第45話 明かされた、性別反転
綾ちゃん、咲恵、そして隣にいる多賀先輩が私の口元に注目している。
言うんだ。なんで嘘をついたって。
本当の理由は可能なら言わずに済ましたい、だからできればまずはそれらしい理由で。
「もう、分かってると思うけど。私は先輩に心引かれてました。綾ちゃんとは、関係は楽しいと思ったけど、好きとかじゃ無かった」
少しだけまだ嘘。
綾ちゃんは理久の時なら気になっていた。だって、唯一の家族以外で関係のある女の子で、それも可愛かったから。
「で?」
咲恵が睨んでくる。
「ねぇ……咲恵ってなんだか、三人の中で一番怒ってない?当事者じゃ無いのに」
そう言うと彼女は『当たり前でしょ!』といってさらに眉間にしわを寄せた。
そんなに以前の理香のことを信じてくれていたのかな、なんだか理久にも申し訳ない。
「それに……、私は別に怒ってはいない」
先輩が自分は怒っていないと言い出してた。
えっ、怒ってないの?私が不思議そうな顔で見ていると、先輩は言葉を続けた。
「真樹さんの店でも、別に語尾を強めるようなことは無かっただろう?」
確かに。
「ただ、好感度……評価が下がっただけさ。ガクンとね」
「私も……」
え?綾ちゃんも?
「……私も、怒っては無いですよ?どちらかというと悲しかったで…………」
「ごめん」
「そうですね、昨日と違って今回は謝って欲しかったですね。私はまだ、先輩のこと嫌いじゃ無いですから、寄られると受け入れちゃいそうになるんです」
彼女はそう言って私から目線を外した。
「でも、それって結局違う気持ちですよね……」
そうだ。昨日綾ちゃんにメッセージを送ったのは、ただ誰かにすがりたかっただけ。
「——何それ!理香って綾ちゃんを便利な相手としてみてるんじゃないの!?人の気持ちをなんだと思ってるの!?」
横から聞いていた咲恵がさらに熱くなっている。
「最初から理香が副会長を受け入れてればそんなことにならなかったんじゃ無いの!?」
「そうだね、私は以前から川田さんにアプローチしてきたが……。まあ見向きもされてなかったね。そう言われてみると急にどうしたんだい?」
……最初とはいつのことなのだろう。
私にとってはパソコン部を訪れた時が最初……。でも、『理香』という存在にとっては多分もっと前のこと。
「それは、私には無理だったかな……」
私にとっては綾ちゃんの方がむしろ付き合いは長いくらいだし。
「無理って……、あんなに言い寄られてたじゃ無い!それなのにこんないい加減なことして」
「藤島さん、当事者でもないのにそんなに熱くならなくても。先ほども言ったが私は別に怒ってはいないから」
先輩にそう言われても、咲恵は首を横に振る。
「私は、副会長が理香を知るより前から、彼女と親友なんですよ」
ごめんね、本当はそうじゃないんだ。
偽りの親友なんだよ。
私としても、少しは友人として見るようになった咲恵の言う言葉が胸に刺さる。
結局、それらしい理由なんて言えない。思いつかないし納得させることができない。
これまで、綾ちゃんにも嘘で彼女を演じて、咲恵にも親友のフリ。
多賀先輩にだって最初先輩が好きになった理香とは違う。
神様にそう思わされているだけだ。
この先も嘘を重ねて、いずれはそれが真実となっても。17年間の記憶……認識は実態と違う。
私はこんな業を背負って、この先を生きていかないといけないの?
「私には無理だよ……」
「え?」
無理……?
私はこんなにも弱かっただろうか。そもそも理香として過ごすことを意識したからって、3週間やそこらで男に恋しちゃう?
「やっぱり、言うよ理香……。ごめんね……」
「理香……?」
理香と呟いた私を咲恵が不思議そうに見てくる。
「私、理香じゃないんだ」
全員がきょとんとする。そりゃ、何を言っているんだと思うでしょうね。
「本当は理久なの。部活を変えたぐらいから」
「……それは、入れ替わり生活的なやつかい?」
オタクの先輩らしい考え。たしかにそういう作品もありますよね。嫌いじゃ無いです。
「あれ……確かに、理香って足早かったよね……?」
ああ。認識に綻びが出てきているのかな?今の理香は運動できないという認識にされていたはずなのに、咲恵がそう聞いてきた。
彼女はそのあと、私に手を伸ばしてきた。
「ひゃん!?」
「でも、入れ替わりじゃあこの立派なおっぱい説明つかないよね」
「ちょっとやめてよ!」
先輩がわざとらしく咳払いをした。意外とこういうのは動揺するのね。
ああ、綾ちゃんも顔が赤いよ。好物だもんね。
咲恵の手を軽く叩くと、彼女は手を引っ込めていった。
————ガラッ!
その時、勢いよく扉が開いた。
「お姉ちゃん!!」
扉を開けたのは理久だった。
「言ってない!?」
私は何も言えなかった。昨日、言わないって言い聞かせられたのに。だから泣いたのに。
誰もが黙って理久を見ている中で、咲恵がゆっくり口を開いた。
「……理香なの?」
「ああ……」
その言葉を聞いた理久は床に膝をついた。
「どうして、どうして言っちゃったの。昨日言ったよね、いくらでも話を聞くからって……」
「これ以上、嘘はつけなかったの……」
理久を見たら涙が出てきた。
「お姉……お兄ちゃん…………」
そう言った理久は扉を閉め、私の元へ寄ってきて、後ろから抱きしめてきた。
「理久……」
「そうだね、分かるよ、お兄ちゃん」
理久も自分を偽って理久として過ごすことに何か違和感を覚えていたのだろうか。
「咲恵」
理久が咲恵を呼ぶ。
「ひゃい!」
呼ばれて背筋をピンと張った咲恵から妙に高い声が出た。
「何その声……」
「だって、好きな理久くんから呼び捨てだなんて……。でも、理香なの?」
「そうだよ」
「そっか……。ごめん……帰るね……」
何か変わったのかとか確認したいんだけど……。
綻びの有無、出たなら何が違うのか、気になる。
「まって」
声を掛けたが咲恵は図書室から出て行った。
「なるほど。なにやら頭の中の霧が晴れたような気分だよ」
多賀先輩がそう言って立ち上がった。
「先輩も帰る気ですか……?」
「ああ、少し一人で考えたい。……しかし、もしそうだとするなら君たち姉弟は、よくやっていたと思うよ。かなりね」
そう言うと先輩も帰っていった。
『そうだとすると』とか『よくやっていた』とか言ったということは、私が理久だったということは信じられる何かがあったんだろう。
「綾ちゃんは……?」
目を向けると彼女はなにやら笑っていた。
「フフ……。ウフフ…………」
怖いよ?
「そういうことでしたか、私にとって好都合ですね……、これは。覚悟してくださいよ、理香先輩?」
何やら宣言のような言葉を残して彼女も帰っていった。
「……なんでみんな帰っちゃうのよ」
「もし、急にそんなことが真実だと分かったら、一人で考えもしたいんでしょ。俺が同じ立場でもそうなると思う」
そっか。
「お兄ちゃん、ギュッてしてあげようか」
そう言うと理久は私の座っていた椅子の向きを変えて、正面へ回った。
…………。
「うん……」
理久に抱きしめられて、また涙がでた。
下校時刻になるまで、そうしていた。
きっと、緊張が解けた涙だろう……。




