第17話 ひろがる溝、二人の充実感
大会に出してすらもらえなかった陸上。
あれほど夢中だったはずなのに、目標への道が塞がれ、部活内でも孤立して、惰性でやっている感じ。
俺は今日初めて、部活をサボってしまった。
お姉ちゃんプールに出かけて行ってたな。
つい強く当たってしまっていたけど、やっぱり家族だけは気を許すことができる。
そんなお姉ちゃんは今日、咲恵達と遊びにお出かけ。
——俺を置いて。
もっとも、誘われたところで突っぱねてしまっていたような気がする。
『お姉ちゃんは軽い気持ちで女の子に~』なんて、酷いことも言っちゃったし。
水着、似合ってたな。
可愛かったし、楽しそうだった。
きっと今日も楽しむんだろうな。
俺は全く逆。男になって最初は良かったのに、良いことがどんどん無くなっていく。
意識せずにうまく回ってたのが、噛み合わなくなってきた感じ。
女の子だった感じがありながら、男を演じて過ごさなければならない。
お姉ちゃんはきっと、それをやっていたらうまく回ったのだろう。
……本当に?
お姉ちゃんがどうかなんて、お姉ちゃんにしか分からない。
本当は今も苦労してるかも知れないし、もしかすると最初からまるで本当の自分に初めて出会った、なんて思うくらいぴったりだったかも知れない。
じゃあ俺は……、最初は……。
だめだ。思考が循環してるし、前もそんなこと考えていたような気がする。
時間の無駄!勉強でもしておこう!
理久になって、確実によかったのは、勉強するようになったことだろうなあ。
別に以前からちゃんと教えてもらって、そして日々机に向かっていたら、出来たんだなっていうことが分かったけど。
それから2教科ほどの問題集を満足いく量こなした頃、丁度お腹もすいてきた。
一階へ降りて何か用意しよう。
降りるとキッチンやダイニングにお母さんは居なかった。お母さんの分もついでに作ってあげようかな。
「昼作るけど、お母さんも食べる?」
お母さんの部屋を少し開けて声を掛ける。
「食べるけど、静かにしてね。仕事で通話中だから」
「あ……、ごめんなさい」
そっと扉を閉め、調理に掛かる。
といってもまずはメニュー決めから——。
ふう、完成。
「できた?」
「あ、うん。ちょうど出来たよ、冷製パスタ」
ソースはトマト缶代わりにトマトジュースをベースに。トマトとオリーブオイルって合うからね、バジルとかあるともっと良かったんだけど。
「こういうの見ると、やっぱり理久は理香だったってよく分かるわね」
ああ。
「お姉ちゃんは全然料理できないからね……」
「いい加減、家事全般を覚えさせないと嫁へ行ったときに困ると思うんだけどねえ」
お母さんもすっかり受け入れてしまってる。お姉ちゃんを嫁に出す気満々だ。
「でもお姉ちゃんはそんな将来否定してたよ」
結婚とか、子供とか。まあ、子供ってなると余計そうだよね、想像したくないよね。
しかしそう言うとお母さんは大笑いした。
「時間の問題でしょ。だってあの子、好きな子いるんでしょう?」
「俺からはなんとも」
「理久は?」
……女の子と?う~ん……。
「そもそもそういう目で女の子をまだ見たことがなくて、分からないなあ」
「ふうん」
お母さんは、それ以上この話を続けては来なかった。
「あんた達は大変かもしれないけど、理香……今は理久かが勉強するようになったから、親としてはよかったわ」
「今思うとなんでこれまでやらなかったんだろうって思ってるよ。やれば出来るじゃんかって……。ん、ごちそうさまでした」
食器の片付けはお母さんがやってくれた。俺は特に用事ないからやっても良かったのに、『この歳から子供にばかりやってもらうのも嫌なの。私の勝手なプライド』とのことらしい。かと言って俺がやろうと思ったときに奪いまでしないのは、なぜだろう。
ダイニングに座ったまま、カウンター越しのお母さんに聞いてみる。
「相手の気持ちも無下には出来ないでしょう?」
「大変そう」
いちいち周りのこと考えるなんて、なんて息苦しいことをしているのだろう。
「大変ってあんた……、それ位普通でしょう。程度の差はあるにせよ」
そういうもんか……?
「もし出来てなかったのなら、少し、お母さんとお話、しましょうか?」
俺が不思議そうな顔をしていたのに気づいたのか、お母さんがニッコリ笑ってそう言ってきた。
ダメだ、このお話は説教のことだ。
「してるしてる、もちろん!じゃあ俺は部屋に戻るわ」
そう言い残し、部屋に戻った。
かといって、やることが勉強しかない。
俺は運動してなかったら、他になにもなかったのだろうか。
いろいろなことに興味を持っているお姉ちゃんとは対象的だ。
はあ、暇だなあ。
俺は何をするでもなく、スマホを触り始めた——。
——気がつくと部屋に入る日がだいぶ動いている。
無駄にスマホでニュースサイトとか見ていたけれど、無駄な時間というのはあっという間に過ぎちゃうな。
もう16時か……。
駅まで、お姉ちゃんでも迎えに行こうかな。
それくらい、暇だ。
軽く出かける用意をして、玄関へ向かう。
「ちょっと駅までお姉ちゃん迎えに行ってくるね、ついでに何か買ってこようか?」
お母さんに話しかけると『そうね……』といって部屋から出てきた。
「あ、トイレットペーパー買ってきてくれる?芯なし12ロール。あとティッシュと、詰め替え用洗濯洗剤。……一番大きいやつね」
「わ、分かった」
すごい大物じゃん、いいけど。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
駅に着くとまずは目の前のスーパーで頼まれた物を買った。
お、重い。
駅前でお姉ちゃんを待つ。さっきメッセージで時間は聞いたから……、あと3分くらいか。危ない、ギリギリだった。
明日どうしようかな。
部活に行っても、他の部員は俺のことをあまり良い印象で見ていない。
こんなに速く走れるというのになぜかは分からない。なぜか次の大会も出してもらえないというなら……いや先輩はもう引退か。でも俺のことを良い印象で見てない部員が俺を……?ないな、ない。
「ああ理久、来てくれてありがとう。……普段の通学でも一人だから別に一人でもよかったけど。なんで迎えになんて?」
「暇だったから……」
「ええ、暇?部活なんじゃないの?」
そりゃそう思うよね。
「サボったから……」
ん、お姉ちゃん……。肌だいぶ焼けてるな。
「お姉ちゃん、凄い焼けてるね。日焼け止めは?」
「いや塗ったんだけど、でもこんなに焼けちゃった~。ほら見て、水着の跡」
なんて、照れたように笑いながらTシャツの襟をずらして焼け跡を見せてくる。恥じらい持ちなよ。
でも……、ふうん?楽しかったんだね、お姉ちゃん。
俺が部活行くの辛くてサボって、家で暇してる間にも、お姉ちゃんは楽しくプール。
やっぱり不公平だよ、どうして俺だけがこんなに日々楽しくなくなっていくのか。
「そうだ聞いてよ。今日、男子達が私たちの水着を評価してくれたんだけどね?」
それで何。お姉ちゃんは異性である男子とも、楽しく遊びだしてるって?
俺は同性の男子ともうまくいってないというのに。
「嫌っ!聞きたくない!一人で先帰って!」
ああ、またやってしまった。
でも仕方ないだろう?お姉ちゃんが楽しそうにしているほどに、俺が何故か一人ぼっちになってる感じを覚えるんだから。
理久回でした。
どうしても明るさや勢いはでないですね。
私は理香回のが好きです。




