第3話 よろしく、お姉ちゃんです
次回は遅くとも6/7更新予定(希望)
「ただいま」
帰ると5時を回ったところだった。
「おかえり。あら珍しい、二人揃って帰るなんて。それも今日はちょっと早いのね」
そういうこともあるよ、なんて適当に返事して二階へ上がり自分の部屋へ向かう。
そして左右にそれぞれの扉があるところまで歩いてふと立ち止まる。
「どっちに入るのが正しいと思う?」
「どっちって……自分の部屋に?」
その自分の部屋はどっちになるのだろうか。
「もとの俺の部屋に入っても着替えがないが」
「確かに?」
理香も俺に同意する。互いにしばらく悩んだあと、とりあえず元の姿での自分の部屋へ入ることにした。
今の姿が何者なのかもわからない。
「といっても、着替えるにも着替えられないよなあ」
一人つぶやきつつクローゼットを開けると、あきらかに元あったものよりもいくらか大きい服で埋まっていた。
これは、今の理香用じゃないか……?
「お兄ちゃん」
部屋を出て、そう理香に呼びかける。したに母がいるので不用意に理香とは呼べない。
「何?」
と、理香が出てくるのと。
「そうそう」
と階下から母の声がするのは同時だった。二人してそのまま母の言葉に耳を傾ける。
「なんだか二人とも服のサイズ変わってそうだったから、色々買ったり出したりしといたわよ」
これだけ不思議なことが起きていたので、もう神のお力でいい感じにしましたとかあり得るなと思っていたのだけど、どうやら人の力だったようだ。けれど、この身体は元の理香よりだいぶ小さいんだけど。
「これだけ身体が小さくなることに疑問をもたないのか……」
「お母さん、細かいことは気にしないから」
「限度があるだろ……」
「気にしたら負けだよ。部屋逆だったね、理香。自分の部屋戻ってくれる?」
お前も母と同様だと思う。
「あ、俺髪切ってくるから話はまたあとでね」
「おに、お兄ちゃんちょっと待ってよ」
適応力高すぎるだろう。もう役割入れ替える方針で行くのか?暫定なのか……?
といっても、止められる気配はなかったので諦めて理香の部屋に入る。とりあえず着替えよう。
何も言ってこなかったけど、部屋を見られて恥ずかしいとかないのかな。
クローゼットを開けるとそこはまるで見慣れぬ世界のようで。
サイズ的にはどれも合ってそうだけど、どのあたりが普段着なのかな……。そういや胸がだいぶ苦しいからどうにかしたいけど、どうしたらいいんだろうか。
扉を開けて向かいの部屋へ。
「お~い、ちょっと来てほしいんだけど」
しかし部屋は誰も居ない。髪を切ると言っていたけれど、もう出たのか。とはいえ母に下着の付け方を聞くのも、今更何いってるのと思われそうで躊躇われる。
大人しく待つことにした。時間があるので勉強でもしようか、本でも読もうか。
髪切るだけならすぐ近所に理髪店がある。時間かからないだろうし、漫画でも読んで気楽に過ごすことにした。
本棚に並ぶ本は図書室で読むものと傾向は変わらない。ライトノベルと漫画が大半を占め、一段ほどが技術書で埋まっている。
読み返している途中のものはなかったので、何を読もうかと各段を順に見ていると『TS美少女アイドル道』が目に入る。
内容は、男子から女子に変わった主人公が、アイドルにスカウトされ――。といったものだが、アイドル要素は微々たるもので日常生活と内面描写に力が入っている。その結果アイドル要素が全然進まなくて完結していない漫画だ。
……日常生活。そういえば下着をつけるシーンがあったような。なんならそれだけなら女装ものでもいいか?この辺も持っていこう。
参考資料がてらいくつかの本を持って部屋に戻る。
そして内容を確認する。とりあえず胸だけじゃなくて周囲の贅肉を詰め込めばいいようだ。後ろに手が回らないときは前でつけてから回すと、ふむふむ。
ひと通りの流れを理解してから、いざ実践と服を脱ごうとすると手が止まる。
「見て良いのかなこれ」
別に理香や他の者の体というわけでもないのだけれど、罪悪感が湧いた。まあ、いつまでも苦しいのも辛いと思いシャツ、肌着を脱ぎ、パッツパツに胸を締め付けてくる下着を取る。
「はぁ~、すごい楽……」
あまりの開放感にそのままベッドへと倒れ込む。
容器から取り出した柔らかい絹豆腐のように胸も潰れていく。
「知ってたけど、2次元とは違うな」
なんて自分の胸部を見ていたら。
――ガチャ。
「お兄ちゃん何やってんの」
「ひぁあっ!」
慌てて布団で隠す。
「あ~、仕方ないよね。興味でちゃうよね」
「ち、違うんだ。着替えようと思ったんだけど、その。そう、あまりに苦しかったのから解放されてつい」
まあ、わかったから早くなにか着たら?と適当に服を見繕って投げつけてくる。
肌着、Tシャツ、スカート。あれ?
