霧の洋館
建物は元は白かったのだろうが、今は塗装が剥がれ、泥や何かがこびりついて汚れている。
外壁は所々ひび割れ、薄気味悪い植物のツタがこれでもかと言うくらい絡みついており、これまた薄気味悪い花を咲かせていた。
きっとこの花は、手入れなんてしなくても勝手に咲くんだろうな…。
開きたくない扉を開けると、蝶番が錆び付いているのだろう。
ギイギイと嫌な音を立て、俺を歓迎してくれた。
扉の横にある表札らしき物には「クローバー伯爵」と書かれていた。
この幽霊屋敷は伯爵のものだったのだろうか。
まぁ、これだけボロボロなら、とても人が住んでるとは思えない。
せいぜい、魔物の巣になっていないことを祈ろうじゃないか…。
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中に入ると、一階のソファーでルナが寝ころんでいた。
もはや自分の家ですと言わんばかりだ。
正気の沙汰とは思えない。
「誰もいないみたいだぜ?」
知ってるよ。居たら発狂しているところだ。
ドリーの方を見ると、青ざめた顔で、何やら本を取り出し読み始めた。
本のタイトルは【心がハッピーになる31のヒント「クロス=マーシャル著」】と書かれていた。
さすがドリー、良いものをお持ちでいらっしゃる。
ドリーが読み終わったら、是非俺も読ませていただこう。
しかし、これは…。
歩くたびにギシギシと音を立てる床。
開くとギイギイと音を立てる扉。
電球は割れており、ルナがつけたであろう燭台の火がゆらゆらと揺らめいている。
いや、まぁ、あれだ。考え方次第だ。
良く言えばアンティーク調と言えないこともない。
ほら、そこの椅子なんて超いい感じだ。
その手のマニアにはたまらん代物に違いない。
ふっ、俺もルナを見習い、余裕を持つとするか。
そう思い、椅子に腰かけ、近くにあるテーブルに肘をのせて一息ついたときに、目と目があった。
何と?
何だと思うよ?こっちが聞きたい。見たこともない魔物だ。そんなに多くの魔物を見てきたわけではないが、それでも、こいつは異質なものであることが理解できた。
足は片方が人の足で、片方は魚の尾びれになっていて、翼がないのに空中に浮かんでいる。
顔は一応人間だ。結構な美形だな。男だ。髪は緑色。左目に緑色の紋様がある。目は三つあり、その中のもっとも薄気味悪い瞳がこちらをギョロリと見つめている。口はある。歯はギザギザだ。恐らくあの口は人と話すものじゃない、人を食い散らかす為のものだろう。
さて、そろそろ叫んでいいだろうか。
さぁ、いくぞ。叫ぶぞ。
そう決意し、俺が胸いっぱいに息を吸い込んだとき、そいつは俺に話しかけてきた。
「お前、人様の家で随分と寛いでいるじゃねーか。」
!!
驚いた。まさか喋れるとは…。
ということは、人並みの知能はあるのか?
だとしたら、ピンチだ。
緊張をほぐすためとはいえ、今の俺の格好は端から見たら、超絶リラックスした格好だ。
これはかなりの悪印象だろう。
そして、完全に叫ぶタイミングを逃してしまったな。
俺は姿勢を正し、なるべく相手を刺激しないように注意しながら、それに話しかけた。
「すみません、館の主様。どうやら道に迷ったようでして。帰り道を教えていただければ、すぐにでも出て行きますので、勝手に侵入した件、何卒ご容赦いただけないでしょうか。」
「………。」
返事がない。なんだ?やはり言語が通じないのか?
ルナの方を見ると、ソファーから飛び起きて、剣の柄に手をかけていた。
ルナのこの態度は珍しい。やっぱり危険な相手ってこと…だよね?
「ふむ。」
緑髪の魔物は、顎に手を当てて考え込むポーズを取った。
しかし、手も何だありゃ。人間の手じゃないぞ、真っ赤な鎖みたいな腕に黒い手のひら、そこに鋭い指が七本ついている。
「少女の剣士。黒髪の男。キリンの獣人。お前ら、クロスピースだな。フフフ。これは面白い。」
ぶわっとそいつの髪が逆立った。
それと同時にルナが剣を抜き、これまた同時にそいつの腕が俺の方に伸びてきた。
速いっ!
俺は即座に竜人化し、横に飛びのくと、今座っていた椅子が粉々になっていた。
「痛っ。」
気付けば、腕の一部がわずかに抉れていた。
物凄いスピードだった。
追撃に備え身構えると、いつの間にか、ルナがドリーを連れて俺の右側に立っていた。
「あいつ、ヤバい?」
横目でルナを見る。
「よく避けた。逃げるぞ。」
いつも飄々としているルナが冷や汗をかいていた。
手に持っているのも、いつもの双剣じゃない。あの聖剣だ。
まじか。こいつは本格的にヤバそうだ。
「次の一撃。俺が防ぐから、その隙にドリーを連れて、外に出ろ。後で俺も行く。」
コクリと頷いて、追撃に備える。
「……。」
しかし追撃はない。
何だ?
そいつは、俺の腕を抉り取った指先を眺めている。
「ふむ。黒竜の遣いよ。宿代として、この肉は貰うぞ。」
「え?」
「楽にしろ、もう用は済んだ。俺は二階にいるから、一晩経ったらここを出て行け。」
「出口は南東にまっすぐだ。ある程度行けばまた目印の光に辿り着く。」
そう言って、そいつは、一階の中央にある階段を上り二階へと上がって行った。
「おいっ!お前は何者だ??」
そう聞くと、そいつは答えた。
「我が名は、クロス=マーシャル=クローバー。安心しろ。読者を殺す趣味はない。」




