第7話 ここから先は、新しい人生
寝入ってからどれくらいなのか、分からない時間に。
「こんばんは」
また双子の神様が現れた。今回は性の神様が居ないからか妙に恐れている様子もないみたい。
「明日から、それぞれの性で生活できそうですか?」
それぞれ?隣を見るとお姉ちゃんが寝ている。ちょっ……神様の前だよ!
「お、お兄ちゃんじゃないお姉ちゃん起きて!」
慌てて話すとまだ慣れてないからかお兄ちゃんと言ってしまった。
「ううん……?なんだ、理香?……うわっ」
お姉ちゃんも寝起き(?)で慌てているのか理香と呼んできた。
「そのそのままでは、まだ問題ありそうですね」
「そう、ですね。私も自分や、互いの呼び方、あとは口調に自信が……」
お姉ちゃんがスムーズに私と言った!?
「ですよね。そこで私がやってまいりました!」
神様暇なの?
「例えばあなたたちが新しい性に感じている違和感を取り除くとかどうですか?」
「いらないことしないでほしい」
お姉ちゃんからは冷ややかな目。
「まあ、確かに俺も……それは特にいらないかなあ」
そんなのは時間が解決してくれると思うし、男っていうのは俺に合っていると思う。
「ふーむふむ、なるほど。でも果たして本当にそううまくいくでしょうか。性が違うんですよ?同性と意識せずに友人関係を築けますか?異性と恋仲になる想像はできますか?」
「それは、今の状態から見てってこどだよな?」
お姉ちゃんの眉間のシワが寄り、眉は下がった。ああ、想像しちゃったんだね、男子と恋仲ということを。
「どうです、まだ受け入れられないのではないでしょうか。そこで私の出番です。その意識の壁をなんとなく取り除いてあげましょう」
「いりません」
「いらない」
姉弟揃って即答。
「ふぇぇえええええええ。なんでえぇぇぇ……」
なんでって、絶対この双子の神様の管轄じゃないでしょそれ……。
「……なんでって、それが分からないから、ポンコツとか言われていたんだろうなあ」
おそらく同じ考えのようだ。でもあまりにも露骨に言いすぎでしょお姉ちゃん。仮にも相手は神様なのに。仮とか言っちゃった。
「ま、まあ。そういう事で。そういうのいらないので。お引き取りください」
そう言うと神様は、グスグス鼻をすすりだした。泣いてる!?神様ってこんなに感情的なの?
「絶対後悔するんですから……ぐす。後になって頼み込んでも絶対、絶対何もしてあげませんからねーだ!」
この神様に頼るくらいなら、何か関係しそうな神を祀っている神社に行ったほうが、いいような気がする。
暗転して言う意識の中で、お姉ちゃんが『恋か……』と呟いていた。
アラーム音で目が覚める。
スマホスマホ……。手探りで掴んだスマホを適当に触ってみるが止まる気配がない。渋々目を開けると、そこにはお兄ちゃんのスマホ……。なんで……っていうかうるさいから早く止めたい。あ、お姉ちゃんだ!っていうかこれ私じゃない俺のスマホだ!
寝起きでは流石に新しい状況ですぐに脳が働いてくれないようで、完全に混乱してしまった。
――ガチャリ。
扉の開く音と。
「理久!いい加減起きなさいよ!」
お姉ちゃんが起こしに来た声。お姉ちゃん、口調がすごいお姉ちゃんっぽくなってるけど、意識してるのかな。
勉強机の上に置かれていたらしいアラームが止められ、平穏が訪れた。まぶたが再び重くなり、夢のなかへと……。
「あうっ!」
痛みを感じて目を見開いたら、蹴られていた。
「起きなさいよ」
「お姉ちゃん……。パンツ見えてるよ……」
しかも生パンじゃん。
本人はどうでもいいとか言ってるけど、良くないよ……。口調だけじゃ女の子にならないね。
「上から何もはかないの?」
「制服のスカート履いてるでしょ?」
濃紺のチェック柄を翻して見せてくる。それはわかってるんだよ。
「スカートの中が見えちゃっても大丈夫なように、見えてもいいのを履くんだよ。パンツ見られてもいいならいいんだけど、普通は恥ずかしいから履く」
「あったかなあ……。見てくるわ。あ、起きて用意するのよ」
「う、うん」
お姉ちゃんの口調が完璧すぎてついていけない。この一晩で何があったのだろう。
ひとまずトイレに行ってズボンとパンツをおろして腰掛ける。俺の家は二階にもトイレがあるので楽でいい。
尿意のままに放尿しようと……んんんん!?アレの先がすごくこっち向いてる!
