08:借り=貸し
ユウトを治療院に担ぎ込むと、医者兼魔術師の爺さんがユウトに何かの魔術を使ってから、
「下顎の左半分と右肘が複雑骨折じゃ。肋骨もズレとる。普通の治療じゃ治らん」
と言った。顎は凹んだ上に歪んでんだから見りゃ分かる。
打撲や内出血は【治癒】の魔術薬で治るが、なるべく早く【復元】の魔術薬を使わないと、肋骨や顎の骨、歯列、右肘は歪んだままになる、と。
合気柔術には整形外科技術があるから多少は知ってる。
ズレた骨を正常な位置に戻す整復とか、現代医療の鋼線やネジで直接固定する技術がないんだろう。
「その魔術薬って二つでいくら?」
「【治癒】は常備しとる低級で構わんから十万。じゃがのう、【復元】は二百万くらいみておかんと手に入らん。どっちもシリンじゃぞ?」
「ボッタクリーンかよっ!」
「あのねイオリ、【復元】は作れる人が少ないからそれくらいしちゃう」
「医療保険は神だったのか…」
医療用魔術薬には治癒系と治療系があり、薬効の度合いは低・中・上・最上の四種に分けられているそうだ。
治療系の上級魔術薬が【復元】で、そんな物を常備している病院は王都の王立治療院くらいだと。
「分割払いあり?」
「ないのぉ。そもそも領内で【復元】を作れる人物は一人だけじゃ」
確実にルーカスだな。
合計で二百十万シリン……はぁ、仕方ねえか。
「リリ、悪いけどカノンと一緒にいてやってくれる? 無理?」
「それは構わないけど、何するの?」
「ルーカスに頭下げるしかない」
「あ、前借り?」
「どの面さげてって感じだけどな」
働く前に借りるなんて我ながらあり得ねえと思う。風俗嬢じゃねえんだし。
が、四の五の言っても進まないので、病院からルーカスん家へ走った。
バイクとは言わんけど、せめてチャリがほしい。
ドンドンドン!
「ルーカスくーん! あーそー」
バンッ!
「それは止めろ! 早く入れ!」
出てくんの早いじゃん。次回も遊びに誘おう。
「今日は来ないと思っていた」
「なぜに」
「友人が見つかったのだろう?」
「わお、実はネットとSNSあったり? ユウト悲惨がトレンド入りか?」
「意味が分からぬ」
聞けば朝イチで代官府へ行ってくれたそうだ。
その場に警備隊総隊長が呼ばれ、ユウトとカノンの風貌を伝えて全面的な協力を取り付けたと。
その二時間後には新人隊員が息を切らせやって来て、それらしい人物がトラブルに巻き込まれたと報せた。
ルーカスは文化の違いでひと揉めしたんだろうと思ったらしく、戦士ギルドのリリアーナに伝えてやってくれと頼んだらしい。
「実はユウトがボッコボコにされてさ。【復元】の魔術薬が要る」
「喧嘩沙汰であったか。掻い摘んで話せ」
斯く斯く然々、以上。
「イオリは戦えるのだな」
「ケンカだケンカ。でさ、働いて返すから頼むよ。このとおり!」
「デイン老は幾らと言った?」
「医者で魔術師の爺さん?」
「老はアデル・デインという名だ。して?」
「二百万シリン」
「妥当だ。手持ちを渡す。原材料費の五十五万でいいが貸しだ」
「ルーカス愛してる!」
「ばっ!? 止めろっ! そこを動くな! 一歩も動くな! いいな!」
んだよ、ほっぺにチューしてやろうと思ったのに。
数分で戻ってきたルーカスからショート缶サイズの瓶を渡され、ご丁寧にも借用書にサインさせられた。
更に患部を詳しく説明しろと言われて説明する。
「肋骨はいいとして、顎と肘の複雑骨折か。ならばもう一つ要るな」
ラボがあるんだろう扉の向こうへ入ったルーカスが、既視感ありありな物を手に戻ってきた。
「まんま注射器じゃん。クソデカいけど」
「既知とはさすがだな。使い方も知っているか?」
「使ったことはない。つーか、医者の爺さんに頼めばよくね?」
「デイン老は見たこともなかろう。これは帝国で造った特注品だ」
茶色い紙に羽ペンでカリカリと使い方を書いてもらった。
ちょいちょい聞く帝国に行ってみたいなと思いつつ、布に包んだ注射器を受け取り玄関へ。
「マジで助かる。ありがとな」
「明日は四人で顔を出せ。注射器もその時でいい」
「わかった。じゃあな」
「落として壊すな」
「はいはい」
そういえばガラス製の注射器を初めて見たような?
