赤蟻
翌朝、俺は一階のロビーで朝食を食べている。
目の前には、お肉をむしゃむしゃと頬張るルナと、サラダをパクパクと食べるドリー。
幸せそうに朝食を食べる二人を見ていると、本当に食べることが好きなんだなぁとしみじみ思う。
ただ、俺はというと、あまり食が進んではいない。
ここの世界の料理はまずいという訳ではないのだが、大雑把というか、やはり前の世界と比べると物足りなさを感じでしまうのだ。
「久し振りにカレーライスとか食いたいなぁ。」
気づけばそんなことをつぶやいていた。
「カレーライス!?何だそれは。旨いのか?」
「俺の祖国の料理だよ。体にもいいし、めちゃくちゃ旨い!この国には色々な香辛料もあるようだから、キッチンとかが使えれば、俺でも作れそうなんだけどね。」
そういうと、二人は是非食ってみたいと目を輝かせてこっちを見てきた。
俺も食いたい…。
でも、キッチンとか借りれるものなんだろうか…。
ドリーに聞いてみたら、国の外れに貸別荘的なものがあり、そこでならキッチンは自由に使っていいとのことだった。
よし、ここは日頃の感謝の気持ちも込めて、一丁頑張ってみますか。
俺たちは宿で朝食を取り終えた後、さっそく貸別荘に向かい荷物を置いた。
見た目は、元居た世界で言うログハウスのような感じだ。
中をあれこれ探索していると、ルナはどうやら予定があるらしく、どこかへ出かけて行ってしまった。
ご飯時には帰るように伝え、俺はドリーと一緒に食材などの買い出しに市場に向かった。
ここ砂漠の王国の市場は、非常に大きいとのことなので楽しみだ。
さて、カレーに必要なものはなんでしょう。
カレールーなんてものがあれば便利なのだが、ここにそんなものはない。
なので、まずはカレー粉を作ろう!と思い6種程の香辛料を買いそろえた。
昔趣味でカレー粉作りは良くやっていたので、なんとなく必要な香辛料はわかったし、市場のおじさんに、こういう料理が作りたいと伝えたところ、それっぽい香辛料を提示してくれた。
あとは、肉と野菜、そして米だ。
肉は、ルナの好きな大鷲の肉を1キログラム。
野菜は、ゴボウみたいな形をしたジャガイモもどきと、ジャガイモみたいな形をしたニンジン、青色の玉ねぎ等。色々違うところはあるが、味の近いものをそろえていく。
米は、この世界にもちゃんとある。少しパサパサしてるけど。
そして、忘れちゃいけないリンゴと蜂蜜!
はぁー、楽しみになってきた!
しかし、この世界の香辛料は高いね!肉とか野菜よりもそっちの方が金がかかった。
カレーは庶民の料理と思ったが、この世界ではそうはいかないな。
まぁ、幸いなことに金はあるから、たまにはいいだろう。
その後、酒も適当に買い揃え、家に戻った時は、もう夕方近くなっていた。
しかし、日が落ちるのが早いねこの国は。
ドリーと楽しく会話をしながら料理をしていく。
鍋に、切り分けた肉と野菜を入れ油で炒め、水を入れコトコト煮込んでいく。
その間にスパイスを調合し、少し辛めのカレー粉を作成。
煮込み終わった後に火を止めて、カレー粉を投入し一煮立ち、最後にリンゴと蜂蜜を加えまた一煮立ち。
よし!色は真っ赤でちょっと怖いが、カレールーが完成した。
米も丁度炊き上がったし、後はルナを待つだけだな。
とその時、ドアノブを叩く音が聞こえた。
グッドタイミング!
「ドリー、ちょっと開けてあげてくれないか!」
「わかりました!ルナさーん、今開けますからね!」
そう言ってドアを開けたドリーの様子がおかしい。
誰かと何か話をしているようだった。
「ドリー、何かあったのか?」
気になって俺も玄関に行ってみると、そこには真紅の服に真紅のキャスケットを被った小柄な少年が立っていた。
男?だよな。金髪短髪で青い瞳。一見女と見間違う程の美少年だ。
ただ、ドリーを見るとガタガタと震えている。
なんだ?キリンは赤色が苦手とかあったっけか…。
「赤蟻……!」
ドリーが震えた声で言った。
「赤蟻?」
「赤蟻ビック=ガン。盗賊団黒影の副長です…。ル…ルナさんを出せと…。」
「おっ!お前もルナ=ウインドの仲間なのか?」
「ここにはいないって話だが、本当か?あいつはどこにいる?」
こいつが伝説の盗賊団黒影の副長?