いやもう出るって!とりあえず手でねじ込み、えーなんか昨日お風呂入ったときより大きくて触りたくないよぉ。
ええ、しかもねじ込めない……無理に押したら折れるんじゃないのこれ。
とりあえず情けなくも手で受け止めて、手も下腹部も尿まみれになってしまった。はぁ、何が正解だったんだろう。
洗いたいけど、とりあえずどうしようもないのでお姉ちゃんを呼ぶことにする。
「お、おね~ちゃ~ん」
3回くらい呼んだらお姉ちゃんが来た。
「何……うわっ……」
「助けて……」
「タオル濡らして持ってくるわ」
マジで泣きそう。
「まあ、いずれは経験することだけど……手で抑えちゃったか……」
濡らしたタオルを受け取り、手から拭いていく。お姉ちゃんが対処方を説明してくれるという。
「あくまで私がそうだっただけで何が正解かはわからないけど。お尻うかして前傾姿勢になって先を収める感じかな。思ってるより奥に入れたほうがいい。その時は勢いが強くて手前なんかに当てようものならすごい跳ねるから」
以前なら知りたくない知識だけど、今後は重要なんだろうな。
「あと間違っても、諦めて立ってやらないように」
「え?めっちゃスマートじゃん。駄目なの?」
「お母さんにとても怒られた挙句、トイレ掃除を命じらることになる」
それは、嫌だなあ……。
「拭いたら早く着替えて降りてきてね、もうご飯の用意できてるから」
「え、タオルは?」
片付けてくれないのかな。
「イヤよ、自分で始末して!そんなの触らせる気?」
ごもっともです。逆なら絶対イヤ。
ところでお姉ちゃんの口調が女子すぎて不気味。意識するとかいうレベル……?
ひとまずタオルはトイレに放っておき、部屋に戻って着替えた。タオルを回収し、風呂場で水洗いして洗濯機へ。
リビングへ行くともうみんな揃っていた。お姉ちゃんはテーブルの席からテレビみてる、お母さんは新聞読んで、お父さんはキッチンで……何もしてない。
「おはよう……」
朝の挨拶をすると全員から返ってくる。挨拶はするのも返すのも忘れずべからず、だ。
「パン焼くぞー」
お父さんはパンを焼くために待機していたようだ。
改めてお父さんを見ると、今の俺の容姿に似ているかもしれない。男だからというのもあると思うけれど、前より全体的にそんな感じがする。お姉ちゃんもたぶん同じようにお母さんに近くなってるんだろうけど……。お母さんちょっと大きいから全体的に……その、丸いというか、そのせいで違う感じ。
そういえば髪の色は以前のままだ。お父さんはちょっと茶色掛かっていて、お母さんは漆黒に近いけど質がいい感じに対して、俺は茶色。お姉ちゃんは黒。以前のお兄ちゃんも黒。俺も同じように前から茶色。
そういう遺伝的なことは以前のままなのだろうか。
家族をぼんやり見ながらそんなことを思っていると、パンが焼けたようだ。
全員揃って「いただきます」と言って食事が始まる。高校生の子供と両親の家庭にしてはこのあたり珍しいのではないだろうか。以前の俺は朝練に行っていたのでこの時間既に居なかったけれど。
「そういえば理香、今日朝練はないのか」
父さんが聞く。お姉ちゃんは少し言いづらそうにしている。俺が代わりに言ってあげよう。
「お姉ちゃんは昨日から体調悪いみたいだよ」
「そうか、大丈夫なのか?」
「あ~」
お父さんは心配そうにしているが、それでも言いづらそうにしている。
「あの、私部活やめようと思って……。運動部じゃなくて、文化部にしようかな、とか……」
それが言いたかったのかあ。
「あ、俺も、陸上部入ろうと思ってる」
便乗しておこう。
「なるほど……。俺としては理香は好きにしたらいいと思うんだが、幸はどう思う」
「私もそう思いますけど、でも理久はねえ」
えっ、俺だけだめなの?なんで?
