第7話 ぎゅっとして、すりすりして
「ときめき力が」
——ぎゅっ。
「ときめき力」
——ぎゅっ。
「ときめき力」
——ぎゅっ。
「ときめき」
——ぎゅっ。
「ときめ……」
「ちょっと綾ちゃん、やる気落ちるの早すぎない!?」
テスト一日目が終わり、二日目に向けて家のリビングで勉強中。
綾ちゃんは連日うちに来て勉強しているが、少し時間が経つと私にぎゅっとすることをせがんでくる。
さらには咲恵まで付いてきている。二人とも勉強自体は結構真面目にやるから邪険にも扱えない。
「綾ちゃんばっかりずるい!私にもしてよ~」
どうせ一時的なものだろうと踏んでいた黒髪を揺らしながら、咲恵が寄ってくる。
ずるいって何。あなたたちそんなに私にされるハグが良いわけ?
『ねぇ~』といって咲恵は私に体をすりすり……。これ、佐々木さんが理久にやってたのとほぼ同じじゃない。
「咲恵も、私に何を求めてるの……。私は友達だという気になってきたのに」
「私は~、ちょっと違うかな~。それ”も”いいけどね」
そしてまた体を寄せてくる。
そんな中、急に強い声で『お姉ちゃん!』と話しかけられた。
「何?」
「二階まで甘い雰囲気が伝わってくるんだけど……。イチャついてるなら帰ってもらってよ」
「はぁっ!?イチャついてなんか……」
と、言いかけて現状を改めてみると、正面には綾ちゃんの背中。右隣にぴったりくっついてる咲恵。
咲恵はどうしちゃったの。
「なあ……、咲恵はどうしてこんな感じになってるのか知らない?」
「それは俺からはちょっと……」
ということは知ってるんだよねえ。
「大好きだからだよ!だって理香って元理久くんなんでしょ……」
「あっ、馬鹿!お母さん隣の部屋に居るのにそんな事言わないでよ!」
もし聞こえてたらまた綻ぶじゃない!
「き……、聞こえてないよね?」
理久も心配な様子。そういえば今好きとか言ってなかった?理久じゃ無くて?……気のせいかな?
「心配しなくても……」
その声はお母さんの部屋からした。
「私は知ってるわよ」
「は!?」
「えっ!?」
お母さん知ってるの!?
「えっ……、あっ……。えっと、いつから?」
「私があんた達の服のサイズ合ってないからって適当に服買ったでしょう?その日の夕方、それとも夜だったか。あんたら二人の会話わりと聞こえるから……、聞こえたらピンときた」
「めっちゃ最初じゃん!教えてくれたらいいのに……。あ、お父さんは?」
お母さんが知ってたらお父さんも知ってるんじゃ。
「なんだか隠してるみたいだったから。あの人は知らないと思うよ。私は日中、仕事していても家にいるからね……、知る機会が多いというか。それにあんた達二人がうまく入れ替わってるよ、理香なんてほぼ女の子じゃないか、前の理香より」
「どういう意味!?」
理久が反論するが、私は恥ずかしくてうつむいてしまう。私、そんな分かりやすいほどに女の子してる?
あと、隠さないとまずいってことはあとで説明しておこう。
「しかもお母さん仕事してたんだ……」
理久が言う。そういえば私も知らなかった。
「言ってなかったかね?あんたら産んでからずっと在宅ワーカーだよ。まあそういうことだから、もうすこ~し、静かにしてもらえると助かるね」
「それはごめん」
でも今まで行ってこなかったお母さんも悪いと思うんだよ。
「じゃあ、私は戻るから。……あ、そうそう。理香は使ってないなら私のブラ返してね」
「あ、うん。でかくて小さいやつね?」
「あんだって?」
鋭い声と視線が私を刺してくる。
「なんでもありません!」
「そう?」
お母さんが怖い笑顔を見せてから部屋に戻っていくと、綾ちゃんが口を開いた。
「でかくて小さいってなんです?」
そこ?
「それの事だよね~」
綾ちゃんの疑問にそういいながら、咲恵が私の胸を横から突いてきた。
「……やめてよ」
「アンダーが大きくて、カップが小さいブラのことだよね」
『アンダー』と『カップ』と言う声を小さくして理久が咲恵に教えた。
「え?川田先輩が知ってるんです?」
「俺が買うの手伝ってあげたし、付け方も教えたからね」
それを聞いた綾ちゃんは手に口を当て、眉間にしわを寄せ汚らわしい物を見るように理久を見る。
「あの、綾ちゃん。勘違いしてると思うけど、理久はもともと理香だったからね?むしろ私より詳しいっていうか……」
「そうでしたね……。あ~あ、こんな話してたらなんだかときめき力が削がれちゃいました。勉強に身が入らないですね~」
はい、はい……。
——ぎゅっ。
こちらが後ろから軽く抱きしめてそれで終わるのに、油断をして正面からぎゅっとしてしまった。
——ぎゅうっ。
いたたた!?
「綾ちゃん、綾ちゃんからするのはルール違反じゃないの!?」
「そんなルールありましたっけ?」
無かった。
「綾ちゃんばっかりずるい!私も私も!」
何を言ってるの?
「咲恵は理久にでもしてもらいなよ……。あいたた!離して!?」
「俺、時間もったいないし……、二階行って一人でやるね」
ああ、置いていかないで——!
「勉強!勉強しないと海行けないよ綾ちゃん!」
そう言うと、綾ちゃんははっとして『そうでした』と私を離し、勉強に戻った。
「ねえ、海って何?」
あ、そうだ。結局誰にも言ってない。
「理久、咲恵、聞いて欲しいんだけど。実は……」
私は二人に多賀先輩から海に誘われたことと、もう少し声を掛けて良いこと、しかも宿泊費移動費もかからないと伝えた」
咲恵は『絶対行く!』と乗り気だったけど、理久は悩んでいるようだ。
「いや。その間、部活出れないじゃない……?そりゃ部活が休みの期間もあるけど」
あるけどなんだ。
「部活休みでも練習欠かしたくないし……」
「今それを聞いて、そういう生徒のために強制的な休みがあるじゃ無いかと思った。大会終わった後とかダメなの?」
「ダメじゃ無いけどさあ」
まあこれ以上聞いても仕方ない。理久にテスト終わるまでにはどうするか決めておくように伝えて、私も勉強に……。
いや、二人の勉強をサポートする役目に戻った。
どうしてこんなに真面目に聞いてくれるのに、全然理解が進まないんだ……。
二人とも集中をすぐ切らすこともあり、この後もテスト対策は困難を極めた。




