06:寝言の変化
暗くなるにつれて寒くなっていく。
祭りのキャンプファイアーから離れるとブルってしまう。
日本は十月末だったが、朝晩に少し肌寒いくらいなのでロンTとパーカーの二枚しか着ていない。
ココアも長袖ブラウスの上に水色のラメニット、下はホワイトの巻きスカートと防寒はあまり考えてない。おまけに生足。
「寒いね。気持ち的に昨日より全然マシだけど」
「だよな。ココアは飲めないし、そろそろ帰るか」
「朝に食べるもの買ってから帰ろう?」
「俺が払うわ」
「ありがと」
「こちらこそだ」
自分で金を払ってみて分かったのは、屋台メシがめっちゃ安いこと。
何気に気の利くルーカスがユルグ硬貨を混ぜてくれたんだが、パーニャとか百五十ユルグ。
これはこれで「何の肉を使ってやがる」と思ってしまうけども。
「今日って何月の最終日?」
「八月だよ」
「「え」」
「ジャパンは暦も違うみたいだね」
下手に喋るとマズそうなのでここの暦を聞くと、一ヵ月は四十日で、月数は十ヵ月しかない。
年末の十月だけ四十三日というから、一年は四百三日。
気候はこれからもっと寒くなっていき、十月半ばが一番寒い時期らしい。
大陸のど真ん中で北の山脈の裾野にある盆地だから、雪は降らないが底冷えする。
そして年明けと共に春の足音が聞こえてくる。まさに新春あけおめ。
一日の時間が地球より長いのは分かってる。
スマホの時刻表示と太陽の傾きが明らかに違ったから。
一日は二十六時間くらいだと思う、たぶん。
「なんにしろ冬服買わないとヤバいな」
「あたし死んじゃう」
「外套のこと話そうと思ってたの」
何気に深刻な顔でリリが教えてくれた内容はショッキングだった。
こっちは既製服を売ってないどころか、糸や生地がクソ高いそうだ。
どうりで住人の大半が継ぎ接ぎした麻っぽい服を着てるはずだ。
新品は仕立て屋でオーダーメイドするしかなく、平民でオーダーメイドできるのは大儲けしてる商人とか高級役人くらい。
一般人は古布を買って糸分をほぐして自分で縫うか、繊維物の商会で古着を買う。
その古着も貴族のお下がりだと手が出ないほど高いそうだ。
「新品一式を仕立てるといくら?」
「安くても百万くらい。シリンだよ」
「「うっわ」」
仕立て屋は一般人が着るような服を作らないらしく、裁縫が出来ないなら買った生地と糸をお針子と呼ばれる裁縫ができる女性に手間賃を払い縫ってもらう。
腕の良いお針子は仕立て屋に雇われているため、年齢的に引退したお針子を探すしかない。
ところがだ、そういうお針子婆ちゃんは大人気なので、一年待つくらいは当たり前だと。
「詰みじゃん」
「パーカーちょうだい?」
「俺死ぬじゃん」
「魔力操作を一月で修得すればどうにかなるよ」
「「クワシク!」」
出来高なので修得するまで給料はもらえないが、手持ちの金で戦士ギルドから中古の防寒服をレンタルすることは出来る。
言うても着れば傷むので安くはないが、二ヵ月目から十万シリンを稼げれば余裕で払える。
そして金を貯めて服を買う。シンプルな話だ。
「もう入試より頑張るしかないなココアくん」
「頑張るし! 命懸かってるから!」
「カノンとユウトも早く見つけないと凍死すんぞ」
「ユウトもイオリみたいに強いの?」
「ウケる」
「あはは、弱いんだ?」
「俺は知らん」
「センパイならデコピンで殺せるね」
「そこまでか?」
「そこまで。っていうかさ、センパイのデコピンってデコが凹になるじゃん」
「上手いこと言った」
「もっと褒めよ」
「ねえねえ、でこぴんって?」
「味あわせてやろうか?」
「殺されるの!?」
ココアが話を盛っただけだと言って、優しくデコピンをくれてやる。
「うっ……今の何割?」
「一割くらい?」
「死ぬと思う」
「でしょ? あたし盛ってないもん」
生意気な口をきくサークルの一年生に俺がデコピンをくれてやり、悶絶した挙句にサークルを辞めたというエピソードをココアがチクった。
