第18話 抱き合い、心の叫び
一人で先に帰ってと言われ、言われるがままに帰路についているものの、後ろから人が付いてくる気配がする。
気配がするというか、影で誰かが付いてきているのが見えてる。
人……。理久が。
「ねぇ……」
と言って振り返るも、当人も振り返って顔を見せない。
せめて電柱に隠れるとか何かないの。さすがに後ろ姿じゃ丸わかりよ?
気にせずに再び家へ向かって歩き出すと、後ろからも同じペースで歩いている音と、買い物の荷物が動く音が聞こえる。
「はぁ……」
また後ろを向き、理久も後ろを向き。
私はできる限り音を立てず、理久に近づいた。そしてなんとか気づかれないまま、すぐ後ろにたどり着くことができた。
——ぎゅうっ。
強く理久を抱きしめた。
綾ちゃんと何度もハグしていたら、こうすることで気持ちが落ち着くと思っていた。
……それはそれとしてドキドキもして、自分でもどっちなの?と思う。
「——ぎゃっ!誰!?」
「私」
「お姉ちゃん!?」
驚いた理久は振り返ろうとするが、それは私がぎゅっと抱きしめて許さない。
いや。許したくないんだけど、ちょっと、理久の力強すぎでしょ!
「ちょっと、そんな本気で逃げようとしないでよ!」
「だ、だって……。いきなりなんなの」
「理久……、無理してない?」
ここ最近の理久はどう見てもおかしい。家族にこんなに続けて強く当たる事なんてなかったのに。
この前、私に『軽い気持ちで……』なんて言っていたのも、きっと理久は悩んでいるんだろう。
「そんなこと……」
理久は否定するけれど、そんなことないと思う。
「ちょっと、帰る前に私と話さない?」
さらに抱きしめる腕に力を入れて『ね?』と念押した。
「…………、いいけど……」
「二人きりで話せるところがいいから……」
まだ少ししか歩いていないので、駅前の商業施設が使えるけど……。カラオケ……、は無かったし。
あ、あそこなら静かだしいいかな。
「付いてきて」
「どこ行くの?」
「秘密……」
観念したのか手をつないで付いてくる理久は『変なとこじゃないだろうな』なんて言ってるけど、どこを想像しているんだか。
「カップルシート、とりあえず3時間パックで……。空いてますか?」
「大丈夫です。どこにしますか?個室もあいてますよ」
姉弟でカップルシートとか、冷静に考えるとちょっと変かもしれないけど、ネットカフェに来た。
ここは静かだし、二人きりで話せる。あまり声を張ることは出来ないけれど……。
運良く個室も空いていたのは都合が良い。
最初は家の部屋でもと思ったけれど、家だと特別感がなくて、なんだか真剣に話が出来ない気がした。
「何か飲み物入れてこようか?」
「なんでもいい」
理久そう言い残すと、先に指定された個室へと向かった。
さて。
ドリンクバーを前に少し考える。
こういう落ち着かせたいときは温かいものが良さそうなんだけど……、夏だしなあ。
悩んだ結果、ココアとアイスティーと入れた。
嫌がられたら交換したらいいからね。
「おまた……、せ。……くつろぎすぎ」
理久は靴を脱いで二人分のソファに横たわっていた。
飲み物を置いて、扉を閉めた。結構密閉されている感じがするので、あまり外に聞こえないかも。
私は床にひざまづき、腕を理久の上にのせて体を寄せるようにした。
「理久……。何か不満なの?何かうまくいかないの?」
「…………そう」
「とりあえず、これ飲んで?」
私は入れてきたココアを勧める。
「え?夏にホットココア……?まぁ、冷房効いてるし良いけど」
理久は体を起こし、ココアを2口ほど飲んだ。
たぶん、温かい飲み物で気持ちが少しは落ち着くと思うんだよね。
「普通のココアだね」
別に面白い飲み物入れてきたわけじゃないからね?
私は自分からこれ以上話しかけずに、理久が話し出すのを待つことにした。
少し時間をおいて、さらにもう一口ココアを飲んだ理久が、口を開いた。
「お姉ちゃんは、もうお姉ちゃんだよね……。でも俺はそうじゃないんだ」
男の子として振る舞えない、かと言って女の子として振る舞うわけでもない。
すっかり女の子なお姉ちゃんはずるい、でもお姉ちゃんは頑張ったんだから、別にずるくないって分かってる。
走るのは好きだった、でも頑張っていたらなぜか独りになっていた。
大会にも出られず、もう何のためにやっているのかも分からない。
——理香だった頃に戻りたい。
話しながら顔が下を向いていく理久の話は、そういう内容だった。
「そっか……」
私のこの返事は、なにも考えてない返事なんかじゃなく、むしろ考えた結果の『そっか』。
話を聞く限りでは、理久の心は今まだどちらでもない。
そんな理久にはとりあえず具体的な回答よりも、同意的な……、それもぼかしたような言葉が良いと思った。
この言葉には『そっか大変だったね』『そっか辛かったね』『そっか大丈夫?』なんて、いろんな意味にとれるはず。
「お姉ちゃん……」
理久が顔を上げてこちらを見た。
「お姉ちゃん……。もう一度抱きしめて欲しい……」
「えっ」
要求されると照れちゃうんだけど、理久はじっと私を見つめて私が応えてくれるのを待っている。
「……いいよ」
——ぎゅっ。
——ぎゅっ。
今度は理久も力を入れてくる。ちょっと痛い、加減して欲しい。
「お姉ちゃん……」
「なあに?」
「今だけ、お兄ちゃんって呼んでいいかな?」
私の心臓が跳ねたような気分だった。
嫌だ、お姉ちゃんって呼んでほしい。お兄ちゃんだなんて寒気がする。
「……」
「だめ?」
「……いいよ」
弱っている理久の声に私は観念した。
なぜかは分からないけれど、弱っている理久はお姉ちゃんではなく、お兄ちゃんを求めているのだろう。
その違いに何があるのか、私にはわからないけれど。
「お兄ちゃん……!」
——ぎゅううっ。
抱きしめる力が一段と強くなった。痛い痛い!!
「お兄ちゃん!私、分からないの!どうしてこんなに一人ぼっちな気持ちなのか……。辛いの!」
理久……。話し方、理香の頃に戻っているよ。
「助けてお兄ちゃん!」




