第44話 逃げないで、覚悟の図書室へ
「ん……」
とても見慣れた朝日の入り方に目が覚める。でも少し光が弱い。
あのまま、ベッドの上で理久に抱きついて寝ていたようだ。
「あ、ごめん。起こしちゃった?まだお姉ちゃんは寝ていてもいい時間だよ」
その言葉を受けて、もう一度目を閉じる。できればこのまま休んでしまいたいわ。
「ん……」
そろそろ起きる時間かな、と体をよじって時計の方を見る。しかし時計が無い。
あれ?
あ、そうだった。ここは理久の部屋だった。
仕方なくスマホ……、も自分の部屋に置いてきてしまった。かつて時計があった場所にも時計は無い。模様替えでもしたのかな。
諦めて自分の部屋に戻ると、スマホに通知があることを示す明かりが点滅していた。
手に取って見てみるとそもそも今は昼前だった。
「……えっ!?」
でもたくさん寝たからか、昨日の塞ぎ込んだ気持ちは和らいでいた。理久のおかげかも知れない。
通知は、メッセージが来ていることを示していた。
『いい加減な理香は学校にも来なくなったの?』
咲恵があまりに冷たい。
『ごめん、泣き疲れて寝てた、今から行くね』
授業は、出ないとね。
支度をして下に降りるとちょうどお母さんが階段を上がってくるところだった。
「理香、ようやく起きたのね」
「うん、おはよう」
「おそよう、昼ご飯作ったところだから、一緒に食べて行きなさい」
できたてのご飯は嬉しいけど……、弁当は?
「私の弁当はどうしたの?」
「理久が朝に『お姉ちゃんは失恋で傷心して泣き疲れたから、多分起きないよ』って言ってあんたの分も持って行ったわよ」
——は?
「失恋だなんて、理香もまたひとつ大人になったのね」
「ああ、もう!余計なことお母さんに言わないでよね!」
当人がいないので今言っても仕方ないのだけど、文句を言わずにはいられない。
とりあえず顔を洗って歯を磨く、長い髪を整えるのも慣れてきたものだわ。あまり時間が無いのでヘアバンドだけしてあとは流してしまう。
ファッション誌によると、本当はどうやら化粧水やらでUVケアをしたりするのが大事らしいけど、どうしてもまだそういうのは抵抗あるのでやってない。
私の勝手な印象だけど、そういうのは女の子のするものっていう固定観念がある。女の子……なんだけど。
リビングに戻ると出汁の良い香りがする。
うどんか、蕎麦か、にゅうめんか、いずれにせよ暖かい麺類みたい。キッチンを覗くと黄金色の関西風のつゆが暖められていた。
「ああ、もう食べられる?用意するわ」
どんぶりに入ったとろろ月見蕎麦を受け取り、テーブルに並べていく。
「いただきます」
「はい、いただきます」
暖かいものが食べたかったので嬉しい。
一口つゆを飲むと、暖かさが食道を流れて胃にたどり着く。その感覚がまるで、体全体と心の緊張をほぐしてくれるかのように感じた。
「つゆばかり飲んでいないで食べなさいよ?」
その心地よさについ飲んでばかりいたようだった。
でも飲み過ぎると駄目な気がする。緊張のほどけた心がまた辛いことを思い出させてしまう。早く食べて学校へ行ってしまおう。
私は少し急ぎ気味で食べて学校へ向かった。
教室に着いたのは時間割の最後の授業中だった。
教科担当の教師に睨まれると『出席にはとらないからな』と言われてしまった。仕方ない。
チラリと咲恵の方を見る、——が、教師の話に夢中で特に私のことは気にかけていなかった。
あとでちょっと話してみよう。咲恵とは仲直り……したい……?
私にとっては長い付き合いって訳でもないのに、なぜだろう、数年の間友達だったような感覚があるのは。
特に得るものの無い授業を終えて、ショートホームルームもサックリ終わったあと、咲恵に近寄った。
「咲恵……」
「何?いい加減な事に理由があるなら一応聞くけど」
咲恵って、いつもはあんなに軽いのに、こんなに芯の通った感じたのね……。
理由。それは『先輩に心引かれてるけど、元男だからそれは嫌だ。だから好きになってくれた綾ちゃんを利用した』だ。
「あるけどとても言えない」
「何それ、そんなんじゃもう仲良くできないよ、本当のこと言ってよ」
今の会話は、この流れは、先輩と話しても同じようなことになるのでは無いだろうか。
綾ちゃんもだ。二人をこの理由で振り回してしまって完全に嫌われた。理香になってからよく話した、交友の深かった三人……。
それを失うくらいなら、本当のことを言ってしまった方が良いんじゃ無いだろうか?
綻びとか言ってたけど、結果どうなるのか具体的なことは聞いてない。意外と大丈夫だったりするんじゃないだろうか。
「……分かった。でもここじゃダメ」
「なんで……って、こんなに人のいるところでする話じゃないか」
放課後とはいえ、部活動をしてないクラスメイトもまだ教室にいたりする。
「いいよ、どこ行くの」
「まずはパソコン部」
まとめて、言ってしまおう。
コンピューター室の目の前に着くと、中からは何やら激しく意見を言い合っている様子が感じられる。
また何かについて語り合っているのだろう。扉を開けると目的の相手はいた。
「多賀先輩」
オタク話に花を咲かせていたパソコン部のみんな無視して、先輩だけを見つめて声をかけた。
大げさにオタクキャラを演じていた先輩の表情が真剣なものに変わった。
「ああ、川田さんか。なんだい、昨日の今日で」
その言い方は、あれ以上言うことはない、という意味だろうか?
「大事なことを言い忘れていました。来てもらえませんか?」
「この活動よりも大事かね?」
そういって腕を振るって部員たちを示す。
「…………」
「さすがに、比べるのは失礼だったね。いいだろう。ということだすまない諸君、私はしばらく外すが日常系アニメ談義は続けておいてくれ」
日常系アニメであんなに熱くなっていたのか。
「行きましょう」
「藤島さんもかい?」
「です」
咲恵は先輩に会釈だけした。
次は図書室だ。
先ほどとは逆に静まりかえった扉。耳を澄ませると紙をさわる音が聞こえた。
——コンコン。
「綾ちゃん……いる?」
「理香先輩?…………そんなところに立ってないで入ってきたらどうですか」
扉を開けると予想通り綾ちゃん一人だった。
「え?副会長……。と、藤島さん……?」
「川田さんに着いてきてと言われたんだ」
「私も、理香が話をするからって」
……。
「……とりあえず座りましょう」
綾ちゃんが自分の座っていたテーブルの他の席を勧めたので、綾ちゃんの隣に咲恵が、向かいに先輩が座った。
私は座らない。
なんだか、座ってしまうと話す決心が揺らぐと思ったから。
「これで、他に誰もいない場所で、話す相手だけに話すことができるわ」
3人は私に注目した。




