第30話 エンジョイ・リゾート(3)
「キャー!」
咲恵の声があたりに広がる。
それからもしばらく海で意味なくはしゃいでいたのだけど。
なんだろう、その咲恵の声が先ほどまでより小さく?遠く?聞こえる。
「理香先輩、あそこまで泳ぎませんか」
そう言って、綾ちゃんは遊泳可能エリアを示すブイを指した。
え、綾ちゃん泳げるの?
「あ、うん、いいよ?」
……浮き輪つけてなら。
綾ちゃん泳げるんだ、意外だなあ。
あれ、さっきも同じこと思ってたかも?
「咲恵も泳ぐ?」
「え、もう泳ぎ始めてますよ?」
と言って、綾ちゃんが示す方を見るけど、咲恵どこ?
「なんだか人がいっぱいで、誰が咲恵かわからないよ?」
「え?先輩何言ってるんです?向こうの方って3人くらいしか居ませんよ」
えぇ、7人?9人?くらい居るように見えるんだけど……。
「——!川田さん!」
急に多賀先輩が私の両肩を掴み正面を向かせ、目の前で指を何本か見せてきた。
あ……、これは私もしかして。
「すごく太い、親指より太い1本に見えますけど、まずいでしょうか、これ」
私がそう言うと、多賀先輩は短く肯定した。
「すまない2人とも川田さんを涼しいところへ連れて行ってくれないだろうか?たぶん熱中症の可能性がある」
「そういえば、全然休憩もしてませんでしたしね。水の中とはいえ炎天下だし……」
そういって空を見上げる綾ちゃん、それにつられ私も上を見ると、そこには雲1つ無い青空……。
——バシャーン!
あっ……!
またひっくり返っちゃった……、あれ、ちょっと?
私はもがくがうまく立ち上がれない。こんな膝丈くらいの浅瀬で溺れるのとか嘘でしょ!?
慌てることで、ぼーっとしていた意識が鮮明になってくる。
——ザバァ……。
「大丈夫!?」
誰かが腕を引き上げてくれた。咲恵と綾ちゃんかな。もう倒れないようにその体に身を預ける。
「ちょっと、川田さん、それはまずいよ!?」
えっ、あ……。
「ご……、ごめんなさい先輩。さ、咲恵、綾ちゃん。肩貸してくれる?」
「あ、うん」
今度は綾ちゃんに体重を預けながら私は冷房の効いた更衣室へと向かった。
咲恵は……?
「大丈夫そう?」
長椅子で横になっている私の隣で、咲恵がずっと心配そうに座っている。
私は疲れてもいたのか横になっただけで、とりあえず息は整った。
呼吸が乱れていたことすら、整ってから気がついたんだけれど。
「ごめんね、理香はあまり体力ないもんね……。自分だけ考えてたよ」
「そんな、私が気づければよかったんだから自分を責めないで」
「そう……?あ、そうだ。あと少ししたら、綾ちゃんが飲み物持ってくると思うから」
そういえば一緒に連れてきてくれた綾ちゃんがいない。
「綾ちゃんにはスポーツドリンクと水をお願いしたから、両方全部飲んでね」
……全部?
「全部って、1リットル以上あるよね?それを飲むの?」
「飲んで」
私はじっと咲恵を見つめる。『無理でしょ』って目で。
「…………飲めるところまででいいか」
「うん。あ、そういえば咲恵ってなんか居なかったような?」
咲恵と綾ちゃんに声掛けたはずだったんだけど、綾ちゃんしか肩貸してくれなかった……。
「え、だって。私は結構もう離れたところまで泳いでたからさ、それでも変だなって気づいてから急いで戻ったんだよ」
そういえば、そうだったっけと考えていると、扉の開く音がした。
「あの時は理香先輩、ぼーっとしてましたからね。誰が溺れてるところを助けてくれたとかも、覚えてないんじゃ無いですか?」
そ、それは覚えてる……!
先輩の顔が目の前にあって、体も密着しちゃって、こんな薄着なのに。
「あ、これは覚えてるね」
「ですね、顔見たら一発でわかりますよ」
え?どんな顔してるの、私。
「顔が赤いし、ちょっと嬉しそうですよ。はい、これ飲んでください」
綾ちゃんはそう言って私にペットボトルを開けてから渡してくれた。
私は体を起こし、礼を言ってから一気にそれを飲んだ。
——!?なにこれ、この、繊維質な飲み心地、軽い酸味や苦みと甘みが舌の上を通り抜けていく味、鼻に抜けるレモンと青い匂い。
「ゴフっ」
思わずむせてしまった。
「な、何これ!?」
「飲むとは思いませんでした……」
「体調不良だって言ってる相手に何やってんのよ綾ちゃん……」
咲恵も呆れ、いや怒っている。
で、これはなんなの。
「『小松菜サラダ・サイダー、~レモンドレッシング味~』?」
……。
「それ、私は好きなんですけど、渡したらどう反応するかなって……」
「だから、体調を崩して寝てる相手に試すことじゃないよね。せめて私にやりなさいよ」
「ごめんなさい……。はい先輩」
次に渡されたペットボトルは、間違いなくスポーツドリンクと水だった。
とりあえず水を。
「あ、理香、あとで喉渇くから先にスポーツドリンク飲んだ方が良いよ。水分不足だったらスポーツドリンク2本頼んだんだけどね」
そうかなあ……。私は後口に味が残ってる方が良いけど。
「まあ、一応現役運動部の言うことだし従うかな」
「一応は余計だよ!……ところで理香、さっきまた多賀先輩に心ときめいてたでしょ」
「ゴフっ。ちょっ、ちょっと、静かに飲ませてよ」
ドキってさせられることを言われては飲めるものも飲めない。
「藤島先輩も、そんな話体調不良の人相手にするのは酷いんじゃないですか?」
「だって~。先輩も綾ちゃんも、理香に意識させられてるの、ずるいよね」
咲恵はそういって落ち込む。それに対して綾ちゃんが何か言いそうだ。
けれど、私は気にせずにスポーツドリンクを飲み続ける。
「まあ、先輩も『そう』なの、私は気づいてますけど……」
そういって綾ちゃんと咲恵は私をチラりと一瞥。
スポーツドリンクはあと一口。
「……なあに?」
「なんでもないですよ」
「なんでもないで~す。ちゃんと全部飲んでくださ~い」
2人とも何もないと言う。
その一口を飲み終え、ちょうどスポーツドリンクを飲み終えたころ、咲恵は私に声を掛けた。
「いや、もう言っちゃおう」
「えっ!今ですか?」
その咲恵の言葉に綾ちゃんは驚く。一体何を。
「私……」
「あー!だめだめ!だめですよ今はダメです!!」
「もごもごも……!」
綾ちゃんは咲恵の口を塞いでそれを拒み、咲恵になにやら耳打ちした。
「……そうね、綾ちゃんがそういうなら、そこまで待つわ」
待つって、何をするつもりなのだろうか……。
私にはその中身も、時期も分からなかった。




