまう。もちろん擬態だ。隙を見つけた一角狼より早く私は叫ぶ。
「きゃああ~、フラン! たすけてぇ~!!」
もう、最近出したことない目一杯可愛い声で叫んじゃいました!
「お嬢様に触れるなー! けだものめぇ!!」
フランはその声を全部言い終わる前に高速で接近、体勢を崩したわたしに襲いかかろうとする一角狼に対してメイスを振り抜く。
ぐしゃあ。
えっ……?
一瞬分からなかったからもう一度見るが。
そこには横合いから振り抜いたメイスが、一角狼の頭部を打ち砕く、フランの勇姿があった。
よく見るとその後ろから別の一角狼が襲いかかっているが、後ろ側に展開された(魔盾Ⅰ)によって防がれて噛みつけずにいた。
フランの首もとのチョーカーが僅かに緑色に輝いてるのを見るに、【熱狂的な守護者】が発動していたようだ。
それにしても凄い威力だ。
戦鎚の当たった所から爆発したかのように抉れてなくなっている。
頭部損失された一角狼は当然どさりと倒れ、ピクピクと痙攣している。
フランはその間に振り向いた勢いでメイスを噛み付こうとしていた一角狼の腹に叩きつけ、そちらの上下も分断していた。
いや、あのメイスたしか只の鉄じゃなかったかな? まあ、ほぼ鉄のみの棒で殴られたら痛いだろうが、あれは桁が違う。
さすがに数が減らされ過ぎた一角狼は、逃走に移った。
素早く投擲剣を二本投げて一匹を足止めすると、フランが追い付いてまたしても肉塊に変える。
───威力が有りすぎるって。
なんで全部一撃で行動不能になってんの?
フランの威容に他の皆さんがドン引きしているよ。
とりあえず一匹は逃がしたみたいだが、頭がいいならもうこちらに襲うことはすまい。
この辺でようやくフランが攻撃するのをやめた。
私は、捕縛されてる一角狼に対してゆっくり確実に(理術弾)を放ちとどめを刺していく。一つ一つ別に唱えた方が体力の損耗は低い、というか一度に大量の目標を狙うのがかなり体力を減らす事がわかった。
魔術の拡大というのはだいたいの魔術で可能なものだ。威力を上げる、効果時間を長くする、対象を増やす、範囲を広げる、等々。
で、そのどれも同じような疲労度なのかと思っていたのだが、連発するようになってようやく差がある事に気がついた。やはり実践してみないと分からないことは多いね。
さらに思い出したことがあった。
(理術弾)は、実は目標を増やす時に便利な術だと師匠に教えてもらっていた。
魔力と使用者の習熟度とによって発生させる数が増えるのだ。威力を上げる場合は一発でしか撃ち出せないのだが、この多数の理術弾を一つにぶつける事も出来る。
ちなみにその際に使う魔力量はほぼ一回分。
だから多数の理術弾を出せる術者は、威力を上げる事は滅多にしない。数当てる方が威力は高くなるのだから当たり前だ。
試すために今度は(精神衝撃)で昏倒している一角狼の方へ向かう。
「フランはそこにいて。みんなを守ってて。あっちのを処理してくるから」
フランをその場に残し、一角狼達がたおれている辺りに来た。理術弾を数拡大で唱えると、周囲に光の球がぽぽぽっと出来上がる。
その数およそ十三個。なかなかに綺麗な光景だが、私としては心穏やかにはいられない。
この十三個の理術弾というのは、かなり高位の魔術師でないと到達できない数ではなかったかな? たしか師匠は九個までだと笑って自慢してたが、彼の前では使わない方がいいと思う。
この十三個の光球をそれぞれに撃つ。余らしても処置に困るから全部使う。モノを穿つ音が複数聞こえ、叫び声もあげずに三匹の一角狼が始末された。
「うーん、部分を狙い撃ち出来ないから、ちょっと素材としては使えないな」
この複数攻撃の弱点は複数の球を制御するために細かい制御はできなかった。とりあえず当てるのと、頭を狙って当てるのでは意味が違う。多数の敵を相手にしている時には有効だが、こういう時には使わない方が良さそうだ。
ここの狼達はそのままでいいか。ほんとはもっと遠くに置いてきた方が安全だが、屍肉を狙うもの達がこっちに寄ってくれば私達の方に来ないだろうし。
ともかく。
はじめての戦いに、私たちは勝利した。
春から秋にかけて出てくる敵の中でもっともポピュラーな狼系ですが、今回出てきたのは魔物の一角狼。
レベルで言うと二レベルなので、本来ならこの乗り合い馬車は全滅ルートでした。
序盤に数を減らす。包囲されないようにする。魔術師の自分を守るフランがフォロー出来た事で、なんとか無傷で対処できました。
というか、フラン強すぎ(笑)




