最終話 目覚めた、乙女の覚悟
もう電車から降りてあとは家まで歩くだけ。
下校中、理久は私の手をずっと握ってくれていた。
少なくとも私には理久という理解者が居るんだと、それだけで少し安心できる。
「ねえお姉ちゃん」
さっきお兄ちゃんと呼んでいたのは、なんだったんだろう。
「お姉ちゃんはおかしいと思わないの?」
何がだろう。
「それより何故お兄ちゃんって呼んだの?」
「ああ、あれは……。なんだかお姉ちゃんをお兄ちゃんと呼ぶことが自然に感じられて、なんて。本当はちょっと思い出してもらおうと思ったからなんだけど、全然効果ある気配なかったね」
そうだった。私、お兄ちゃんだった。
「お姉ちゃんさ、心の底からお姉ちゃん……というか女の子になりすぎてない?いくら何でも多賀先輩に惹かれるのはやっぱり変だよ!さっきまでは何も思わなかったけど……」
私も抵抗はあった。元男なのに男に?……って。
でもその葛藤を繰り返すたび、その違和感は薄れていって。
いやいや……。薄れていってって、先輩と出会ってから何回も先輩に会ったわけじゃ無いのに?即落ちしてるじゃないの。
「そうだよ、おかしいよね……。なんで私多賀先輩を好きかも……、なんて思えちゃうんだろう。まだ綾ちゃんの方が説得力あるよ、男の時から可愛い子だなあって思ってたし」
……当時綾ちゃんに話しかけたことは無かったけど。
「俺は、神様のせいだと思ってるんだ。私たちにも、互いは姉だ弟だと認識させられてるんじゃ無いかって」
「すご!説得力ある。そんな頭まわる方だったっけ」
なんて言うと理久に睨まれた。茶化してごめん、でも本当に思ったことだから……。
「で、さっきバラしたなら綻んでその認識も弱ったりしてないかなと思って、お兄ちゃんって呼んだわけ。特に効果無かったみたいだけど」
「…………」
「…………」
「…………」
「神様来ないね」
「来ないなあ」
理久も同じ事を考えていたようだった。
こんな話してたら、神様が出てきてくれると思ったんだけどなあと。でも、そんな都合良くはいかないらしい。
「3人も、バラしちゃって。もし俺が入っていかなかったらもう少し影響少ないとかあったのかな。だとしたら失敗したなあ」
「いや、一緒じゃないかな?私が理久って言った時点で逆が考えられるし」
…………。少し話しては言葉が途切れる。歩く速度は自然とゆっくりになっていく。
そんな事をしても意味ないのに、考えられる事柄がどうしても帰りたくないなと思わせてしまう。
「なあ理久……」
話しかけても理久は返事をしない。
「3人……私たち入れると5人だけど。それ以外ってどうなってると思う?」
「…………それは、考えないで帰ろうよ」
そうは言っても。それが気になって家に帰るのが怖い。
「咲恵に綾ちゃん、多賀先輩は間違いなく私が元理久だって分かった感じだったけど……」
「結局そんな後悔するんだったら、言わなかったら良かっただろ!お姉ちゃん馬鹿なのか!?」
そうだよね、頭では分かるよ。馬鹿な事したなって。
「頭がどれだけダメって理解しても、辛い心が救われないんだもん……。いっそ最近のことが無くなっちゃうとか、私たちを取り巻く世界が作り直されるとか、それくらいあっても良かったのに……。結局の所、あの3人が知ってそれで終わりだよ?綻びってそんな程度なの?」
「そんな程度なら、早く帰ろうよ」
「……分からないじゃない」
駄目。また弱った心に頭が正常に動けなくされてる。
私はついに立ち止まってしまった。
「もう、逆にチャンスだと思っちゃいなよ」
チャンス?とてもそうは思えない。
自分で招いた結果とは言え、何がどうなるかさらに予想が付かないのに。
「多賀先輩はきっともう言い寄ってこない。咲恵とも無理して友達づきあいする必要ない。宮本さんは……、ちょっとわからないけど……」
「もう無理なんかしてなかったわ……、咲恵は友達って感じてた」
綾ちゃんも、付き合うまでは話せて嬉しかった。ちょっと、本読ませてくれなかったけど。
多賀先輩も……。
「あれ?……なんで?あの3人に本当のことが分かったのに、なんで私の気持ちは変わってないの?」
もっと大きく影響が出ると思ったのに、そうはならなかったからだろうか。
先輩に対する気持ちが全然消えてない。いっそ今一番、消えて欲しかった感覚が。
それなのに先輩だけ私が元理久って気づいちゃったの?残酷すぎない?
それともその事実を突きつけられて余計に意識しているのだろうか。
「これが、綻びを生んだ私に対する、神様からの罰なのかな……」
「お姉ちゃん?」
「どうしよう理久、先輩は私が理久って知ったのに、私は先輩のこと大好きだよ!先輩のことを思い浮かべるだけでここが締め付けられる感じ」
私は胸に手を当てる。
「わかるよ、これが恋なんでしょう。少女漫画に描いてあったし」
「漫画は参考にならないけど、お姉ちゃんが『そう』だと思うなら、それがきっと恋だよ。俺には分からない感情だけど」
それは締め付けられるだけじゃない、考えるほどに体が温かな気持ちになる。
そしてもっと考えたくなる。
「決めた。私は多賀先輩を彼氏にする!」
「ええっ?」
「もう諦めないし絶望もしないわ!」
なんだろう、まるで足りなかった部品がはまったかのように心がすっきりしている。
元男だからなんだというのか、今は女の子だ。それすらも活かして先輩の心を落として見せようじゃないの!
「帰るわよ理久!」
「え、ちょっと急にテンションが違い過ぎてついていけないよ」
そうでしょうね、私だって、今気持ちの向きが定まったようなものですから。
◇
急に歩みを早めたお姉ちゃんを尻目に俺は考えていた。
お姉ちゃんはもうすっかりお姉ちゃんなんだろう。今の言葉がずっと続くようなら。
でも俺は正直自分が男だろうが女だろうが、もはやどっちでもいい。むしろ男の方が好都合だと思っている。
でも女子に言い寄られて時間を無駄にするとかそんなのは要らない。
そうだ、バラしたことによる影響がその程度なら、佐々木先輩にバラしてしまえば、楽になれるんじゃ無いだろうか。
そうすれば咲恵と先輩はアプローチしてくることは無く、部活に集中できるんじゃ無いだろうかと————。




