07:リアルエコノミー
「カノン!」
「っ!? イオくん! うぅ…ぐすっ、怖かった! 怖かったの!」
「怖かったな。もう大丈夫、もう大丈夫だ」
縋るように立ち上がったカノンを抱きしめ、俺にまで悪態をつき始めた男たちを見やる。
薄汚れた服、茶色い歯、饐えた体臭。酒臭い空気もこいつらだろう。
「おいおいユウトは重症かよ。ボコったのあいつらか?」
「そ、そう、彼が水を汲みに行ってくれた後で、あの人たちが…」
「何かされたのか!?」
「ううん、そういうのは大丈夫。連れて行かれそうになっただけ」
「だけって、まぁいいや。で、そこにユウトが戻って来た?」
「私を守ろうとしてくれて、それで…」
「分かった。少し離れるけど我慢してくれ」
「うん、もう平気。イオくんに会えたから」
カノンを一度強く抱きしめて体を離し、警備隊長と話しているリリに歩み寄る。
リリはカノンとユウトが遠方から来た異国人で、俺やココアと逸れたことなどを説明している。
通報を受け出張った警備隊も、四人の外見とボコられ気絶していたユウトを見て大凡を察し、ユウトを蹴り続けていた男二人を拘束した。
のだが、
「先に手ぇ出したのはそのガキだっつってんだろうが!」
「俺たちはその女が逸れたのかと思っただけだ! 善意だ善意!」
「黙れと何度言えば分かるんだ貴様らは! 警備妨害でぶち込むぞ!」
「「チッ」」
その間もリリは警備隊長と話を続けていて、なぜユウトを病院へ運んでくれなかったんだと尋ねている。
カノンが『私はお金を持ってない』と言ったこともあるが、それよりも領法がネックでこの場に寝かせているようだ。
「金は俺が持ってるから運ばせてくれないか? 頼むよ」
「致命傷ではないゆえ駄目だ。街内での騒乱行為は基本的に両成敗となる」
「友人の女性が攫われそうになったら、隊長さんも守ろうとするでしょう?」
「否定はせん。しかし領法を曲げるわけにはいかん。例え我が事でもだ」
世界が違っても融通が利かないのは同じか。職務に忠実なのは分かるが。
でも「基本的に」って言ったな。
「なあ隊長さん、基本的にってことは例外があるってことだよな?」
「例外ではない。一方が全面的に非を認めれば、もう一方は放免となる」
「あん? ケンカでそんなことがあり得るのか? しかも本人は意識飛ばしてぶっ倒れてんだぜ?」
「ハッ、そのガキにしたって何も分かってねぇじゃねぇか」
「貴様いい加減にしろよ?」
「分かった分かった、黙ってりゃいいんだろ」
そこでリリが俺の耳に口を寄せて囁き始めた。
「もう捕まってるから基本的に両成敗だけど、街中のケンカは代理人を立てて公正に片をつけることも出来るの」
「代理人って弁護士のことか?」
「その言葉は知らない。具体的な話をする方がいいね」
要するに、俺がユウトの代理人になって警備隊の前であの二人とケンカする。
その最中もしくは勝敗が決まった後に男たちが全面的に非を認めれば、ユウトとカノンが罪科に問われることはなくなる……いやいやウソだろ。
「本気で言ってる? ケンカが問題なのにケンカで片付けるっておかしいだろ」
「私も含めて大勢がそう思ってるけど、結局はお金の問題なんだよ」
仮にこのまま両成敗で四人が罪科に問われると、四人とも二十日間にわたって牢屋にぶち込まれる。
そうなると行政側は一日二食のパンとスープを四人に与えなければならず、その分だけ年間予算が減ってしまう。
このアデーレだけでこの事件のみなら四人分を二十日間で四万ユルグ程だが、領内全域の経費を積み上げれば結構な金額になる。
そもそもが豊かな土地ではないため、領主は各郡の代官に経費削減を厳命している、と。
「四人が二人に減れば食費も半分で済むってこと?」
「そういうこと」
思わずため息をつきながら、聞き耳を立てている警備隊長に体を向ける。
「隊長さん、武器はありなのか?」
「決闘ではない故になしだ。殺しもならん。死体の処理にも手間と金がかかる」
「なるほどな。なんにしろ俺が代理で戦るわ」
「いいだろう、代理を認める」
