第6話 ときめき力は、補給制
理久、咲恵の髪が変貌していてもそんなに慌ててなかったな。
あれが本当に親友だった理久と、私の違いなのかな。
授業中にも限らず、つい咲恵の方をぼうっと見てしまう。
まあでも、前より可愛いなあと思う。
さすがに本人には言いづらいけど。
友達から『可愛いね』とか変だと思うし。
視線に気づいた咲恵がこちらを向いて、ポニーテールを手で揺らした。
……何のアピール?
「お?藤島、なんか分からないところでもあったか?」
教師に当てられてしまっている。
ああ、要らないことするから手を上げたことになってるじゃん。
「えっ?ほ……方程式の解き方?」
咲恵のお馬鹿!
「ほぉ?じゃあボブが言っていることを方程式で解いてもらおうか?」
「えっ、あっ、英語……」
そもそもさっきまで授業聞いてたのに何でそこを間違えるのよ。
咲恵がこちらを睨んでくる。それは逆恨みでしょ……。
さて、放課後はどうしようかな。
多賀先輩に振り向いてもらうためにはどうしたら良いのか。
あれ……、でも待って?私はもうすっかりその気だし、少なくとも多賀先輩なら男でも嫌悪感ないけど、向こうからしたら元男が女の子のガワしてるだけだよね。
それが原因でこの前までは私も先輩を拒んでいたのだから、ネタが割れた今となっては先輩が同じ気持ちのはずで……。
無理ゲーじゃないの?これ。
先輩に会ったらその現実を突きつけられて落ち込んでしまいそう。
……図書室に行くか。それとも、もう帰ろうかな。帰っても勉強か本読むだけだしな。
なんて迷っているうちに、気がつけば足が図書室へと体を運んでいた。
扉を開けるといつも通り綾ちゃんが居た。
……が、今日は本を読んでいない。
「あれ?綾ちゃん、何してるの?」
「あっ、理香先輩!助けてください、今度の期末ヤバくて……」
期末……。期末テスト!?
「えっ、もうそんな時期?」
「そうですよ。もうあとは期末テストが終わって、少したてば夏休みですよ」
そして綾ちゃんと言えば、あまり勉強得意じゃ無かったね。
「いいわよ、見てあげる」
去年の範囲を教えることで私にとっても復習となり、来年の受験で役立ってくれるだろう。
「じゃあしばらくは読書じゃなくて勉強ね」
「え?今日だけじゃ無くてその後も見てくれるんですか?」
「テスト前ならついでに私も勉強するから、かまわないわ」
綾ちゃんはいきなり立ち上がり、私の手を両手で握って目をキラキラさせながらお礼を言ってきた。本当に困ってたんだろうな。
しかし、しばらくすると。
「あ~、もうやる気でないです……。ときめき力が尽きました」
「何……ときめき……?」
綾ちゃんによると、『百合や恋愛小説を読んで心を温かくしたり、ムラムラしたりすることで、あらゆる事柄に対するやる気が出る力』ということらしい。
……長ったらしくいってるけど、単にストレス発散ってことじゃないのかな。
それなら。
「私が綾ちゃんをぎゅってしたらやる気出る?」
「————っ!?ええ!良いんですか!?絶対出ます!出ます!」
そうテンションを上げた綾ちゃんは立ち上がり、鞄から出したタオルで体中を服の上から拭き始めた。
「もう今の一言でやる気出たんじゃない?続きやろ?」
「いいえ、出てないです!さぁ!」
あ……でも……。
綾ちゃんって私が嘘ついて付き合ってたことに幻滅してなかったっけ。
「ねえ綾ちゃん、でも綾ちゃんって私が嘘ついて付き合うって言ったこと知って私のこと嫌いになってなかったっけ?」
「あぁ……」
綾ちゃんは少し間を置き『そのことですか……』と視線を右へ外した。
そして視線を戻した綾ちゃんは、自分の鞄を開き、何かを探した。捜し物が見つかったのか、手が止まると鞄をのぞき込み、結局何も取り出さずに鞄を閉じた。
「…………?」
「まあ、そうですね。あれは仕方の無い事情があったということで、許しましたよ?」
「そう……、ならいいんだけど。じゃあ」
私は机の反対側にいる綾ちゃんの方へ移動した。
——ぎゅっ…………。
綾ちゃんを後ろからそっと抱きしめてあげる。
「あっ……。ふふふっ……後ろからじゃ無くて正面からしてくださいよ」
「えっ?ちょっと恥ずかしい……。それに嫌じゃ無いの……?」
周囲に誰も居ないことを確認する。
「私、元々川田理久だったんだよ?」
「問題ないですよ」
そこまで言うなら……。
——ぎゅっ。
正面からとかちょっと私が照れるし、なんかいけないことしてる気分……。
——ぎゅううっ。
えっ?