とてもそうは見えない。
身長は低く、身体も小さい。はっきり言って弱そうだ。
「俺はミズキっていう。ルナとは一緒に旅をしているが今は出かけている。何か用があるなら代わりに聞くが?」
「そうか、いないのか…。いや何、うちとやり合おうっていう奴がどんな奴か気になってちょっと見に来ただけだ。しかしいい匂いがするな!これは何の匂いだ?なんか作ってたのか!?」
何だろう、こいつ敵だよな?
この前襲ってきた盗賊団の副長ってことは、ヤバいやつなのか?
ドリーはさっきからガタガタ震えてるし、うーん。
「今日はちょっとした祝い事で、俺の特製料理を作ってたんだが、腹減ってんのか?」
「減ってる!!食ってっていいか?」
いや、だめだろ。
「いやいや、お前敵だよな?なに飯とかねだってんだよ。帰れよ。」
「あっ、そういや敵だったな。まぁいいや。そしたら、お前ら倒して飯食って今日は引き上げるかな。」
そう男が言った瞬間、背筋に悪寒が走った。
野生の感とでも言おうか、こいつは危険だと身体が勝手に反応した。
俺は即座に竜人化し、全身を鱗で覆い、『何か』に備えた。
そして、男が近づいてきたと思った刹那、その『何か』は起こった。
気付けば、俺の身体は家を突き破り、国の外れにある森の中まで吹き飛ばされていた。
「つぅ…。」
起き上がろうとすると腹部に激痛が走った。
見てみると、鱗で覆われた腹部が陥没している。
「何だ?こりゃ…。」
何が起こったか理解しようと顔を上げ周りを見渡す。
するとさっきまで俺の居た家が豆粒みたいになっていた。
「まじかよ…。」
何とか起き上がろうとしたとき、何かが急速にこちらに近づいて来るのが見えた。
「ドーーーーーン!!!バキバキバキッ!!!」
進行方向にあった木々をぶち折り、俺の近くにあった大樹に激突したところでそれは止まった。
ドリーだ。
「ドリー!!!」
俺はすぐさまドリーに駆け寄った。
ひどい状態だった。ボロボロだ。
とっさに両腕で相手の攻撃を受けたのだろう、両腕はへし折れ、おかしな方向に曲がっている。
体中の傷もひどい。全身いたるところの肉が裂け血が噴き出している。
それに、背骨も折れているようだった。
「ガハッ、ゴホッ!」
ビチャッとドリーが血を吐いた…。
「ドリー!!!大丈夫か!おい!!」
大丈夫なはずがない。恐らくすぐに治療しなければ手遅れになるだろう。
早く教会に連れて行かないと。
「ミ…ミズキ…さん…。」
「ドリー!!喋んな!すぐ教会に連れてってやる!」
「ミズキさ…ん。それよりも早く逃げてくだ…さい。赤蟻…、あの男は…き…けんで…。」
そこまで言うとドリーは気を失ってしまった。
ヤバいな、急がないと…。
俺はドリーを抱きかかえ飛んでいこうとするが、背中がひどく痛い。それに翼が動かない。
それもそのはず、両翼ともボッキリと折れていた。
走って行こう。
そう決めて、一歩を踏み出した時、目の前に赤い服を着た男が立っていた。
「お前。硬ってえなぁ…。その姿、竜族か?」
「ふーん。居るんだな竜族…。なぁ、もうちょっと遊ぼうぜ!」
男は笑いながら近づいてくる。
「遠慮しといていいか。これからホームパーティなんで、あんまり汚れたくないんだよ。」
そう言うとニヤリと笑って男が近づいてきた。
どうやら逃がしてくれるつもりはない様だ。
やるしかないか。
俺はドリーを一度地面に置き、覚悟を決めた。
俺は近づいてくるその男に渾身の右ストレートを打ち放った。
竜の鱗で覆われた右拳の一撃を一切の加減無く顔面目がけてだ。
だが、その渾身の一撃は、男の左手で受け止められていた。
岩山を粉々にした右ストレートを避けるでも受け流すでもなく、ガッチリと受け止められた。
軽々とだ。
すぐさま離れようとしたとき、男の右拳が俺の左わき腹に突き刺さった。
バキバキと嫌な音がして、俺はまた吹き飛ばされた。
「いいパンチだ。」
左手をひらひらさせながら、男は笑って近づいてくる。
痛ってえ…。絶対肋骨折れたな…。
これって初めて折れたけど、わかるもんなのな…。くぅ…。
てか、いいパンチだってか…。
顔面吹き飛ばす位の覚悟で殴りかかったんだが、ありゃあダメだ。バケモンだ。
ただ、諦める訳にもいかない。
こいつを急いで倒さなきゃドリーが死んじまう。
もっとだ。もっと力を…。黒竜は最強の種族なんだろ?
