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第36話 気づけたか?依存に

 食後にコーヒーくらい飲みたいと咲恵がいうので、コーヒーを飲んでいると、その咲恵が何かに気がついた。

「ねえ、気づいてなかったんだけど……、あそこにいるのって……」

 と声を潜めて言いながら、手をテーブルの上にのせてある方向を指した。

 なんでそんな声量と指し方?

 そう思いながらもその方向を見ると、そこには理久がいた。

 腕ごと水平に指で指さなかったのは、目立たないようにしてくれたのかな?

 こちらからみると後ろ姿の理久は、腕の動きから食事中のように見える。

「理久……」

 思わず声に出てしまった。

「あれ?理久くんだけ……?」

「え?佐々木さんいないんですか?取りに行ってるとかでもなく……?」

 しかしテーブルには1人分の食事しかのっていないし、スマホなどの身の回りの品も、なにも置かれていない。

「理香。今チャンスなんじゃ無いの?」

「そうですよ理香先輩、今直接行くしかないですよ」

 2人は小さな声で私に行くようにと促してくる。

 元の作戦と全然違うけれど、そもそも状況が想定外だもんね……。

 私はカップに入ったコーヒーを一気に煽った。

「熱っ!」

 言葉に出るほどの熱さと、コーヒーの苦みが私の気を引き締めてくれるかも……、そんな気持ちで一気に煽った。でも、食道を流れる熱い塊が、むしろこれからが正念場だと訴えているみたい。

 いっそ涙巻きでも口へ放り込みたい。

「理香先輩?」

 その様子を見て、綾ちゃんが心配そうにしている。

「……大丈夫。理久の所へ行ってくるわ。咲恵、もし理久が逃げたら邪魔するか、捕まえるかしてくれる?」

「理久くんが本気で逃げたら防げないと思うけど……、分かった」

 私は立ち上がり、理久の元へと近づいていく。

 まだ理久は私に背を向けたまま。

 このまま近づいて真後ろから声を掛けよう。

 歩みを進める。席1つ分……、いや、1歩近づくたびに心臓の鼓動が大きく、早くなっていく。

 このままでは、食事会場の喧噪が、自分の心音にすべてかき消されていってしまうかもしれない。

 そんなことを考えていると、私は自分がどれだけ、どこを歩いているのかも曖昧になり、歩きすぎてしまった。

「お姉ちゃ……、あ。姉貴?」

 自分の後ろから、理久に声を掛けられた。

 あまりの緊張に、振り向けない。

 後ろで理久が椅子を引く音がした。立ち上がるの……?えっ逃げるの?

 逃げたらどうしよう、早く振り向かないと……。

 もし逃げたら咲恵、綾ちゃんお願い……!

 そんなことを、考えていると——。


 ——朝。目が覚めると今日も隣では同じ布団で詩織が眠っている。

 俺は、この人がいないと。

 いやこの人は、俺がいないと……?

 そう考えていると、何かぞくりとして、慌てて布団から出てリビングへ移動した。

 この旅行まで、これまでには無かった期間、姉貴とは接触しないようにしていた。

 詩織が、そうしろって言っていたから。

 口調もそう、一緒に寝るのも、呼び方も。

 この旅行が始まって、久々に姉貴を何度も見た。

 そうするとなんでだろう、違和感を覚える。

 この急に変えられた全てに。

 そもそもなんで言われるがままに従っていたのか。

 あれだけ浮いていても続けた陸上もやめてしまって。

 ……考えても仕方ない、ご飯でも食べよう。

 思い立つがままに詩織を放って朝食の会場へと向かい、中に入った。

 すると姉貴が居た。姉貴だけじゃない、咲恵も居た。

「楽しそうだな」

 おかしいな、俺も理香のころ、楽しかったよね?

 その頃のお兄ちゃん、別に辛くなかったよね?

 じゃあ今の俺は?

 適当に食事を手に取り、テーブルへ運び、いただきます。

 詩織がいないと食事中にも考え込んでしまう。

 何かに引き寄せられるように、その詩織の側にいるけど、楽しいかと言われると、過去経験した楽しさは無い気がする。

 詩織と一緒に、いると良いことはある……。良いこと?

 それは姉貴……、お姉ちゃんや咲恵のような長い付き合いを捨ててまで大事にすること?

 その時、既視感のある人影が横切った。

 顔をあげると、お姉ちゃんがいた。

「お姉ちゃ……!」

 違う、姉貴だ。

「あ、姉貴?」

 とてもわざとらしく、疑問を持った呼び方をする。

 お姉ちゃんだって分かってるけど、最近冷たくした……。あれ?今はどうして普通に出来るんだろう?

 呼んだはずのお姉ちゃんは立ったまま硬直している。

 話がしたい。

 頭でそう思うよりも先に、体が動き立ち上がり、お姉ちゃんの腕を手に取っていた。

「お姉ちゃん!」

「えっ、理久!?」

 その相手は硬い動きでこちらに振り向いた。

 ああ、なんだろう。久々にお姉ちゃんを見て安心できる。

 昨日は、お姉ちゃんを見て安心してはいけない気持ちになった。

 そうしてしまうと、詩織が離れてしまう気がして。

 離れてしまうと何がダメって……。良いことがなくなるから。

 あの全ての嫌なことは一度しまい込んで、ただ安心と暖かさを得られる瞬間のために。

 でもそれは……。

「お姉ちゃん……。話がしたいんだけど、2人で」

 できれば絶対に誰も来ないところでしたい。

「理久……?」

 お姉ちゃんは不思議そうにしている。

 そりゃそうだ、きっとお姉ちゃんからすると俺はあまりに豹変していることだろうし。

「……まあ、私も理久に話があったから、ちょうど良いんだけど」

 そうなんだ?

 でも場所どうしようかな。

 ……そうだ。

「お姉ちゃん、貴重品は今持ってる?スマホとか財布とか」

「あるけど」

「じゃあすぐ出よう。詩織が気づく前に」

 このリゾート施設の外へ出たら、鉢合わせる可能性は下がるだろう。

「まってよ!オシャレが完璧じゃ無いんだけど?」

 そんな言葉が出てくるお姉ちゃん、お姉ちゃんになって良かったと思うよ。

 でも今日は。

「我慢して」

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