09:これまでとこれから
帰宅するとココアが玄関で待っていた。
リリから「もう大丈夫。もうすぐ帰ってくる」とは言われたものの、顔を見るまで安心できなかったようだ。
「吉岡さんも無事だったんだね。安心したよ」
「ん。岩崎も元気そうで良かった。あと川瀬さんも。センパイこれ美味しいよ。はい、あーんして」
えぇ…いきなり駆け引き始めるわけ?
「あーん!」
「分かったって。あーーむ。(もぐもぐ)美味いな。スイートチリソース?」
「ぽいよね。甘みは果汁だと思うけど」
(え? どういうこと? リリさんかと思ったのに…吉岡さんなの?)
(付き合い始めたのか。こんな状況で気持ちが昂らない方が不自然だ。吊り橋効果など比較にならない。斯く言う僕も……)
屋台メシを食べながら、ユウトとカノンの初日からケンカまでの話に耳を傾ける。
二人はこっちへ飛ばされてから三十分程でばったり出会った。
お互いにこの街を目指し歩いている途中だったと。
道端に座り込んで相互認識を確かめ合い、ざっくりとした行動方針を決めて再びアデーレを目指し歩き始めたと。頭がいい二人らしいエピソードだ。
街の住人に「官公庁を教えて」と聞き込みし、先ず最初に向かったのは代官府。
俺が最も避けたいと思った場所が最初とは、なんてチャレンジャーだ。
しかし、アポなしでどこの馬の骨とも知れない二人が招き入れらるはずもなく、門番から「異国人ならギルドへ行ってみろ」と言われた。
学術者ギルドを皮切りに魔術師と戦士ギルドにも行ってみたが、自分たちに出来ることはないと悟り、商工業者ギルドへ行った。
そこでユウトは手持ちの万年筆を売り、三万ユルグを手に入れた。
おもいきり足元を見られているのは判っていたが、背に腹は代えられなかったと。
取り敢えず屋台メシを食べて宿屋を回ってみたが空室はなく、精霊祭のメイン会場になっていた中央広場で暖をとりながら再び議論を始めた。
議題は、吉岡さんをどうやって探し出すか。
「ちょい、俺は?」
「黒須さんは様々な理由で大丈夫との結論で合意しました」
「当たってるよ。センパイは初日からここでリリを押し倒してたし」
「ちょい!?」
「なに? あたし間違ってる? ん?」
「押し倒したりは――」
「やることやったでしょ!」
「面目次第もございません」
「よろしい」
(やっぱりリリさんと……じゃあ吉岡さんは? 判んないよ…)
(異世界ならではの展開ということか。何ら不思議はないし、むしろ男、いや雄としての魅力が高いと考えるべき。やはり彼には一目を置かざる得ない)
ココアも広場にいたと話したら、お互いが広場のどこにいたのかという話に。
広場の火やぐらは五つあり、四つは東西南北、最も大きなやぐらが中心で炎を上げていた。
ココアがいたのは南やぐらの近くにある大樹の裏。
寒くなると火やぐらに近寄り、暖まったら大樹の裏へ戻っていた。
理由は、ずっと火の近くにいると火の粉でニットが焦げるから。
「オシャレ is 我慢」が座右の銘である。
一方で、ユウトとカノンは北やぐらの近くに陣取っていた。
理由は精霊祭運営担当者たちと警備隊の会場詰め所があり、屋台も集まっていたから。
実に二人らしいチョイスである。
「ココアにも聞いたんだが、昼間はどこにいたんだ?」
「宿の空室を探していました。二日目に高級宿で空きを見つけたのですが、残念ながら一室一泊四万と言われまして」
「センパイはここでしてたけどね」
「もうよくね?」
「あと一回言う」
「なんでだよ…」
「吉岡さんはどこにいたんだい?」
「ずっと同じ場所だよ」
精霊祭の火やぐらは午前中に灰と燃え残りが撤去され、新しいやぐらが組まれて夕方に点火されていた。
ココアがいた大樹の裏は唯一撤去作業の邪魔にならない場所で井戸もあった。
ココアは安息の場所を取られないよう、そこを動かなかった。
「同じ場所にいればセンパイが見つけてくれる思ったし」
「実際、ルーカスの目撃情報を聞いて見つけたもんな」
「うん、嬉しかった。センパイはここでしてたけど」
「そうっすね」
「そんな感じだともう一回言うよ?」
「心よりお詫び申し上げますココア様」
「うむ、苦しゅうない」
過去の話はここまでとして、今後の生活、延いては完全なる自活についての話に移る。
「俺の独断と偏見ばっかだけど、とりま最後まで聞いてくれ。疑問やら確認やら相談やらは材料を全部出してからってことで。おーけー?」
頷いた皆に羽ペンとインク、茶色い紙束を渡して本題に入った。
「先ず、バイト先は見つけておいた。錬金術師の助手だ。ユウトの顎と歯と肘を救った魔術薬の製造者な。たぶん天才の類だ」
続けてルーカスが俺たちの魔力を利用したいこと、勤務形態、将来的な賃金を伝えた。
流石はユウトとカノンと言うべきか、シリンとユルグについては俺より詳しく、念のために配った紙にも色々と書き留めている。