綾ちゃんの方からも手を回してきた。しかもその力が強い。
ぎゆゅうううううっ!
「痛っ!?綾ちゃん痛い!痛いよ!?」
いたたたたっ、私より絶対強い!私が非力なのも間違いないけど、力加減間違ってるわよこれ!
腕も締められて痛いし、胸も潰されて痛い!
「あっ、ごめんなさいつい」
つい~?さっき許したとか言ってたけど、実は許してなかったんじゃないの、もしかして。
まあ、なんでもいいわ。
「それで、やる気出たの?」
力を緩めてもらい、お互いぎゅっとした状態で聞く。
「ええ、とりあえず。やる気は出たのでまた教えてもらえますか?」
お互い、耳元で話し掛けることになるからか、なんだかゾクゾクする。
「…………いいわよ」
これ、綾ちゃんのやる気が落ちるたびにまたやらないといけないのかな……?
——ガラッ。
そのとき、扉の開く音がした。
えっ、まだハグの状態のままなんだけど?
「君たち、何をしているんだい……?」
この声は、多賀先輩!?
「ちょっ、綾ちゃん離れてっ」
こんな姿多賀先輩に見られたくない。
そんな私を見て綾ちゃんは『む~。まだダメですか……』とかなんとか。何の話?
「宮本さん、君は女の子が好きだったんじゃ無かったのかい?川田さんは元男子だったじゃ無いか」
多賀先輩は綾ちゃんに責めるように聞いた。
「いえいえ、これはそういうのじゃないので。ね、先輩?」
えっ、こっちに振るの?
まあ、やる気のためだったしね。
「綾ちゃんが勉強する気無くなっちゃたので、元気出してあげてただけですよ」
「元気ねえ……」
「副会長こそ、理香先輩は川田先輩だったと言うのに、こんなところに何の用ですか?」
今度は綾ちゃんが先輩にえらく挑発的に見える。
「宮本さんには関係ないだろう?……と、言いたいところだが、君も来るかい?宿泊や移動などのお金は心配しなくて良いよ、私が出すから」
君も来るかい……?『も』って私も聞いてないけど何の話なのか。
「海だよ海。夏休みに海でもどうかと川田さんを誘いに来たんだ。パソコン部の皆は誘ったのだが……。川田さん、パソコン部に初回以降来ないじゃ無いか」
なんだか抵抗がありまして。
「ただ、川田さんだけ誘うと女性が川田さんだけになるから、他もいるとちょうど良いんだ」
「私は理香先輩が行くなら行きたいですけど、副会長3年生なのに、そんな遊んでる暇あるんですか?」
私もそれは思った。とはいえ勉強漬けもまあしんどいからリフレッシュはいるよね。
「なあに。私は優等生かつ副会長キャラであるために努力を怠っていないからね、少し遊びに出る程度で崩れるようなやわな成績はしていないよ」
そうだった。そういう人だった……。
「じゃあ、行こうか綾ちゃん」
「そうですね」
それを見た多賀先輩はうんうんと頷いている。
「それでもまだ女性は二人だから、あと何人か誘ってくれて構わないよ。川田さんは、弟さんも来るかい?」
「聞いてみます」
「よろしく頼む。……ああ、そうだ。期末で散々な結果ならさすがに連れて行けないからね?」
そう言うと多賀先輩は図書室を出て行った。
「…………」
「…………」
綾ちゃんが私を見つめて何か言いたげだ。
「理香先輩~!助けてください~!!」
だと思ったわよ。




