第5話 恋のしるしは、黒髪ポニー
翌朝、俺は200メートルや400メートルにも挑戦すべく、長めの距離を走る練習をしていた。
しかし視線が気になって仕方ない。
「川田くん……」
佐々木先輩の熱い視線が……。
先輩も朝練に来ているなら自分の部活に集中すれば良いのに。
「おい、川田!もう一本行くぞ!」
おっと。
「はい部長!」
「お前。女子ソフト部ばっか見てんじゃねえよ、もっと練習に集中しろ!ただ走ってるだけじゃ、体力以外は何も身につかないぞ」
「はい、すみません!」
いいね、いいよ。
女子部の部長も厳しかったとは言え、練習に対してここまでの厳しさは無かった。
この部長は違う、練習に取り組む姿勢と内容についてとても厳しく言ってくる。
俺はそういうのを求めていた。
もう一本走る。
体の中心にバネが付いてるかのような感覚で四肢を激しく動かす。
足はしっかり上げる。腕は早く戻す。
足先では地面をつかむように。
200メートルくらい、呼吸は止めるくらいの感覚で一気に行く!
「よしっ!」
「よしじゃねえよ馬鹿!流してフォームを確認しろって言ってるのに本当に言うこと聞かねぇなお前」
……どうせなら早く走りたいし。
周囲からは黄色い声が聞こえてきている。
「理久くん速ーい!」
「やっぱりかっこいいよね」
「私告っちゃおうかな!」
「え~、やめときなよ、3年の佐々木先輩が狙ってるらしいよ」
……などと。
「なあ」
「はい」
「お前あれなんとかしろよ。お前が適当に彼女でも作れば収まるだろ、あんなの」
それはどうだろう。
「下手に付き合うと、女子同士で醜い争いするからこれでいいんですよ」
「ほぉ~。詳しいなお前」
まあ。17年女子やってましたからね。
時計に目を向けると、予鈴5分前になっていた。
「部長、そろそろあがらないと」
「ん?ああ……、そうだな」
部長が部員に声を掛け、朝練は終わった。さあ、部室までダッシュだ。
全力で部室まで走って速攻で着替えて、部室を飛び出す。
「おい、おまえらも川田を見習って迅速に動けよ~」
「部長もですよ」
そんなやりとりの後全員が『ハハハ……』と笑い合っている。
「じゃあ先に失礼しますね」
「おう、また放課後な」
これもお姉ちゃんが暴露してから起きた変化だ。
それまでは別にグラウンド内でも着替えられたのに、今は他の男子の前じゃ着替えられない。
まるで理香だった時のように。なんだか分からないうちに理久っぽく……男の世界に打ち解けていた感じになっていたけど、あれのせいで意識してやらないといけなくなったとか?
ああ、なんて面倒くさいんだろう。
俺は考えるのをやめた。
昼休みになると、お姉ちゃんが教室に飛び込んできた。
「理久知ってる!?」
何を?
「さ、さ、さ……」
そんな慌てたり動揺したりするような用事なのだろうか。身構えてしまう。
「咲恵が……」
咲恵?
「あ、理久く~ん」
付いてきていたのか、そのお姉ちゃんの後ろから咲恵が顔を覗かせ……うんんんっ!?
「さ……ふ、藤島さん……?その髪の色は……」
「うん、どう?似合う?」
その咲恵の髪は真っ黒。
教師のチェックがあるって事前に分かっているときしか、黒に戻さない咲恵が……?
「似合うっていうかさあ……」
この場にお姉ちゃんが居るので、スマホのメッセージアプリで目の前の咲恵に送る。
『それの髪、お姉ちゃんのためにやってるんでしょ』
そのメッセージを見た咲恵は満面の笑みを見せてくる。
その笑みはすぐに崩れ緊張の面持ちで「ねぇ、どう?これ」なんて言いながら毛先を弾いてアピール。
それ、さっきの笑顔のままやった方がいいんじゃないの?よくわからないけど。
「ただただ、びっくりしたわ……」
「え~、それだけ~?似合ってるとかさあ、可愛いとかさあ」
アピールが必死すぎる……。
「うーん。むしろそれが普通?」
ああ、無慈悲。
お姉ちゃん、いくら何でもそれは可哀想だよ。……といっても咲恵が恋愛目線でお姉ちゃん見てるなんか、知らないもんなあ。
「でも、私は前よりそっちの方が好きよ。髪型も」
咲恵の髪型と言えば、以前は編み込みツインテールとか、お団子とか、結構派手なのが多かった。けれど今はポニースタイルアレンジ。
あ~、お姉ちゃん好きそう~。
お姉ちゃんになっても多分オタクが好きな感じ……というと偏見だろうけど、そういうあまり派手じゃないのが好きそう。お姉ちゃんのクローゼットが清楚系中心なのもそういうの好みなんだろうし。
「そっか!今の方が好きか~!んふ~、ありがとう理香~」
とか言ってお姉ちゃんに抱きつく咲恵。端から見ると仲の良い女友達なんだけど……。咲恵の気持ちは「うれしい!大好き!ぎゅ~ってしちゃう!」みたいな感じだろう。
「えっ!?ちょっと、咲恵苦しい……」
とかいいつつ、まんざらでも無さそうな笑顔のお姉ちゃんはどう思ってるんだろう……。
そしてその咲恵の気持ちが分かる俺は、まだ女の子の気持ちを持ってるのかな。
……まあ、俺は心の性差はどうでもよくて、理久の……男のまま陸上できたらそれでいいんだけどさ。
「いいよな~理久は」
清水くんが近づいてきて声を掛けた。
「あれ?昼ご飯は?」
「もう食ったよ、おまえらがイチャついてる間に」
イチャついてなんか……。
「はあ……。姉とその友達とはいえ、気軽に女子と話せてさ。その上お前、陸上入ってからモテててるだろ。知ってるんだぜ?」
「えっ、なんで知ってんの」
部活中くらいしかそういう気配ないけど。
「普段からあちこちで女子がそういう話してるじゃんか、お前もうちょっと周りに興味持てよー。絶対このクラスだけじゃ無くてあちこちでモテてんぞ」
そういうもんかなあ。
「まあ理久くんが無頓着なのは、間違いないけど~……。清水くんは聞き耳立てすぎでキモいかもね~」
ああ咲恵、オタクへの禁句ワードを……。
「キモ……、キモい……?俺、キモい?えっ……?」
空を見つめながら呟きだした清水くんにお姉ちゃんが声を掛ける。
「そんなこと無いよ?キモくないし、また漫画の話とかしよ?」
「川田さあん!」
救いの女神にであったかのような表情をみせて、清水くんはお姉ちゃんの手を取りに。
「はいはい、お客さ~ん。ノータッチでお願いしますね~」
「握手くらい構わないから……」
取りに行き咲恵に阻まれたが、お姉ちゃんが自ら清水くんの手を取った。
「川田さん……。俺、惚れちゃいそう……」
そう言って清水くんはお姉ちゃんの顔を見つめた。
「えっ……それはちょっと。あ、そうだ。私好きな人居るから」
お姉ちゃん、それは嘘じゃ無いけど……、逃げる口実にしてるよね。
清水くんの目線は床へ落ちていた。




