第6話 怖いんだけど、女子の距離感
お姉ちゃんが2万円持って戻ってきた。
「結構もらったね」
「ああ……。可愛いのも欲しいとか言うんでしょ、だってさ。俺は最低限でいいんだけど」
「お姉ちゃん、俺じゃない私だよ。そして考えが甘いね、着替えとかで見られちゃうからちょっと可愛さがあるやつとか、気分上げるために背伸びしたやつとか、そういうのもいるんだよ」
そう言うとお姉ちゃんは、2万円を睨みつけながらう~んと唸った。そのお札を見ても答えは出ないと思うけどな。
「あんまりにも気にしてないと友達の目とかも気になっちゃうんだよ」
それで思い出した。スマホだ。
「そう、友達で思いだしたんだけど、さっきスマホにメッセージ来てさ」
「どっちの?」
「そう、それ。これは誰のスマホで、誰からのメッセージだと思う?」
俺が何を言っているのかイマイチ意図がお姉ちゃんには伝わっていないようで。
「理香のスマホで、理香の友達からだろ?」
ふっ。ちょっと笑ってしまう。
「そうだね。それって、お姉ちゃんのスマホでお姉ちゃんの友達ってことにならない?」
加えて言うならお姉ちゃんは理香の教室だし、女子陸上部所属。そして俺は理久の教室で、文芸部。明日には陸上部に入る予定だけど!
「そうか、実質体以外は入れ替わりしてるのと同じか。じゃあそのスマホは俺、じゃない私が」
「だめっ!」
バシッ!
スマホを手に取ろうとしたお姉ちゃんの手をすかさず叩いた。
「な、何すんだ!」
「ちょ、ちょっと貸してくれるかなあ~。あ、お姉ちゃんも元のスマホとかパソコン見たほうがいいよ」
「あっ……。そ、そうだな!ちょっと行ってくる」
そういってお姉ちゃんは俺の部屋と駆けていった。お互い、見られたくないものがあるということ。
スマホに向かい、見られたくないものを消していこうとする。見られたくないって写真くらいかと思って写真を見ると躊躇ってくる。でも、これは理香のスマホ。『理香』という個人がまだ十代で短いとはいえこれまで歩んできたことがそこにはある。それを、これからの『理香』から俺が奪ってしまっていいのかな、と思った。
「なんとなく、よくないよね……」
俺はお姉ちゃんの元へ向かい、理久の部屋の扉を開けた。
「わっ!な、な、な。」
「何の用?って聞きたいのかな?」
そう問うと、お姉ちゃんは首を縦に3往復。
「お姉ちゃん、もうスマホのデータ消したりした?」
「あ、実はまだ何も。なんというか、人格は移ってしまったけど、人物は変わっていないから…………」
「から?」
その先を言い淀んでいたようなので催促してみる。
「ん~、なんか言いにくいんだけど。他の人とも関わりがあるのに、過去の記録をこれから理久として歩むお前から奪っていいのかな……的な?」
なるほど。大体似た感じのことを思ってたみたいだ。それに他の人との関わりね、なんか大事なことっぽい。
「じゃあそのままにしようか。あ、エッチなのがあったらそれだけ消しといて」
「本当に消していいのか?必要にならない?」
いや。いらないでしょ。
「全然いらないけど」
「ふぅ。まあ、仕方ないよな」
お姉ちゃんはそう言って少し小馬鹿にしたように笑ってくる。
「何か言いたげだけど」
「とりあえずおいとけって事さ、男ならね」
ふ~ん。まぁ見られてもいいなら消さなくともいいんだけど。
「ってことは本当にあるのね」
「うっ……、ああ、まあ。否定はしないかな、うん」
目線まで外して露骨に言いにくそうにしているお姉ちゃん。これは絶対あるな。
「あぁ、それよりさ」
と、話題を変えたいのかお姉ちゃんは立ち上がった。そしてノートパソコンに手を置く。
「これ、別におー……私がそのまま使ってもかまわないよな?」
「確かにパソコンは別にいいかなあ。パソコンじゃないと出来ない人とやり取りとかしてないよね?」
仮にあったとしても、実際に会うことの無い人なら構わない気はするけど。
「やりとりはあるけど、スマホでもできるやつしかないな」
「それじゃ、全く問題ないね」
「そうだな。じゃこれは持っていく。はい、これがこれからのお前のスマホ」
そう言ってお姉ちゃんは私にスマホを押し付けるように渡し、自分の部屋にパソコンを持っていこうと立ち上がった。
「そうだ、咲恵に返事しといてよ」
「ロック解除は」
「あっ」
互いに暗証番号を教え合って今日は解散となった。
部屋に戻ると、スマホが震えた。俺――じゃない、私はスマホを手に取り理久から教えてもらった番号でロックを解除する。あとでロック解除方法変えよ。
どれどれ、メッセージは?
『理香、大丈夫だった?』
『今話せる?』
『明日の朝これる?』
『おーい(イラスト)』
『おーい(イラスト)』
『おーい!(怒ってるイラスト)』
すごい来てる……。理香の友達重くない?女子ってこんなもんか?
