第32話 委ねられた、他者の命運
「あ、理久~。その肉焼けてるよ」
「ありがとう詩織」
とりあえず忘れてって、目の前に居るのにそんなわけにいかないよね。
「か、川田さん!これ良い肉やけてますよ、どうぞ!」
で、私は知らない男子に肉貢がれているという。
沢山もらってもそんなに入らないんだよね……。体も小さいし。
「清水くん、食べる?私はそんなに食べられないから、ゆっくり食べたいんだ~」
「え?いいの?もらうもらう。男子高校生はいくらでも食べられるからね」
いや、どうかな。個人差あると思うし、運動部でもないのにそんな食べ方してたら太るよ……。
私が清水に肉を渡そうとすると、先ほどの男子が血涙でも流しそうな目線で清水を睨んでいた。
そうだよね、きっとこの肉には肉だけの価値じゃ無い、あの子の気持ちが入ってるよね。
「ごめん、清水くん。やっぱり私が食べるね。ちょっと後でになると思うけど」
「あ、ああ。別に良いけど」
気持ちは無下に出来ない。
「あなたが、川田理香さん?」
そんなことを考えていると、大人びた声で話しかけられた。
「はい?そうですけど」
声の方を向くと、180センチを超えてそうな長身の女性が立っていた。
「ごめんなさいね、岐美がこんな大規模な旅行なんか誘って。しかも女の子まで」
岐美って、たしか多賀先輩の名前だったような。……えっ!多賀先輩のお母さん!?
「いえいえ!こちらこそこんな凄い所に連れてきてもらって嬉しいです」
「だったら良いのだけれど、正直私たち両親にも考えられないお金の使い方しているし……、大勢の人を呼んでいるし。本人は大丈夫っていうのだけれど、せめて大学生になってからにしたら?とは思うのですけれどね。普段から何考えてるかもわからないし……」
あ、親から見て先輩はちょっと異質なんだ……。
「あ、そんなことが言いたいのでは無くて、そんな岐美が最近よく貴方のことを家で話すから、気になっていたのよ」
先輩が、私のことを?
「理香の何を!?」
「なんて言ってるんですか!」
急に両耳の側で別のことを話されて耳が痛いのだけれど。咲恵と綾ちゃんが会話に食いついてきた。
「最初は可愛くて一所懸命な女子がいるって言ってたわ。でもあるときそれが『凄く可愛く』に変わって……、思考が似ているとか、趣味も似ているとか」
それは、以前の理香と、私の違いじゃないだろうか。
「でもあるとき『あの子のことは保留だ』って言い出して。何様のつもりとは怒ったのですけれど、ごめんなさいね?それが言いたかったの」
保留……。ということは、あの後先輩は考えて保留……。つまりまだ可能性はあるということなのでは?
「いえ、それは良いことが聞けました。ありがとうございます」
「そう?ならよかったわ?これからもよろしくしてあげてね」
「こちらこそ」
そう言って先輩のお母さんは別の場所へ移動していった。
さて、せっかくの機会だし、普段話さない女子と話そうかな。男子はいいや。
「咲恵、あの生徒会の集まりっぽい女子に、2年生っている?」
「え~っと……。うん、半分くらいは2年だよ、なんで?」
あれ、分からないかな。
「ほら、私って、アレじゃない?」
「理香先輩、『アレ』って言うとなんか残念な子みたいに聞こえますよ」
いや、そうじゃなくて。
「ああ、うんアレね?理久くんと理香の」
「うん、そう」
……多分通じてると思う。
「だから……、というかそもそも私も理久も元々1人が多かったから、学校内に友達とまではいかなくても知り合いすら少ないんだよね」
だから、理久も苦労しているのだろうと。……もっと清水を頼れば良いと思うけど。
「あ、だから女子の顔見知りを増やそうって?……まあ今日居るメンツくらいしか面識ほぼないもんね」
「……そうなの」
ちょっと、綾ちゃんも首をうんうん縦に振ってるけど……。普段1人なの?
「それで今日居る女子に話しかけようって?……先にクラスメイトと交友したら?」
やっぱり、そう思うよね?
