第42話 あまい言葉と、ビターな現実
出てきた紅茶からダージリンとシナモンの良い香りがする。
そんなティーセットを見つめながら私はどう切り出したものかと良いあぐねていた。
とりあえず口につけてみる。
「コクン」
リンゴの甘みと、シナモンとリンゴの香りがとても良く、かといってダージリンの香りを邪魔することもない。そしてその後に主張する生姜の鋭さが程よい。
——というのが、クッソ甘い砂糖が濁流の大型河川の様に流れ、その対岸で小さく手を振っている。
私は思わず顔をしかめてしまった。
「ど~お?美味しいかしら?」
バックヤードへ控えたはずの真樹さんが顔をのぞかせて感想を聞いてくる。
ええっと、くそ甘いとかさすがに言えないわよね。
「正直に言ってもかまわないよ」
うろたえる私に先輩が一言。だったら遠慮することは無いか……?
「歯が溶けそうなくらいくそ甘くて涙が出そうですが、砂糖さえ無ければ美味しいんだろうなと思います。まるで茶葉の鳴き声が地獄から聞こえるようなお茶です」
「残念、あなたもまだまだお子様ね」
ええ……?残念そうに言った真樹さんは、またバックヤードに隠れていった。
「君は何も間違っていないよ。ここ、茶葉はいいからね、本当かわいそうだし勿体ないと思う」
……今度来ることがあればチャイルドかコーヒーにしようと思った。
「それで、何の話だい?」
ああ~、切り出してくれるのは助かるんですけどいきなり核心を言うのはつらい。どこから話をしようか。
「今日は良い天気ですね」
ああっ、こんなテンプレみたいな適当な話題からしかは入れないなんて。
「そうだろうかあ?どっち付かずな天気だが」
窓から見ると、雲はお日様を隠したり出したり気まぐれな空を見せている。
「ソウデスネ」
スパッと切り出した方が気楽かも知れない。
私は大きく息を吸ってから言葉を口にした。
「大事な話があるんです」
「……聞こう」
頑張れ私!
「多賀先輩、私、どうやら多賀先輩が気になるみたいです。好きかどうかは分かりませんけど、気になるみたいです」
いつもマイペースな先輩もさすがに驚いたのか目を見開いた。
「…………ほう?それは、嬉しいが。気になる、というのは?」
どう言ったらいいのだろうか、そのまま言おうかな。
「パソコン部で会ったときは『なんだこの人』位だったし、それ以前ははっきり言って毛嫌いしていました」
それ以前、というのは私がまだ理久だったときのこと。
先輩は『あぁ、そうだったね』と言っているので、以前のことについてもその通りだったようだ。
「でもこの前六人で遊んだとき……最初は先輩を利用しただけだったんですが、先輩は真摯に私に向き合ってくれました。それで、私の心は揺らされました」
先輩は黙って聞いていてくれる。
「でも、それを認めることができませんでした……。認めるわけには」
「……もしかして初恋だったのかい?だから認められなかった……分からなかった?」
こっ、恋!恋とか言われるとまた動揺しちゃうからやめてほしいわね……。
「た、多分そうです」
もっとも拒んだ理由はそこじゃ無い。それもあったのかもしれないけれど、本当の理由は元々男だから……。
「あれ?でも宮本さん付き合ったんじゃなかったのかい?女の子同士で珍しいなあとは思ったけど、私もジャンルとしては嫌いではない」
「百合が好みとしてどうとか、そんなことは聞いてません」
「ああ、すまない」
話がそこまで進んだのなら本当のことを言わざるを得ない。
「私は逃げたんです。分からない感情から」
分からない感情と、男が気になったことを認めたくない気持ちから。
「だから、形だけ綾ちゃんと付き合うことにしました。クズだと思いますよ、自分でも。そんな中で弟に私が先輩のことを気にしているって認識させられて、それから綾ちゃんと別れました」
「だから私と付き合って欲しいと?」
先輩のその声は、これまでより優しさが欠けている感じがして背筋が伸びた。
「そうは言えませんが、そうだと嬉しいですね」
自分でも分かる、言ってるようなものだ。どこまでも逃げて楽な選択ばかり私はしている。
「そんな相手に重要な言葉を言わせるような言い方は、ずるいと思わないかい?」
「……思います」
とても卑怯。そのような方法は私も嫌い。
でもどうしてかまっすぐ伝えることはできない。
先輩は私の目を見据えて何も言ってこない。私に次の言葉を紡がせるつもりなのだろう。
私は精一杯の勇気を出して声にした。
「私も、先輩のことが多分好きです。付き合ってみてもらえませんか」
言ってしまった。
元男の私がたった3週間ほどで男に告白だなんて。
でもこの先輩はもともと理香にアプローチをかけていたのだからきっと。
「駄目だ。付き合えない」
…………だ……め……?
どうして?
私の目に浮かぶものが、気になっていた、好きだったという認識が間違っていなかったのだと認識させてくる。
でもあれほど先輩は私に優しく接してくれていたし、元からアプローチも強かったという。なのになんで……。
「なぜ、という顔をしているね。わからないのかい?」
「…………はい」
私の返事を聞くと先輩はため息をつく。
「残念だよ。その言葉を2週間前のあの日に聞けたなら、私は二つ返事で返しただろうに。……いや、正確にはあの日のあの時、か」
あの日、あの時。
「見てたよ、あの日。君が宮本さんと付き合うことになったのを。あれがつまり逃げだったのだろう?逃げだということは宮本さんには嘘をついていたのだろう?」
「ということは……」
「その上今日ここの場を設けるために別れたというのだろう?思ったより君はいい加減なようだね……。私はそのようなものを好かない。だから付き合うことはできない。あとは自身で考えるといい」
そういうと、先輩は席を立ち上がって出入り口へ向かった。
「真樹さん、料金はここに置いておくから。もちろん、彼女の分もね。しばらくそのままかも知れないが、泣く場所を貸してやってくれませんか」
泣く?私が?泣くものですか、相手は男だというのに。
——そうよ。お、俺がそんなことで泣くなんてあり得ないわ。
無理に気持ちを抑えようとするも、先ほどから目より溢れ続けるものが、本当の気持ちを偽らせてはくれなかった。