――ヴーン、ヴーン、ヴーン……。
通話がかかってきた……。既読つけたと思ったら速攻通話掛けてくるとか怖いんだけど。しかし出ないわけにもいかない。でも女子って長電話なんだろうなあ、嫌だなあ。
「はい、もしもし」
ボタンを押してスピーカーで通話をつなげ、応答した。すると耳元で吹き出す音が聞こえたと思ったら、遠くでゲラゲラ笑る声が聞こえてきた。しばらくして笑い声が落ち着いてきた。
「いや!もしもして。他人行儀すぎでしょ!思わずスマホは投げちゃうしお茶も吹き出しちゃったわ。っていうかメッセ早くみてよね。あーし何度も送ってるのにさあ。いつもならすぐ返してくれるじゃん。あーまだ調子悪い?だったらごめんねー。イヤだってさあ、今日めっちゃ調子悪そうだったじゃん。大丈夫かな?とか、明日朝出れるのかな?とか、聞きたいわけよ。おーい、聞いてる?」
聞いてるも何も、君が矢継ぎ早に喋っていて口が挟めないんだけども。
「まあ無理して明日の朝はでなくてもいいよ。知ってると思うけど、怖い先輩とかもいないし、あーしらもそんなガチじゃないじゃん」
「えっ、ガチじゃない?」
「そうだよ、理香なんてめっちゃ遅いじゃんなんで陸上やってんのって感じ。あ、ごめん今の無しで」
本音漏れすぎだろ。でも、理香って陸上部の短距離で一番早くなかったっけ。
「じゃ、じゃあ明日お……私は朝練いかないことにするわ」
「ってことは何?やっぱり調子わるいの?え~、心配なんだけど~」
そういうわけではないんだけど。
「どうかな……調子悪いって訳ではないんだけど、走れる気がしないというか」
そういうとスマホから『アハハハ……!』と今度はしっかり大笑いの声が。
「元々全然走れないのに何言ってんの、理香おもしろすぎ~!」
君は失礼すぎるよ。口にはしないけど。
「そもそもなんで短距離にこだわってんのって感じだしー。投げるのとか飛ぶのとか、他にもあるじゃーん」
そう言われて自分の身体を見ると、そこにはまあなんと見事に細い肢体が。
「できる筋力じゃないよ……」
「だよねー!ごめん、ごめん知ってたぁ~。冗談じゃーん」
理香、お前なんでこんなのと友達やってんの?
しかしこの身体、無理に陸上続ける必要ないんじゃないだろうか。
「でもまあ、私、辞めるもしれないなあ」
「えっ……マジでー……。淋しいからもうちょっと考えてよ……」
そこは止めるんだ。きっと根はいいやつなんだろうな。
「まあ、まだ決めたわけじゃないから」
「そっか、無理しないでね。理香が辞めても友達は友達だし」
本当にいいやつじゃん。
ああ、それに……。
「たぶん理久が陸上部入るかもしれないなあ。もちろん男子の方」
「あー、体育とかでもすごい速いし、なんでも出来るもんね、前からやってても良かったのにって感じ。フツーに格好いい」
そういう認識になってるんだ。
「あっ、格好いいっていっても告るとかそんなんじゃないよ!そういうのはまた別だよねー」
「だよねー」
うんうん。知らないが。
――コンコン。
扉をノックする音がした。
「あっ、なんか呼ばれてるっぽいから切るわ」
――コンコン、ココココココココ……!
「めっちゃノック聞こえるのウケるー。はあ、明日あーしもサボろっかなあ、おやすみー」
「おやすみー」
いやいや藤島さんにはサボる理由ないだろ……。
通話が切れると同時に理久が入ってきた。
「聞こえてたんだけど。陸上やめるの?」
「ああ、だって、以前のお前と違って今の私は向いてないだろ。体型とか」
「走るのは体型だけじゃないよ、経験もだよ!……まあ、だから余計にだめなのかもねいいよ、どうせ俺も文芸部辞めて陸上入るし」
人のこと棚に上げてお前!
「お姉ちゃんも好きにするといいと思うよ、それを言いに来たんだ」
言うこと言ったら、理久は自分の部屋へ戻っていった。
緊張したけど、藤島さんとの通話では良いことが聞けたかもしれない。理香が『なんで陸上部やってんの』『元々全然走れない』レベルだと思われていたり、理久の運動神経がいいっていう認識になっているのは、多分神の辻褄合わせによる結果だろう。たぶん性別の神様、ありがとうございます。
あと、先程の通話中も『俺』と言いかけてしまった。いやいっそ『俺』でもいいんじゃないかな……。何人かそんな女子を見かけた気もするけど。するけど……。部屋に置いてあった姿見を見てその考えは止まる。
ちょっと、可愛すぎるんだよな、この容姿。もっと髪を短くして格好いい感じにしたら『俺』でも許されたりしないかな……。
別にどんな容姿で自分をなんと言おうが良いと思うんだけど、俺としてはこんな可愛い容姿の子が『俺』って言ってるの見るのちょっと悲しい。
姿見の前に立ち、体を捻ったりして自分の姿を何度も見る。うん、どうせなら自分の思う女子像でいよう。
俺は私と言い、口調を改める決心をつけた。
次回更新は遅くて6/10予定