「下着は?」
「家の中じゃいちいちつけないって。しんどいし」
そんなものなのか?疑問にはおもうけれど、とりあえず経験者が言ってるのだから従うことにする。
そういえば、理香が制服以外でスカート履いてるの全然見ないけど。
「理香、もっとズボンばかり履いてなかったっけ?」
「あ~、あれは自分で買ったんだよね。お母さん、私がズボンしか履かないからスカートしか買ってくれないのよ。ま、これからはズボンだけでいいから気が楽だわ~」
「この先ずっとこのままなのを既に受け入れているのか?どっちとも決まっていないのに」
正直女性化の創作物は好きだけど、それと自分がなるのは違うというか。
「これまでも男のがいいなあって思ってたし、私はこのままのがいいかな。神様の話はちゃんと聞きたいけど。となると、この先私ら二人のとき以外は私がお兄ちゃん役かな」
「つまりこれからは俺が理香……。それで通すなら、二人のときもそうっしておいたほうが良いだろう。お兄……ちゃん、すぐボロ出るだろうし」
お兄ちゃんと口にするのがむず痒い。
「けど、元の互いの生活は維持できないな。体つきも頭のできも真逆に変わってるし。とてもじゃないけど俺は成績維持できないし、陸上もやりたい」
「私も、陸上なんか出来ないと思う」
私という自分を示す言葉もむず痒い。
「ま、そのあたりはお互い好きずきにやろうよ。考えてもどうしようもない」
こちらの運動能力という問題はともかく、成績は勉強すればいいだけだろう……。口にはしないけど。
(決心は……ついた……ようですね)
急に、頭の中へと声が届く。この声は今日聞いた覚えのある声。だけどどこか疲れているような。
「双子の神様!」
理香、もとい理久がそう言うと、また視界が暗転した。暗転した先では双子の神が。
「また会えましたね」
チラチラと後ろを気にしながら膝立ちになっている双子の神はそう言う。その目線の先には腕組みをして双子の神を睨みつけている男女が立っていた。
「お二人ともはじめまして、私たちは性別の神。この度はこの者が面倒をかけましたね」
女の方がこちらを向いてそう言うと、目線を双子の神に戻しオラッ謝るんだよ!とばかりに双子の神の頭を蹴った。
顔は微笑んでいて、言葉にはハートでもついてそうなのに、中身ブチギレてそうな……。
「あの、そんな蹴らなくても……」
と理久が隣で言いかけたが逆に男の方に睨まれた。
神怖くないか?
「すっ、すみませんでした!全ては私の報告ミス、そしてミスを隠そうとしてやった事が悪いんですうううううう!」
「それじゃあ詳しく伝わりませんよねぇ」
後ろにいる男の方がそう言いながら続ける。
「何の間違いをして、隠そうとして何をやったかを言わないとなぁ」
そう言われた双子の神はピンと背筋を張った。こちらも姿勢が良くなってしまいそうだ。
「こちらの双子の姉弟の性別の報告を間違えました!本当は兄の理久さんが姉で、妹の理香さんが弟ですう!」
言いながら既に泣きそうなんだけど双子の神。驚きの内容より目の前の神の姿が気になってそれどころじゃない。
「可哀想だからこれ以上威嚇しないであげて!」
「そうでしたねぇ。で?それに最近気づいたあなたは、何をしましたかねぇ」
思わず叫んでしまったものも、男の神はさらに静かな口調で威圧をかけた。
「性別を変えました……」
ああ、つまり本来の姿に修正的なことか。じゃあ今朝から昼までのはなんだったのだろう。
「ふぅん」
「それだけでしたか……?」
説明した双子の神に対し男の神と女の神が軽く反応を見せる。
「ねえお姉ちゃん、あの神様怖くない……?」
先程の説明を聞いてか、俺をお姉ちゃんと呼びそう聞いてくる。でもそれを口にするなよ、逆鱗にふれそうで俺は怖い。
「こちらの人は偉いですねえ。本当のことを聞いてすぐにその責を全うしようと努力されている」
『お姉ちゃんと』呼んだことを指しているのだろう。
「で、あなたは?先程の説明で終わりですか?」
「せ、性別変わったら大変かなと思い、人格を入れ替えました……」
「そうでしたねえ。ま、素人のやることなのですぐボロがでたようですが」
午後、神に会うまで身体が変だったのはこのせいか。
「ボロってなんですか?」
理久が神に聞いたところ、女の神が説明を始めた。
「本人におかしいということがバレている時点で、人格を入れ替えるのは無理があったということですよ。あのまま続けていると無意識下のストレスに押しつぶされていたことでしょう」
「怖っ!」
「怖い」
「そうです。ですので急いで呼び出し、人格はもとに戻したのです」
「だったら性別も元に戻してくれても良かったんじゃないのか……」
「それはできません。だってそれは間違いですもの」
続けて男の神が事務的に話し始めた。
「まぁ。我らもこのポンコツ神よりも上の神である故、責任は取ろう。性別は変わるが、できる限りの無いようにする――――」
要約すると、俺は姉の理香となり、理香は弟の理久となる。親含み周囲の認識や法書類なども辻褄は合わせてくれる。違和感が残るのは本人の認識だけ。
ということらしい。俺達としては本人の認識を一番どうにかしてほしいところなんだけど……。
『やってもかまわない。しかし既に事象を知っている二人の認識を変えると、それはもはや別人格で、つまりお前の意識は死ぬ』
と言われると流石に断った。
つまり、今日から俺はお姉ちゃんだ……。