事実だから言い返せないし、部活・サークル執行部会に呼び出されて厳重注意も受けたな。
いつまでもサークルに出てないで就活の準備を始めろとも言われた。大きなお世話だ。ココアがいなけりゃ出てねえわ。
決意を固めて家に帰り、大量に残っている鹿肉シチューで晩メシ。
煮込まれてるから鹿肉がホロホロで美味い。ココアも美味そうに食べている。
「センパイも料理上手いよね」
「そうなんだ?」
「独り暮らしが長いもんでね」
家庭の事情で中一の夏から独り暮らしだった。
親父が海外勤務になって母さんが付いて行っただけだが。
誤算だったのは「長くても三年」と言ってた親父が現地を気に入り、本社での昇進を投げ捨て現地支社長に就任したこと。
母さんもそれを後押しして家まで買った。
おまけに永住権のロトリーを当てたもんだから、日本に帰ってくるのはクリスマス休暇くらいだ。
「やっぱりイオリの生家ってお金持ち?」
「センパイん家はお金持ちだよ。家に初めて行った時ビビったもん」
「土地と家は先祖から継いだだけ。名義は爺さんだし。てか、帰れない場所の話しても意味ねえって」
「そだね。今は冬服! あとお風呂入りたい!」
「お湯沸かせば入れるよ?」
「「マジで!?」」
「大変だしお金かかるから私は公衆浴場に行くけど」
「「行こう!」」
「精霊祭の間はお休み」
「あぁそういう…」
「精霊祭っていうんだ? やりすぎ系のキャンプファイアーだよね」
「それな」
「火の精霊様だから盛大に火を焚くんだよ」
晩メシを食い終わったら、話しの流れで風呂を沸かすことになった。
リリが大変と言った理由が身に染みる。
風呂はデカい桶を洗い場に出し、井戸とキッチンを何往復もし、大量の薪を消費してデカい鍋で湯を沸かし、キッチンと洗い場を何十往復もして桶に湯を溜め、熱すぎるから水で調節するという苦行。
おまけに、ココアとリリは二人で一緒に適温の湯に浸かったが、俺が入った時には温かったという…
「さすがに三人は狭くね?」
「「いいの」」
「俺リビングで――」
「「ダメ!」」
「はい」
いや幸せだよ? 両腕が。
ベッドも欧米サイズだから日本よりも余裕はあるが、幸せすぎて眠れる気がしない。
ココアは心臓バクバク鳴ってるし。
リリはソッコーで寝たけど。
「ぅん…ィォリ…ココァ……」
(シェインの夢よりはいいと思う)
「あたしたちの夢見てる?」
「みたいだな。つーか寝ろ」
「眠いけどムリかも…」
心臓バクバクだもんな。そういえば、まだ告ってないわ。
「恥ずいなら放せ、腕枕してやる」
「うん♪」
「俺、ココアのことが前から好きだった。大切にするから俺の彼女になってくれ」
「嬉しい♥ あたしも初めてセンパイ見た時から好きだったよ? 今は大好き♥」
左腕をリリに挟まれたまま、ココアと初めてのキスをした。
ココアは俺の右胸に顔を埋め、もう一度『大好き』と呟くと、すぐに寝息を立て始めた。
そりゃそうだ、昨日と一昨日はろくに眠れてないだろうから、疲れてたに決まってる。
「頑張ろう…と、毎日言葉にしよう」
初心と記念日は忘れるもの、なんて言い訳でしかない考えも捨てよう。
剣も魔法も使えないが、頑張れば何とかなる。
そう誓って眠りに落ちた。
翌朝――こんなに早く出勤するのかと思ったリリが、三時間程で帰って来た。
「イオリとココアの友人が二人とも見つかったよ!」
「マジか!」
「良かったぁ」
「でもユウトが酷いケガしてるみたいなの!」
「「え?」」
「性質の悪い酔っ払いに絡まれたみたいだからイオリは一緒に来て!」
「あたしは?」
「ココアは家にいて! 後で説明するから!」
「わ、わかった」
リリに連れられ向かった先は警備隊の詰め所。
そこには横たわるユウトと、怯えながらもユウトに寄り添うカノン、そして縛られたまま怒鳴り散らす二人の男たちがいた。