「……クラスメイトだと、人数多くて圧倒されちゃうじゃ無い」
「理香、そんなに人付き合い苦手なの?」
「割とね。緊張するし、間違ってないかとか凄く気にしちゃう」
そう言った私にあわせて、また綾ちゃんが首を縦に……。
「理香もそうだったのかなあ……。あ、理香じゃなくて理久くん。もう!ややこしいなあ」
文句は私じゃなくて神様に言って。
「理久は違う……、と思う。目の前のことに夢中すぎるだけじゃないかな。……多分だけどね。もう理久のこと分からないの、私には」
その理久の方をみると、飽きもせずに佐々木さんとイチャイチャしている。あ、海に向かっていった。
「理久くん達、元気だねえ」
「私たちもちょっと海行きます?」
綾ちゃんがそんな提案をするなんてちょっと意外だけど、結構周りも食べるのは休憩などと言いながら海に向かったり砂浜を走り回ったりしていた。
「行こっか」
といっても夏とはいえ夕方、昼に比べると水温も低い。あまり深くは入らないようにしよう。
そうして海へと足を踏み入れたとき、視界は暗転した。
——これは!
「やあ理香、楽しそうに女の子していて元に戻した甲斐があったよ」
「理香、お久しぶりですね」
嘘でしょ……。
もう会うことは無いだろうと思っていたのに、目の前には性別の神様が。
「な……、なんのご用でしょうか?」
「お前に決定権をやろう」
「それだけでは伝わりませんよ」
いや、本当に。なんの決定権なのよ。
「理久だよ。あれも男の子を楽しんでいるようだねえ、そう性的に」
なんのこと!?
「ええ、まさか早くも性経験をするとは意外でした」
——!
……やっぱり、そうだったんだ。佐々木さんとのやりとりを見て何となくそんな気はしていたけど。
「しかし、その前に理久は前の性に戻りたいとも思ったようだな。そこで、元に戻しても面白……。いや、いいかと考えたんだが、経験をしたとなると、もうあまり時間が無い」
「え、経験するとそちらの性に固まったりとかですか?いえ、そもそも間違いはたださないといけないとか、以前は言ってませんでしたか?」
「ええ、性経験はその性でしか得られない大きな経験であるので、そこを経験した状態で変えるのはリスクがあるのです。だけど、今ならまだ……」
「だが間違いは正されるべき、間違いない。——が、少し想定より理久が酷い故、まあ……、神の気まぐれな優しさみたいなもんだ。と、こいつが言っていた」
と、男性の神様は女性の神様を指して言った。男性の神様は面白さ重視なのかな……。
女性の神様が続けた。
「そこで、貴方に理久を女性に戻すかどうかを選ばせてあげましょう、というわけです」
理久を、女に……?
「あの、その場合私はどうなるんでしょうか?」
私が不安げに問いかけると男性の神様は表情を緩めた。
「安心しろ、そのままだ。お前にはあまりにその性が合いすぎていてどっちにしても面白みがない」
……神様の基準って面白いかどうかだけなの?
「もう1つ良いですか、なぜ私が選ぶんですか」
「面白いからだ」
…………。
「それだけでは無いですよ?今の理久は、正常な判断ができないでしょうからね」
つまりあの理久の状態はやはりおかしいのか……。
「今すぐの回答が必要ですか?猶予欲しいのですが」
「……面白みがないな」
ダメなのかな……。でも私の一存で理久のこの先を決めるなんて私にはとても……。
「貰えないなら女性に戻す選択はしません」
「ふむ、なら猶予をやろう」
……つまり変わった方が面白いと思ってるのかな。
「理香、私はそこまで面白さなんて求めてませんので、猶予は40時間後……、明後日の9時です」
「待て、熟考させた方が面白みが……」
「私は、面白みは別にいらないと言っているでしょう」
女性の神様が、男性の神様が言いかけたのをシャットアウトした。
今、この神様の力関係が見えたような……。
「では理香、40時間後にまた呼びます。そのつもりで……」
私は、40時間の間に理久から本音を聞き出すことが出来るだろうか?
これは逃げ出すわけにはいかない……。神様の前から去る暗転の中で、私は決意した。