医者コントで使うようなデカさだし、これもこれでお高いんだろう。
「ほぉほぉ、シルバラッド殿の知己じゃったか」
「ん?」
「ルーカスさんの家名だよ。代官様の甥なの」
「なーるほど。俺ら明日からルーカスん家で働くんだよ」
「そうじゃろうのぉ」
「なにその言い方。あ、爺さんも魔術師だから魔力が分かるんだ?」
「魔術師なら誰でもということはないの。特に未覚醒は判らんはずなんじゃが…」
爺さんのトリビアを聞き流しながら、リリに手伝ってもらい注射器で薬を吸い上げる。
デカいもんだから片手じゃムリだ。
先ずは右脇腹にブスリと刺してプランジャーを押し込む。
ズレた程度なら内服でも治るらしいが、本番前に練習は必要だ。
「……なあリリ、魔術薬ってキラキラ光ったりしない系?」
「しないけど、光る方がいいの?」
「イオくん、それアニメの視覚効果だと思う」
「む、そういうことか」
針をズっと抜いて触診すると、逝ってた第七と第八肋骨が繋がっていた。
そういう物だと分かっていてもスゲー。かなり感動する。
またリリに手伝ってもらい、残りの薬を全部吸い上げる。
そして右肘と下顎周りと上唇にブスブスさしてヂュ~。
「おぉ~! こりゃすげえ!」
「私も見るの初めて!」
「アニメみたい…」
凹み歪んでいた下顎がうねりながら元に戻っていく。
折れていた前歯も、まるで植物が成長でもするかのように生え揃った。
でも光ったりはしない…光れよ。
「爺さん、後はよろしく」
「なんじゃ、治癒薬は持ってきておらんのか?」
「ルーカスがそっちは爺さんから買えってさ」
「相変わらず義理堅いのぉ」
先に【治癒】薬を飲ませると骨折箇所の癒着が始まるため、【復元】した後に【治癒】するのがセオリーらしい。
なんとなく【復元】は時間の巻き戻しで、【治癒】は早送りのような感じだ。
「私はココアに伝えてからギルドに戻るね」
「分かった、ありがと。リリにも借りばっか増えてくな」
「その言われ方は寂しいよ?」
「あぁうん、ありがとう。リリが困った時には俺がどうにかする」
「その言われ方はすごーく嬉しい♥ じゃあまた後でね」
横では看護師がユウトの上体を起こし、爺さんが器具を口に突っ込んで喉を開き、【復元】の瓶とは形が違う薬瓶を傾け飲ませた。
「ごほっ…ぅ…」
覚醒していくユウトがむせているが、爺さんはお構いなしに薬を流し込む。
「うむ、これで大丈夫じゃな」
爺さんが一気に器具を抜くと、看護師も「はい終わり」といった風情でユウトを手放した。
後頭部から落ちたユウトの瞼がぴくぴくと動きだす。
「うぅ……え…? えぇっ!? 黒須さん!?」
「よお、久しぶり?」
「川瀬さん!? 大丈夫だったのですか!? あれ…僕は確か……」
「岩崎さんが気絶した後に色々あって、イオく…黒須君が助けに来てくれたの」
「そ、そうでしたか……あの柄の悪い二人組は?」
「あの人たちはその…」
そんなに言いにくいことか?
相変わらず奥ゆかしいというか、遠慮がちというか。
「俺がリベンジしておいた。どっちも立派な身体障害者だ」
「え? 身体障害者?」
「えーと、お金がないともう普通の生活は無理かなって…」
「取り敢えず帰ろうぜ。ココアも待ってる。爺さんには十万シリンな」
「【診察】術式代と処置代の三万ユルグが足りんぞい」
「きっちりしてやがる」
「仕事じゃからの」
「そりゃそうだ。三万もユルグねえからシリンで払う」
心のメモ帳に「ユウト貸し:六十五万シリン+三万ユルグ」と書いて病院を後にする。
そろそろ昼時なので屋台メシと白ワインを一本買い、ユウトに経緯を説明するカノンの言葉を聞きながらリリのアパートに帰った。