「次に防寒着の問題がある。ゴリゴリ寒くなるらしいから必須だ」
中古防寒着をレンタルできるギルドは戦士、魔術師、商工業者の三つ。
商工業者ギルドはたくさん持っているが、レンタル料金とは別に保証金を預ける条件なのでムリ。
戦士ギルドは外套、魔術師ギルドはローブを貸してくれて、レンタル料金は月額三万から五万ユルグ。
仮に五万の防寒着を四着借りたら月額二十万ユルグ。
シリン換算だと、ざっくり七万みとけば足りる。
俺の手持ち残金が十三万シリンくらいあるので、一ヵ月レンタルなら余裕。
二ヵ月だとバーストする。
詰まる所、一ヵ月で魔力操作をマスターして、二ヵ月目から稼がないと凍死待ったなし。
尚、戦士と魔術師ギルドのレンタル防寒着は数が多くないため、今日中に確保しに行くべし。
「最後はギルド員登録の必要性だ」
急ぐ必要はないが、今の俺たちでも登録できるギルドは戦士ギルドしかない。
先々で魔術を学べば魔術師ギルドもあるし、論文を書いて新規性が認められれば学術者ギルドもあり得る。
が、商工業者ギルドは無理とは言わないものの、年数がかかる。
就労経歴証明書と、親方や工房主の推薦状が必須になるからだ。
因みに、戦士ギルドは模擬戦必須で、魔術師ギルドは魔術試行が必須になる。
交付されるのは戦士証とか魔術師証ではなく、ギルド員ですよって証。
ギルド員証には発行地名が打刻されるので、ちょっとした身分証になる。
正確には在留証明らしく、他国では大して使えないが国内なら通用する。
物品をギルドで売却する際に、ギルド員証を持ってないと手数料を取られる。
物によって手数料額は変わるが、売却額の一割から二割が相場。なのだが、ギルドは物品の買い取り価格をガチガチに決めていて、市場相場の底値に近い。
更に問答無用で税金を差っ引かれるため、大半の物品は個人売買が圧倒的にお得。
「以上。疑問、質問、カモン」
「いいでしょうか」
「そういう確認はいらん。ざっくばらんでいい。で?」
「バイト代が破格な理由はなんでしょう?」
「俺らの魔力量と強度が並外れてるから。大国の認定魔術師よりすげえってさ」
実際に何をするのか分からないし、分からないことを考えるのではなく、魔力操作のマスターに集中するしかないと補足しておく。
「イオくんは戦士ギルドに登録するの…?」
「登録手続きはもうした。今日の十五時頃に戦力評価の模擬戦をする」
「リリが戦士ギルドの窓口嬢なんだよ」
「そうなんだ…」
「ねぇ川瀬さんさ、そういう陰キャな感じやめてもらえない? 正直イラつく」
「やめろココア、この場で言うことじゃない。分かってるだろ?」
「…うん。ごめんなさい川瀬さん」
「私もごめんなさい吉岡さん。以後気をつけます」
避けては通れないと思ったため、俺たちの過去やこれからの関係性や付き合い方については、今夜、リリも交えて話をすることにした。
「僕らは黒須さんに対して金銭債務を負うわけですね。特に僕の負債額は大きい」
「俺限定じゃないけど、ユウトは今六十五万シリンと三万ユルグの借金を抱えてる。そこに月額三万から五万の防寒着レンタル代が乗っかる」
この四人の中に、日本で借金をしていたヤツはいない。
特にユウトは借金と無縁の生い立ち。だからこそ変なプレッシャーを抱えないでほしい。
〝貧すれば鈍する〟なんて状況が何より厄介だ。
「黒須さんが仰るとおりですね。肝に銘じます」
「イオくんはどうやってお金を手に入れたの?」
「スターリングシルバーのリング。ルーカスに二十五万シリンで売った」
「なるほど、この辺は銀本位でしたね」
「それなんだけどさ、かなり砂金がとれるのに何で銀本位か分かるか?」
「採掘技術力が低いのかと。砂金は河川上流で入手できるため安価に思える」
「なるほどなあ。さすがだユウト」
「機会があれば砂金を掬いに行きませんか? 金本位への移行は時間の問題です」
「私もそう思う。大陸西岸は金本位制に移行してるらしいの」
「どうしますココアさん、天才と秀才がなんか言ってますよ?」
「あたしも時間の問題と思ってるよイオリくん」
「てめぇ、ドーナツ売るとか言ってたくせに」
「なんのことかな? 砂糖が高価なんて常識だよ? もう少し勉強したまえ」
まあ、ココアがいないと小難しい話ばかりになって俺のメンタルが死ぬ。
とはいえ、ユウトとカノンの存在は心強い。
ここにリリが加われば、バランスの取れた良いチームになれないはずがない。
「他に何かあるか? フリーテーマで」
「早めにスマホを現金化すべきかもしれません」
「あ、それ忘れてたわ。ユウトとカノンは予備電持ってる?」
「あります」
「私も持ってる」
「じゃあ、上手なスマホの売り方検討も今夜やろう」
昼の部はここまでとして、四人で戦士ギルドへ向かった。




