第43話 なんとかして、御せない心
私が涙を何度も拭ったり、鼻をすすったりしていると、奥から真樹さんが姿を出してきた。
「全く、あの子も……。他に言い方というものがあるわよねえ」
こちらに近づくことは無く、姿だけを見せてそう声をかけるのは、助かったと思う。もし近づかれたら情けなくも泣きついていたかもしれない。
そういう事に気づくたび、そんなに惹かれていたのかと思い知らされるてつらい。
「いいんです、先輩はなにも間違ったことを言っていませんから」
私が人を利用したり偽ったりしたのが悪い。
「そう……。ああ、もう一杯何か入れてあげるわ、そのティーポットも冷めたでしょう」
そういって私の目の前のティーポットを顎で示してきた。手で触ると確かにぬるい。それくらいは時間がたっていたということなのか。
「じゃあ、アールグレイを、渋く入れてもらえますか?チャイルドで」
もう甘いのは飲みたくないわ。
「分かったわ、砂糖を入れないなんてお子様ね。恋はもう、お子様じゃ無いのに」
恋……。恋だったのかな……?
それに、先輩に付き合えないなんて言われたら余計に人と一緒に居たくなっちゃった。
綾ちゃん……。その思いがスマホを取り出して綾ちゃんにメッセージを送ろうとしたけれど、さすがにそれは都合が良すぎるわね。
私がさっき関係を絶ったばかりなのに。
じゃあ私はこのよく分からない気持ちを誰にぶつけたらいいのだろうか。
「——おまたせしました、ご主人様。アールグレイお持ちしましたよ」
ええ、まだメイドカフェ設定続けるの?
そんなことを思いつつ、置かれたカップに注いで一口飲もうと……。
「あっつい!」
……飲めなかった。
「紅茶は熱湯で入れるからね」
ちょっと位冷ましてから出してくれてもいいじゃないの。
「目が覚めて冷静になれるかなってね」
「なれましたけど……」
実際、心拍数は収まって、目頭に血が集まるような感覚も引いていった。
よく冷ましてから改めて口にしたアールグレイは、注文通り苦く、せっかく引いた感覚をまた引き出すようだった。
「だから砂糖が無いのはお子様なのよ。過度な苦みは人生の嫌なことを思い出させるのよ」
アラフィフ乙女の言葉を頭に響かせながらその紅茶を飲み、私は帰路についた。
家に帰るともう夕食の時間となっていたけれど、あまり喉を通らなかった。
胸がいっぱいとは、こういうことなのかな。
お母さんも、「理香、どうかしたの?」と真剣に心配してくれた。でも自分でもよく分からない気持ちを話すことはできなかった。
部屋に戻ってからは、ずっとスマホのメッセージアプリと睨めっこを続けている。
綾ちゃんに結果だめだったよ的なノリで言うか、咲恵に軽いノリで話してもらって紛らわせるか、理久に泣きつくか。
泣きつく?私が理久に?……俺が、……理香に?
あえてTS前の関係で想像してみることで心を落ち着かせようとしても、心というのは自分の中心にあるのにまるで別の生き物のようで。それを拒んだ。
心がジメジメしている。まだ梅雨には早いよ……。
『先輩に付き合えないって言われちゃった』
咲恵に送った。
『先輩?綾ちゃんと付き合うんじゃなかったの?』
そうだった。咲恵はそこまでしか知らないよね。
『実は————』
『馬鹿じゃ無いの!?私理香がそんないい加減だって思わなかった!』
詳細を伝えると、返ってきたのはあまりに殺傷能力の高い言葉、『いい加減』今その言葉はつらい。
人生の大先輩であるアラフィフ乙女の言葉を参考に、ダメ元で甘い飴を口に放り込む。甘さが体全体をリラックスさせていく気が、リラックスした体が心を慰めているように感じがする。
あ、綾ちゃん……。
綾ちゃんにも同じように送る。
『先輩、だからって今度は私に寄ってくるんですか?そんないい加減な話だったんですか?そんなことに私は振り回されたんですか?』
ああ……。『ごめん』と返すのが精一杯だった。
清水……、にはさすがに送れない。かつては親友だったけど今は趣味の合う同じ部活の異性にすぎない。
ここで清水に泣きつくようなメッセージ送ろうものなら、私はさらにクズさを増してしまう。
もう誰も送る相手が居ない。
……自分の交友関係の狭さが招いた結果でもある。理香になってから、もっとクラスメイトと満遍なく薄っぺらい付き合いでもいいからやるべきだったんだろう。
私は部屋から飛び出して向かいの部屋に入る。
「理香ぁ~!」
「えっ、何!泣いてる!?」
私はそのまま理久の胸に抱きついた。
「駄目だった、駄目だったの!先輩は私と付き合えないって!!」
「ちょっ、ちょっと俺も色々頭が追いつかない。……えっ、付き合えなかったって、多賀先輩と?」
抱きついたら大粒の涙が出てしまったので、私は抱きついたまま首を縦に振る。
「ちょっ、ちょっとお姉ちゃん離れて!おっぱい当たってるから。こっちは思春期の男の体なんだから、……その、わかるだろ」
「ご、ごめん」
気持ちとしてはずっと抱きついていたかったけど、仕方ない。
私は手を離し、少し離れた。
「それで、そりゃ俺が意識はさせたけどさ、急展開だよね。宮本さんは?」
「駄目になったし、そもそも私の気持ちもバレてた」
理久はため息1つ吐いて『そりゃ誰が見ても分かるし』と言った。
「多賀先輩は、『自分のために人と都合良く付き合ったり別れたりするようないい加減なものとは付き合えない』的なことを」
「へえ、あの人も真っ当なこと言うじゃん」
「理久までそんなあっ」
理久に非難の声を上げるものの、私だって分かってる。でも理屈じゃすべては動かない、御せない。
「ねえ理久。もういいかな、先輩と綾ちゃんに言っても」
「……、何を?」
「性別が変わった、元理久だよって」
当然だけど、理久は猛反対の声を上げる。
「いいわけないでしょ!認識の綻び云々の話はどうなるんだよ」
「だって、女子に、理香になったせいでこの訳の分からない感情に自分も、周りも振り回されている。こんな感情も、環境も、何もいらない。捨て去りたい」
理久の頃にはこんな気持ちになることは無かった。いつも自分のことだけ。
会話だって自分が楽しいことを中心に好き放題話せば良かった。
それなのに、理香としての日々が始まってからは違う。現象に、相手の言葉に、行動に、心が揺らされすぎる。そうだ、まるで自分が自分では無い日々ばかり。
「そんな……、だからといって駄目だよ……。駄目だよ……?」
理久の手が私の頭を撫でてくれる。一通り撫でると、理久は手を広げた。
「好きなだけ俺に抱きついて泣いていいから、妙な事だけは考えないで。話はいくらでもきくから」
「理久ぅ~!うう~……!私……。わたしいいい……」
理久の胸で泣き続け、私はそのまま眠ってしまった。