父さんはまずお姉ちゃんに向かって話しかけた。
「そうだな。理香は勉強もできるし、まあ、運動は残念なのもあるしで、陸上やめるのは何も反対しない。好きにしなさい」
次に俺だ。
「理久は、勉強出来ないのに、ただでさえその時間が少なくなる運動部に今から入るのは……」
そういうことかー!そこの認識逆になるのか、もともとお兄ちゃんは勉強ができていた。つまり理久がと思ったけれど『中身』が勉強できるわけで、つまり理香のが勉強できるようになっていると。
しかし引き下がるわけには行かない。
「べ、勉強するから!テストでも赤点取らないように頑張るし!」
「それは志が低くすぎない……?」
「理香もそう言わずに。理久が勉強もするって言ってるならやらせてみたら?駄目っていうよりマシかもしれないわ」
「まあ駄目で元々か……」
みんな酷い言い草じゃないか……。
何はともあれ、陸上部に入るのは良いとされた。
「行ってきます」
「行ってきます」
二人揃って登校なんていつぶりだろうか。以前の理香が陸上を始めてからは無い気がする。
しかし、スカートはなんだか落ち着かない。足元がふわふわした感じで、ついつい上から裾を抑えてしまう。
「落ち着かないんでしょ」
「うん、そうね。スカートに慣れるのにはどれくらいかかるのかな」
「あ、お姉ちゃんそれ!その口調!なんでそんなに完璧になってるの?」
ああ、それか……。
「徹夜で練習したから。でもだめだね、口調だけでは繕えない。今朝の見せパンにしろ知らないことが多分まだたくさんある。知識や行動が、そして多分考え方まではすぐに変えられないや」
「徹夜ってどれくらい?」
「どれくらい?徹夜って言ったら寝ずに過ごすことでしょ」
理久が立ち止まって、厳しい顔つきでこちらをみてくる。
「だめだよお姉ちゃん、そんなことしちゃあ……」
「そりゃ眠いけど、早く慣れないとまずいでしょう」
私の言葉に、まだ難しい顔をしている。
「でも、肌とかによくないよ。せっかく可愛いのに」
「弟に見た目誉められるって、客観的に見たら姉弟の仲よすぎじゃないか。逆の立場でそんなの思ったこと無かったよ」
「俺は活発系女子で、そういうのあまり気にしてなかったから。いや全くってことはなかったし、好みの服装とかはあったけど、どっちかといえば必要最低限。むしろ身だしなみ?」
この感じだと、男は何もしなくても良くて楽、とか思ってそう。そんなこと無いのに。
「理久」
そうこうしていると駅についた。改めて理久に言っておいたほうがいいと思い声をかけた。
「これから電車に乗ったらきっと同級生や友達に会うと思う。降りた後の登校、学校についたら、教室についたら。徐々に知り合いに会う可能性が上がっていくと思う」
「うん、普通だね」
「でも、それはきっと理久の知り合いじゃないかもしれないし、ましてや友人であることはないと思うの。共通の友人って居たと思う?」
「咲恵は中学から一緒だから知ってるでしょ?あとは友人ってほどじゃないけど、小学校からずっと同じだった山本さん、清水くん、田上くんあたり?」
「清水は理久にとっては友人。藤島さんは私にとっては知ってる人くらい」
理久はそんなこと無いとか細かいところに文句を言っているけど、大事なのはそこじゃない。
「だったの。ここから先、咲恵は私にとっては友達。どういうことかわかってる?私が徹夜したのもちょっとは分かるでしょ」
理久という個は理久のまま、理香も同じくである以上、そこに違和感を感じさせるような言動は避けないといけない。せっかく神が辻褄を合わせてくれたというのに台無しになってしまう。
「理久は口調も変えられていないし、そのままだとすぐボロが出そうで心配。だから今改めて話をしたの」
「このタイミングで言われてもすぐ変えれないよ……」
「ま、せめて気合入れていけってこと。この先は新しい人生、くらいの気持ちでね」
そう言って自動改札を指さし、私は歩き出した。理久への忠告は自信への言い聞かせる意味もある。
「うーん、改札が人生の切り替わる境界かあ……」
言葉では文句のあるような雰囲気を出しながらも、理久も少し背筋を伸ばし胸を張ったように見えた。
女性として、そして理香として過ごす人生が始まる。
一章はここまでです。
次回更新は6/11迄予定。