拘束を解かれた男たちに続いて詰め所を出る。
心配そうなカノンの背をポンと叩きサムアップすると、俺の昔を知っている彼女は苦笑した。
リリは…なんか観戦する気満々だな。ポップコーン売ってたら買いそうだ。
「くくくっ、上手いこといきそうだぜ」
「半殺して詫びされば終わりだな」
ユウトがあの状態じゃあ時間かけてらんねえし、ちっと煽っとくか。
「臭ぇ口閉じろ三下デブ。腹に贅肉ためこんでよく言えんな?」
「んだとクソガキィ!」
「殺すぞテメェ!」
(場の心得もあるか。見ずとも結果は明らかだ)
何やら作戦を相談しているオッサンを横目に、バーピージャンプでウォームアップをする。
血流を増やして筋を温めるかどうかで、関節の可動域には雲泥の差が出るから重要だ。
今の場合は相手云々ではなく、自分が体を痛めないため。
「両者尋常に勝負せよ。始め!」
思わず失笑してしまう。俺より背が低いにも拘わらず、二人して諸手を上に挙げやがった。
プロレスの手四つでもあるまいに。
不摂生まる出しのデブに手間をかけるつもりはさらさらないんでね。
フェイント混じりの足運びで一気に間合いを詰め、左の男に向け前傾する。
「おらぁ!」
掴みにきた諸手をスウェーで躱しながらパンパンと内側へ払う。
自分を抱きしめてろバーカ。
右から同じく掴みに来た諸手をダッキングで躱しつつ踏み込み、震脚を踏んで鳩尾に中肘撃。
「ごほぉ」
贅肉の感触に苦笑しながら、あっさり前かがみをプレゼントしてくれた顎に腰回転を利かせて打ち下ろしの掌底。
「あ゛…」
ぐりんと白目を剥いて前倒しになるデブの左上腕に後ろ回し蹴り。
ドシンッッ!!
右横へふっ飛ばすことでもう一人の前進を妨害し、ふっ飛んだ後ろから足を止めたヤツの胸に横蹴りを入れて後退させる。思い通りすぎて笑える。
ドスッ!
「ぐふっ」
その間に、仰向けで白目を剥いてる方の口を踏み抜く。
バキボキゴキィッ!
「ユウトの分だ。前歯全損で止めといてやっから咽び泣いて感謝しろ」
「うわぁ…」
「イオくんだ…」
「塊肉はもう食えんな」
ユウトの分は肋骨二本もあったなとトゥキックで頂戴し、唖然とするもう一人に歩み寄る。
まぁ後退るわな。
「で? お前はどう料理して欲しいんだ?」
「うっ…お、お前一体――」
「何者だとか言うなよ? お前らが痛めつけたヤツのダチに決まってんだろ?」
「ま、待て! 分かった! 俺たちが――」
まだ言わせない。
一足で深く低く踏み込み真下から顎刺し。つまりアッパーで口を塞ぎ、のけ反って棒立ちの膝に逆関節狙いの前蹴り。
これもユウトの分だ。
ゴギュ!
「があ゛ぁああああーーーっっ!?」
あらぬ方へ曲がる膝下を見て絶叫悶絶する小デブの腹にラッシュをかける。
ユウトの膝は無傷だったような気がしなくもないがまぁいい。
ドドッドンッドンッッ!!
「おえ゛ぇぇぇぇ」
酒臭いゲロを避けて最後のユウト分で、肘固めから…折る!
ゴキィィ!
「ぎひぃいいいいいーーーっっ!! やめてくれ! もうやめてくれぇぇぇ!」
「俺を半殺すんだろ? キリキリ立てや」
「許してくれ! 先に手を出したのは俺たちだ! 女を攫って犯るつもりだった!
俺たちが悪かったからもうやめてくれっ!!!」
「ってことだが?」
「しかと聞いた。貴殿らに非はないと認める。(汗ひとつかかんとはな)」
「おーけー。んじゃユウト担いで行くか。リリ案内よろしく」
「はい! 中央広場の西側です!」
「はい、です、ってナニヨ」
「あはは、なんだろね? あはは」
「カノンも行くぞー」
「う、うん、イオくん昔より容赦なくなったね…」(苦笑)
「国家権力がやれって言うんだから、やるしかないだろ?」
「やれとは言ってなかったような…」(超苦笑)
「解釈の仕方は人それぞれだな」
「かいしゃく…介錯?」(真顔)
ユウトの脇腹を触診し、逝ってない左側を背に乗せて病院へ向かう。
折れた右肘がぶらんぶらんしてる。
気絶してて良かったな。まあ、意識あっても激痛で意識飛ぶか。
リリの案内でアデーレ郡立記念治療院へ駆け込んだ。




