第39話 うたがえ、神様の能力
食べ終えて、食器を洗ってリビングへ戻るとお姉ちゃんは寝ていた。咲恵にいたってはこの場に居ない。
勉強をするんじゃなかったのか。
トイレも使っている様子はなかったので、おそらく二階だろう。
俺の部屋ということはないだろうから、お姉ちゃんの部屋。
はあ。二週間ですっかり理久だということに慣れちゃったなあ。そう思いながら扉を開ける。
「藤島さん、何寝てるんだ」
開けるなり話しかけるが話しかけられた当人は寝ている。
その口元や、寝息とともに上下する胸が目に入りドキっとした。
ううん、いやいや。寝てるだけでしょ、何に動揺しているんだ俺は。
その咲恵を起こそうと近づき声を掛けたが、その程度では起きなかった。
咲恵の体を揺らそうと手を伸ばすも、やはりなにかダメなんじゃないかと手を引っ込める。行き場を失った手を宙に残したまま、早まる鼓動と血が体を駆け巡るような感覚を覚えた。
「でもなあ、このまま放っておくと何しに来たんだよって感じだしなあ」
「だよね~。私もそう思う」
——!?
「起きてたの!?」
目をぱっと開けた咲恵がこちらを見る。
「私を起こそうとして手を引っ込めた理久くん、可愛かったなあ~」
恥ずかしい。ヘタレなのバレバレじゃないか。
「女の子に気軽に触れようとしないの、ポイント高いね。でも……、私は触ってくれてもかまわないよ?」
「いや、でも……」
元々女だったからこそ、男の俺が触れるのはよくないと分かる。分かるというか、俺だったら嫌……。
「じゃあ言い方変えようかな」
そう言うと、彼女はまた目を閉じた。
「あ~、目は理久くんに抱き起こして欲しいなあ~。背中に手を回して上半身起こして欲しいなあ~」
「で、できないよ……」
駄目でしょそれは。腕や、いっても肩揺するとかが限界じゃないの?咲恵はそんなにガード弱いのか?
「何もハグしろなんて言ってないんだからさあ~。いいじゃん?」
……百歩譲って仮に本当に俺への好意があったとすれば、まあ理解もできるとして。あまりに男になってからの態度が急すぎる。
元々そんな素振りあったっけ……?なかったと思う。男になってから話しかけたことに喜んでいたから、少しはあったのかも知れないけどそこから2週間ちょっと。変化が急すぎる。
「あまりに放っておかれちゃうと、私から抱きついちゃうぞ?」
俺は「ああ、もうしかたないな!」と言いながら、ベッドの足側で咲恵の足を跨ぐように中腰で立って、両手を手に取引くことで咲恵の上半身を起こした。
「え~。なんかずる~い」
咲恵がその状態で文句を言ったと思うと。
——ガバっ……、ギュッ。
「えっ——!?」
「ふふっ……油断大敵だぞ♪」
さらに耳元でささやき続けてくる。
「好きだよ。……わかる?これくらい本気なんだよ」
それは行動から分かる。でも待って欲しい。
俺は咲恵の肩を持って耳元から引き剥がし、目を見つめる。
「それは、いつから?なぜ?これまで一ヶ月くらい前はそんな素振りなかったよね?」
一ヶ月というのは適当だけど、要は逆になる前を指したかった。
「えっ……?いつから……。いつからだろう…………」
そう言いながら視線は上、右、と動き、どんどん落ちていった。
そうだ。やっぱりおかしいんだ。だって、咲恵が”お兄ちゃん”が気になるとか聞いたことなかったから。
絶対神様だ。神様の仕業なんだ。性別が入れ替わるのは元の運命?設定?だか知らないけど仕方ないとして、どうして人の思いをこんなことするんだろう。
佐々木先輩は……そもそも俺が理久になってから知り合った相手だから本気なのかもしれないけど。いや、あっちの方こそ偽りであって欲しいんだけど。
咲恵に教えてあげよう。目を覚ましてもらおう。
「聞いて咲恵、それは…………っ」
それは神様が無理矢理与えた気持ちだと思う。
そう言おうとしたのに、声が出なかった。言おうとすると股から胸にかけて寒気が走るような、体中の臓器が冷えるような感覚。それに押されて口にできなかった。
「えっ、咲恵……って呼んでくれた?嬉しい——♪で、話は?」
ああ、そこで切れてしまったから変な風に喜ばせてしまった。
「藤島さんごめん、なんで名前で呼んじゃったんだろう……」
今更そんな誤魔化しきかないだろうけど。
「ううん、いいんだよ名前で。嬉しいよ?」
だろうね!
「じゃ、じゃあそうするね……話は、忘れちゃった……からいいや。いい加減下降りて勉強しようよ」
もう一度言おうとしても同じことになる気がする。
「そうだよ!明日のテストヤバいんだった!」
二人で急いで降りるとそこではお姉ちゃんも寝ていた。
「おーい理香~。起きてー」
「ううん……、なんなの……」
咲恵が起こすも、ちょっと文句言ってまた寝た。お姉ちゃん、寝起きでもその口調なのちょっと尊敬するよ。
「理香おきてよ~」
そう言って咲恵は、さっき私が彼女に躊躇した、体を揺すって起こすということをお姉ちゃんにする。
しかしお姉ちゃんは起きる気配を見せない。
さっき返事したのだから今はまだ眠りに入っているわけではなく狸寝入りしているだけだと思う。
「お姉ちゃん起きてって」
一応私も声をかける。
「理香~、起きないとそのおっぱい揉みしだいちゃうよ?」
えぇ……。女子同士でもそんなノリ無しでしょ。
「ほ~ら手が近づいていくよ~」
「やったら勉強教えないよ」
「いいよ、理久くんが教えてくれるもーん」
……いやあ、お姉ちゃんの方が絶対いいよ。あ、そうだ。
「じゃあ、まあ。俺が咲恵に教えるか……」
「やったあ♪」
「……咲恵?」
お姉ちゃんはガバっと体を起こした。そうだよね、俺が咲恵って呼ぶことに驚くよね。
「あっ……」
「うわっ……何これ…………」
しかし急に体を起こしたことで、結果的にその胸が咲恵の手に収まってしまった。
見た目以上にすごかったんだろうな。なかなか咲恵は手を離さない。
「す……すごい…………」
人はおっぱいを前には考えを捨ててしまう生き物なのか。
「ええい、いい加減に離して!」
「ああん」
咲恵の手が名残惜しそうに宙に残る。
「ほら、やるよ!二人とも教科書開きなよ!」
えええ、俺も~!?
どうせテスト勉強するつもりだったからいいけどさ……。
勉強は翌日2時まで続いた。