きっともっと強い力を出せるはずだ。
もっと、もっともっともっと!!!!
俺は強く強くそう念じ、再度右拳を握りしめる。
そして、渾身の右ストレートを振り抜いた。
「何度やっても同じだ。」
男は笑っている。そしてまた左手で軽々と俺の拳を受け止めた。
「ザシュッ」と男の左手を突き刺す音がした。
見ると竜の爪が俺の右拳から生え、男の左手を貫いていた。
ざまあみやがれ馬鹿野郎。
と男を見ると、嬉しそうに笑いながらこっちを見てきた。
楽しそうに楽しそうに俺を見て笑っていた。
ゾクリとした。俺は直ぐにその場を離れようとしたが、男はそれを許さなかった。
突き刺した男の左手が俺の右拳をがっちりと掴んでいた。
そして、男はナイフを右手に取り、俺の右腕を切り離そうと振り被った。
赤い炎のようなナイフだった。
ヤバいと思うと同時に、そのナイフを見て、俺は瞬時にある行動に出た。
思い出したのだ。
「焼き消えろ……。」
「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!」
俺は、男に向かって火を噴いた。封印していたスキル『焼き尽くす息』だ。
「やったか…。」
目の前にあった森はすべて跡形もなく焼き尽くされていた。
男も跡形も残らず消えていた。至近距離で、しかも左手を爪で突き刺していた密着状態で噴いたのだ。
随分この辺り一帯の地形を変えてしまったが、これで何とかなっただろう。
俺は安心して尻餅をついた。
右手の爪には、突き刺した男の左手が千切れてくっついていた。
「うわっ!」
俺はグロテスクな手を振り払い、ドリーのところへ駆け寄ろうとしたとき、後ろから声がした。
「お前、面白いやつだな。火も噴けるのか?」
嘘だろ?
振り返ったその先には、片腕の千切れた赤色の男が立っていた。
「さあ続きをやろうか。面白くなってきた。」
そう言って男が笑う。
もう一度火を噴いてやろうと思ったが、上手くいかない。ガス欠だ。
それに気づけば竜人化も解けている。
ふぅ。ヤバいぜ神様。まさに絶体絶命ってやつだ。
それでも俺は、立ち上がり腰に差していた曲刀銀月を構えた。
とにかくドリーだけでも何とか助けないと…。
そのためにできることをやってやる。
そう思い睨み付けたその先の男は、俺の姿を見て、悲しそうな顔をした。
「サヨナラだ…。楽しかったぜ。ミズキ。」
とても綺麗な声だった。
とても綺麗な目でそんなことを言いやがるから、ああ、俺は死ぬんだなってよくわかっちまった。
異世界で、伝説の盗賊団の副長に一矢を報いた男として、クロス=マーシャル辺りが本にでもしてくれるかも知れないな…。
そう考えると少し笑えた。
ドリー悪いな…。先にあの世で待ってるぜ…。
ルナ、お前は長生きしそうだな。っていうかマジでお前どこ行ったんだよ。
馬鹿野郎、用心棒が仲間を守らんでどうするよ。
はぁ、死ぬんじゃねえぞ…。
そう思い目を閉じたその時、
「ズガアァアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!!!!」
と凄い音がした。
眼を開いたら、俺と男の間の大地が切り裂かれていた。
ったく、おせーよ。
こんなことができるのは、あいつだけだ。
斬撃の出どころに目をやると、金髪の少女が背中の黒剣を抜いていた。
ルナだ。
「悪いな、二人とも。遅くなった…。」
「ったく、門限を守れなかった悪い子は罰として晩飯抜きだ…。」
そう口にしたとたん、俺の意識はそこで途絶えてしまった。




